「生命システムの動作原理と基盤技術」

平成24年度 研究終了にあたって

「生命システムの動作原理と基盤技術」研究総括 中西 重忠

 21世紀における生命・医学研究において、ゲノムからスタートして細胞や器官、個体など様々な階層での生命現象を統合的に理解する研究が益々重要になってきました。 本研究領域は、その主流となる研究課題「生命システムの動作原理」の解明を目指して、理論と実験の融合を図り、新しい視点に立った解析基盤技術を創出し、生体の多様な機能分子の相互作用と作用機序を統合的に解析して、動的な生体情報の発現における基本原理の理解を目指す研究を取り上げてきました。

 平成19年度採択では、97件と、多くの研究者からの応募があり、研究者が本領域を次世代の重要な研究領域として注目している証であると考えています。その多くの優秀な提案の中から、4件の課題を採択致しました。簡単に各チームの成果の一部を紹介します。

・上田グループは、細胞内の確率的分子情報処理システムの作用原理を理解することを目的として、分子運動や分子反応の確率性(ゆらぎ)に着目した1分子レベルからの定量的イメージング解析技術と、そこで得られる不規則時系列データの統計解析法を開発し、実験結果に基づいた理論・数理モデルの構築を行った。確率的にはたらく分子から構成された情報処理システム、具体的には、情報処理機能や運動調節機能を有する機能発現分子ダイナミクスを1分子・分子ネットワーク・細胞の各階層において時間的・空間的に追跡・解析することを可能にし、走化性の情報処理システムが”興奮系(excitable system)”であることを明らかにした。

・塩見チームは、主にショウジョウバエをモデル生物としてRNAサイレンシングの包括的な解析を進めた。特に、RNAサイレンシングを誘発するsmall non-coding RNAの生合成およびRNAサイレンシングの中核因子Argonauteの機能発現の解明に焦点をあて、恒常的RNAサイレンシングに関する重要な成果を挙げた。ショウジョウバエやマウスではZuc遺伝子の変異は不妊につながることが分かっており、ヒトを含む動物もZucたんぱく質を有することから、今後本研究成果が、ヒトや動物の不妊の発症機構の解明などに応用されることが期待される。

・近藤チームは、シアノバクテリアの概日システムの研究を進め、KaiCの振動系要素として働くATPase活性とリン酸化・脱リン酸化活性それぞれの特性および相互の関連について克明に実験解析を進めた、その結果KaiCタンパク質の24時間周期の「鼓動」を見出し、種々の重要な新知見を得ている。さらに,高品位の結晶を得て、リン酸化サイクルに伴う6量体分子構造の変化を捉えることに成功しており,このシステムの基本的なモデルの構築を飛躍的に前進させた。

・中山チームは、ユビキチン化システムの全貌を網羅的に解析するための新たな基盤技術の創出を目的とし、インタラクション・プロテオミクス(IPX)法とリバースプロテオミクス(RPX)法という新しい方法を開発し、顕著な成果を挙げるに到っている。全てのタンパク質に対してほぼ4個以上のプローブペプチドを設定し、総計13万種以上のプローブペプチドの(HPLC保持時間・ペプチド質量・ペプチド断片質量)の3次元情報の事前取得によって、全てのタンパク質の絶対定量を可能にするシステムを構築した。プロテオーム解析で世界を先導する基盤を構築し、極めて質の高い研究成果を挙げた。

 生命システムの動作原理の解明を目指した研究は、わが国の生命科学研究に新しい視点から取り組むもので、極めて緊急かつ重要な課題と認識しています。当然、産業面からも新しい基本原理や基盤技術を創薬開発やバイオエンジニアリングに繋げることが期待されています。同じ戦略目標をもつ平成19年度発足のさきがけ研究「生命現象の革新モデルと展開」(研究総括 重定 南奈子)に続き、さらに発展させたCREST「生命動態の理解と制御のための基盤技術の創出」(研究総括 山本 雅)、さきがけ研究「細胞機能の構成的な理解と制御」(研究総括 上田 泰己)が平成23年度に発足し、新しい潮流になろうとしています。

 平成19年度採択課題の終了にあたり、適切な助言を頂いた領域アドバイザーの岡田 清孝、川人光男(~平成22年3月)、郷通子(~平成18年12月)、後藤 由季子、近藤 滋、榊佳之、桜田一洋、笹井芳樹、武藤誠、垣生園子、平野俊夫の諸先生、外部評価をお願いした重定南奈子先生、また、領域運営に助力頂いた「生命システム」領域事務所ならびにJST関係者の皆様に厚くお礼を申し上げます。

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