成果概要

身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放[5] 極低侵襲BMIの研究開発

2023年度までの進捗状況

1. 概要

高度な社会活動を実現してきた人類があらゆる既存の制約や課題から解放されるためには、高度な脳活動の理解、脳活動へのアクセス技術、およびその活用が不可欠です。人類はデジタル技術、量子技術などを理解し、制御することで、優れたサイバー空間を創り出し、実空間とのシームレスにつなぐことで、社会の安全安心や利便性を向上させてきました。一方で、脳関連疾患や中枢神経系の疾患患者は増加しており、これまでのデジタル技術、量子技術などでは課題解決の糸口さえ見えていません。これは、高度な脳活動を正確に計測するための計測技術と、脳活動を統計的処理するための計測実績、ブレインビッグデータの構築手段が決定的に不足しているためです。

図1. 本研究開発の目標概要
図1. 本研究開発の目標概要

本研究開発では、上記の背景の元に、高い脳情報の計測精度を極低侵襲(開頭手術を必要としない)で実現する「柔軟な極細径BMIシステム」を構築するための研究開発を実施しています。研究背景と従来の課題を図1に示します。

2. これまでの主な成果

本研究開発では、大阪大学産業科学研究所のフレキシブル電子デバイス・システム開発を専門とする研究チームと、大阪大学医学系研究科・大阪大学高等共創研究院の脳外科医、血管治療専門医チームとの連携により研究開発を進めてきました。これまで、下記の二種類のデバイスの実現を目標として開発を進めています。ひとつは、超微細で柔らかい血管内留置デバイスによる「極低侵襲BMIシステム」と、もうひとつは開発するBMIシステムを血管内の所望の場所に輸送するための「血管内BMI輸送デバイス」の開発です。
本研究開発では、体内の柔らかい血管を傷つけることなく、正確な脳波信号計測を実現するため、図2のような薄膜エレクトロニクス技術を活用した研究開発を実施してきました。具体的には、厚さ1 µmの超薄膜・超軽量電子デバイスと、伸縮可能な柔軟電極技術、薄膜センサなどを活用し、極低侵襲BMIシステムの実現を目指した研究開発を実施しています。

図2. 超薄膜・軽量電子デバイス(左上), 柔軟電極技術(左下), 薄膜センサ(右)
図2. 超薄膜・軽量電子デバイス(左上),
柔軟電極技術(左下),
薄膜センサ(右)

図3は開発したデバイスが脳内の血管内に配置されている様子を模式的に示しており、外科的開頭手術を必要とせず、血管内治療の技術を活用することによって極低侵襲に脳活動情報へのアクセスを可能とすることを目標として研究を実施しています。現在、開発にあたっている医工連携チームは医療機器研究開発施設においてデバイス検証実験を進めてきています。
加えて、血管内から生体の身体情報に関わる様々な情報を獲得することを目的として、超薄膜・超軽量電子デバイスの高度化に向けた研究開発も実施しています。

図3. 血管内デバイスの模式図とデバイス検証実験の様子
図3. 血管内デバイスの模式図とデバイス検証実験の様子
【代表的な論文成果リスト】
  • Science 380, 690 (2023) 【IF: 63.832】
  • Advanced Materials, 36, 2309864 (2024)*表紙類掲載 【IF: 29.4】
  • ACS Applied Electronic Materials, Accepted (2024) 【IF: 4.7】
  • Advanced Materials, Early View (2023) 【IF: 29.4】
  • Advanced Electronic Materials 2201333 (2023) 【IF: 7.633】
  • Advanced Science 10, 2204746 (2023) 【IF: 17.521】
  • Communication Biology 5, 1375 (2022) 【IF: 6.548】
  • ACS Applied Electronic Materials 4, 6308 (2022) 【IF: 4.494】
  • Flexible and Printed Electronics 7, 44002 (2022) 【IF: 3.768】

*IF:インパクトファクター

3. 今後の展開

現在、本研究開発にあたる医工連携チームは、優れた医療機器研究開発施設において研究開発を実施しています。現在開発している極低侵襲BMIシステムによる脳波計測信号品質の検証、デバイス・システムの検証、長期留置によるシステムの安定性検証などを進める予定です。
また得られた脳波信号を体外に送出する無線送信システムおよび体内に電源を供給する無線給電システムも昨年度の方式検討・試作から性能検証・機能性向上に移行します。
これらにより、開頭手術を必要としない極低侵襲で高度な脳活動を長期的に計測できる新型BMIの実現し、医療やヘルスケアに貢献します。