成果概要

一人に一台一生寄り添うスマートロボット2. スマートロボットの知能システムの構築

2022年度までの進捗状況

1.概要

現在の人工知能技術において、最大の課題の一つとして「モラベックのパラドックス」が存在します。このパラドックスは、高度な推論やパズル、チェスなどの作業に比べ、子供でも半無意識的に実行可能な作業が、最新の人工知能やロボットにとって非常に困難であるという矛盾を指摘しています。近年、歩行や走行などの運動、視覚や聴覚による認識、言語による対話など、多くのタスクにおいて著しい深層学習技術の進歩がありました。しかし、共通の手と触覚を用いた多様な実環境作業の遂行は、最新技術を有していても困難な課題であると言えます。
本研究では、脳神経科学の知見を背景とした独自のアプローチである「深層予測学習」を活用し、人間の手作業、特に家事を支援するロボット知能の実現を目指します。深層予測学習は、深層学習技術を応用し、リアルタイムで高次元の感覚と運動の変化を予測し、予測誤差を最小化するためのフレームワークです。既に本手法によって、衣類や食材のハンドリング、家屋内での移動などのタスクを実現しており、今後も研究成果を拡大していく計画です。

2.2022年度までの成果

プロジェクトで開発した人間協調ロボットDry-AIREC、その他のロボット群を用いて、複数の動作学習研究を展開しました。以下にその一部を示します。

1)多指ハンドによる多様な物体のハンドリング:

物体ピッキングは、多くのロボットの基本動作です。しかし研究の多くは画像を用いた把持に限定されています。本研究では前例がない挑戦的なタスクとして、384の触覚センサを持つハンドの4指の協調動作による多様な物体の掴み上げ動作を、提案する深層予測学習により実現し、論文誌IEEE RA-Letter、国際会議ICRA2022にて発表しました(図1)。

図1  多指の協調による多様な物体の掴み上げ動作の学習
図1 多指の協調による多様な物体の掴み上げ動作の学習

2)洗濯タスク:

Dry-AIRECによる家事動作の一つとして、深層予測学習と注意機構を用いた、双腕協調による洗濯物ハンドリングを、ミュンヘン工科大学と共同で行ないました(図2左)。本動作の学習にはバイラテラル遠隔操縦装置を活用しています。さらに本研究成果をIEEE/RSJ IROS2022にて展示しました(図2右)。

図2 Dry-AIRECによる洗濯補助動作学習 図2 Dry-AIRECによる洗濯補助動作学習
図2 Dry-AIRECによる洗濯補助動作学習

3)言語運動学習:

今後活用が必須となるChatGPTなどの学習済言語モデルと運動の統合を目的としたモデル研究を行いました。具体的には言語学習で得られたベクトル表現を、動作を学習した深層予測学習モデルに組み込む変換学習を行うモデルです。本成果を論文誌IEEE RA-Letter, 国際会議IROS2022にて発表し、若手研究者を対象としたSIYA-IROS2022を受賞しました。

4)仮想空間の利用(Forcemap):

シミュレーション上の仮想世界では、視覚上把握できない情報を得ることできます。この性質を利用し、シミュレーションで複数物体を操作する際の力分布を予測可能なモデルを構築しました(国際会議IROS2023採択)。図3は複数の物体画像から接触力分布を可視化した結果です。適切な予測が可能となっていることを確認しました。

図3 物体間の接触を推論(可視化)
図3 物体間の接触を推論(可視化)

5)自由エネルギー原理に基づくモデル拡張:

脳神経科学の分野を背景とした、予測符号化・自由エネルギー原理の理論に基づき、変分ベイズ・リカレントニューラルネットワーク(PV-RNN)を構築しました。実ロボットデータを利用し、現在の深層予測学習モデルのアップデートを進めています。

3.今後の展開

2023年度は、深層予測学習のオープンソースソフトウェアEIPL(Embodied Intelligence with Deep Predictive Learning)を公開します。またDry-AIRECの台数を増やすことで、さらに多様なタスクを実現します。加えて、Forcemapの実ロボット応用、PV-RNNモデルによる深層学習モデル拡張を行います。また、2022年度に早稲田大学とMOUを締結した英国アランチューリング研究所との共同研究を本格的に展開していく予定です。