成果概要
主体的な行動変容を促すAwareness AIロボットシステム開発[1] Awareness AIの開発
2024年度までの進捗状況
1. 概要
私たちは、他者の動作を目にするだけで、たとえそれが日常の何気ない動きであっても、その人の感情の揺れや疲労の程度、さらには年齢や身体に抱える痛みの有無までを、驚くほど正確に推し量ることができます。しかし、その「なぜそう感じたのか」を言語化して説明することは容易ではなく、多くの場合、「なんとなくそう思ったから」という曖昧な表現にとどまってしまいます。
このように、相手の身体動作から心身の状態を推定する能力は、私たちの社会生活において極めて重要な役割を果たしています。こうした推定が無意識のうちに行えるからこそ、言葉にしなくても相手の気持ちを察して適切に手を差し伸べたり、円滑な人間関係を築いたりすることが可能になるのです。
今後、ロボットが人間社会により深く入り込み、共に生活していく存在となるためには、この「空気を読む」力、すなわち非言語的な情報から他者の状態を理解し、柔軟に振る舞う能力が不可欠です。人と同じように空気を読み、適切に反応できるAIをつくることができるのか——それこそが、本研究開発の中心的なテーマであり、私たちに課せられた挑戦的なミッションです。
人間が空気を読み合えるのは、互いに「暗黙の了解」と呼べる共通の認識を共有しているからだと考えられます。それは言語や文化、教養といった知識に基づくものにとどまらず、動作のリズムや構造、さらには筋肉の使い方といった身体的な側面まで、無意識のレベルで共有されている可能性があります。
本研究開発項目では、こうした無意識的な共有の現れとしての「自然な歩行」に注目し、その歩容の中から潜在的な問題を抽出し、ロボットによる介入が必要とされるタイミングや状況を適切に判断できるシステムの構築を進めています。目指すのは、単なる情報処理ではなく、人の振る舞いや状態を深く理解しときに改善点をそっと教えてくれる、「共に暮らす」ことのできるAIの実現です。
2. これまでの主な成果
概要で述べた通り私たちは、人が歩いている姿を見るだけで、「疲れていそうだな」「足を痛めているのではないか」といった身体や心の状態を直感的に読み取ることができます。こうした無意識的な観察能力を人工知能に実装することを目指し、私たちは「人らしさ」と「予測」をキーワードに、これまで研究開発を進めてきました。
前年度までの取り組みにより、自然な歩行の動きをAIが観察・解析し、その中から健康上の問題や違和感を検出することができるシステムを構築しました。このシステムでは、「人らしさフィルター」と呼ばれる処理を通じて、現在の歩き方からごく近い未来の動作を予測し、そのズレや異常から疾患などの兆候を抽出することに成功しました。
2024年度は、この技術をさらに発展させ、システムの完全自動化を図るとともに、「遠い未来の予測」へと挑戦しました。具体的には、現在の歩行パターンから30年後の身体状態を推定するAIを開発しました。さらに、ロボットによる介入(例えば歩き方の補助や修正)が将来の歩行にどのような影響を及ぼすか、つまり未来の予測が介入によってどのように変化するのかまでを予測するAIの構築にも成功しています。
そもそも人は、歩行時に手の振り方や足の出し方といった「動きの詳細」を意識して操作しているわけではありません。だからこそ、疲労や情動、痛みといった心身の状態が、意図せずとも歩き方ににじみ出てしまいます。こうした「無意識の身体表現」こそが、人の内面を映し出す重要な情報源なのです。
本研究の成果により、現在の歩行から「将来、自分がどのような歩き方になるか」「どのような疾患を抱えるリスクがあるか」、そして「今どんな対策をとれば、その未来を回避できるか」といった情報を提示できるAIが誕生しました。これは、人と共に未来を見据え、健康の維持・増進を支援する新たなAIの可能性を切り開くものです。
3. 今後の展開
私たちは現在、個々の歩行データから詳細な身体の動きを予測し、このままの生活を続けた場合に、将来どのような身体状態になるのかを見通すことが可能になりつつあります。さらに、どのようなロボットのサポートを受ければ、より良い未来の身体状態を目指せるのかといった具体的な指針も、徐々に明らかになってきました。
しかし、このアプローチによって将来の健康状態を改善するためには、単に「薬を飲めば治る」といった即効的な手段ではなく、日々の生活の中でロボットの支援を受けながら、自らの行動を変えていく「不断の努力」が必要であることも、脳科学的な観点から示されています。
人にとって、「何かを継続すること」は決して容易なことではありません。だからこそ、継続を可能にする仕組みづくりが重要です。そして、多くの研究が示すように、「楽しい」と感じられる活動であれば、人は自然とそれを続けることができるのです。
本プロジェクトの他の研究開発項目では、この「継続」を可能にするための心理的アプローチにも取り組んでいます。たとえば、自分が本質的に楽しいと感じること=「内的報酬」と、身体に良い行動=「やるべきこと」を一致させるためのAI支援の仕組みです。健康的な動きになるように、自分が「やりたいこと」を少しだけ誘導していく。このような心と身体の自然な一致を促すことによって、行動変容が無理なく継続できる未来を目指しています。
AIにそっと支えられながら、「自分らしい歩き方」や「なりたい自分」に近づいていく──そんな未来の実現は、もうすぐそこまで来ています。
