研究総括より

共生進化という生命現象の
理解の1つの究極の形

生物界において微生物との共生関係は普遍的にみられ、重要な生物機能を担っています。その究極の姿は、酸素呼吸を担うミトコンドリアや光合成の場となる葉緑体など、共生細菌由来の細胞内小器官でしょう。近年ではヒトの健康や疾病に腸内共生微生物叢が重要な関わりをもつという報告が相次ぎ、“マイクロバイオーム”は医学分野の重要概念となっています。

このように国際的にみても、ヒトを含む動植物と微生物の共生関係の研究は、近年非常に大きな展開を見せています。しかし従来の研究は、私たち自身のものも含めてほぼすべて、すでにでき上がった既存の高度な共生システムを対象にしたものでした。

  • ERATO深津共生進化機構プロジェクト 研究総括
  • 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門 首席研究員
  • 東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻 教授(兼任)
  • 筑波大学大学院 生命環境科学研究科 教授(連携大学院)

しかし、いかにゲノムが縮小し、自由生活能力を失い、ほとんど宿主生物の一部として統合された高度に特殊化した共生微生物であっても、最初は自由生活をしていたはずです。共生関係が具体的にどのように始まり、成立したのかは、実は未解明のきわめて本質的な問題です。

ここに未踏の研究領域があります。これは実は、私が大学院生の頃からいつか実現できたらと、ずっと夢見ていたことなのですが・・・
自然界において、自由生活性の微生物が宿主に必須な共生微生物になりつつある現場をおさえ、その進化プロセスおよび機構を解明できないか?

さらには、自由生活性の微生物を人工的に宿主に共生させることのできる実験系を構築し、実験室内で共生進化過程の詳細を記載し、実証的に解明できないか?

そこで近年、私たちが確立した画期的な新規実験系が昆虫ー大腸菌人工共生系です。

生存に必須な腸内共生細菌を保有するチャバネアオカメムシという昆虫において、もとの共生細菌を大腸菌と置換した人工感染実験系を開発しました。

大腸菌 Escherichia coli は、最もよく理解されたモデル細胞です。4.6 Mbのゲノムに約4,300遺伝子をコードし、うち7割の遺伝子の機能がわかっています。このようなモデル細菌を実験室内で昆虫と共生進化させて、その過程を詳細に観察、記載、解明することができれば、それは共生進化という生命現象の理解の1つの究極の形となるはずです。

私たちの究極的な目標は、ゲノム縮小し、培養できなくなり、共生状態でしか生きられない大腸菌を進化させ、その過程を完璧に観察、記載、解明することです。

さらに私たちは、無脊椎動物(昆虫)から脊椎動物(マウス、ヒト)に至る共生機構の共通性の探求に挑みます。

大腸菌について皆さんがいだくイメージというと、ヒトやマウスなどの哺乳類の腸内細菌、あるいはO157のような病原細菌、そしてもっともよく理解された分子遺伝学のモデル細菌といったところではないでしょうか。しかし近年のメタゲノム解析から、実は昆虫類を含む多様な動物群で、大腸菌もしくはごく近縁な腸内細菌科の細菌類が、消化管内に普遍的に存在することが明らかになってきました。しかもカメムシ類その他の昆虫類で、大腸菌に近縁の腸内細菌から、必須共生細菌が繰り返し進化してきたこともわかってきました。

すなわち、私たちが確立した昆虫ー大腸菌人工共生系を用いることにより、マウスやヒトと昆虫の間で、大腸菌という同一のプラットフォームのもと、共生進化機構の共通点と相違点について具体的に追求することができるようになったのです。実際に私たちは、カメムシ共生進化大腸菌を無菌マウスに接種して、定着能などを評価できる実験系を確立して、昆虫と哺乳類の腸内共生機構の共通性や普遍性の探求に取り組んでいきます。

さらには、培養困難な共生細菌の遺伝子操作や全ゲノムクローニングを可能にする技術開発、共生細菌を宿主体外で1細胞レベルで培養、観察、解析する技術開発、共生細菌と宿主共生器官との分子細胞レベルの相互作用の解析などを実施することにより、共生進化機構の総合的かつ徹底的な理解を推進します。

ERATO共生進化機構プロジェクトにおいて、共生進化の過程および機構の本質に関する具体的な理解を従来なし得なかったレベルまで到達させ、もって共生という生命現象の理解における1つの究極の形を提示したい。

その波及効果としては、我々の生命観へのインパクトから、利用可能な生物遺伝子資源の範囲拡大、さらには腸内細菌叢制御による医療や健康維持への貢献まで、潜在的に広範囲にわたると想定しています。総力を結集して研究に取り組んでいく所存ですので、皆様のご理解、ご支援、ご指導をよろしくお願い申し上げます。