事例と成果
事例卒業生の活躍事例
1年生の課題研究で一連の研究プロセスを体験し、好きな「ものづくり」で社会に役立つ研究職を選びました
吉村 柾彦 (よしむら まさひこ)さん
京都大学 高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)特定助教
2009年岐阜県立恵那高等学校卒業
名古屋大学大学院 理学研究科 物質理学専攻(化学系)博士後期課程修了、博士(理学)
チューリッヒ工科大学 博士研究員、Syngenta Crop Protection AG 博士研究員を経て現職
※所属、肩書き、内容は掲載当時のものです。
INDEX
01.現在の仕事や研究内容、魅力
自ら作った新たな分子で社会課題の解決に貢献したい
2025年秋、2名の日本人研究者にノーベル賞が贈られ、国内が快挙に湧きました。化学賞を受賞した北川進博士は京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(ⅰCeMS)特別教授で、私は現在、そのⅰCeMSで専門の有機合成化学という分子を作る技術を基盤とした、新たなバイオテクノロジーの開発に取り組んでいます。
ケミカルバイオロジーの分野を学び、大学院時代には自分の名前を冠した試薬が市販されたこともありました。博士号取得後は、専門の化学をさらに突き詰めたい、自立した研究者として地力を積みたい、企業の研究現場もこの目で見てみたい―。そんな思いから海外へ飛び出し、2年間、スイスの農薬企業で博士研究員として仕事をしました。
化学の魅力は世の中に存在しない分子を自らの手で設計できる点です。それによって社会課題の解決に向けた新たな糸口を見出せる可能性があり、ロマンを感じます。例えば、この世界には様々な天然物がありますが、これらは生物が長い進化の過程で作り上げてきたものであり、非常に高い機能性を備えています。このような生物が生み出した高機能性物質そのもの、もしくは、それを真似た物質を作ることで分子レベルから生命現象を解明し、コントロールできないかというのが私の考えです。
天然物のように複雑な分子の合成には何カ月、時には1年近くかかることもあるため、山登りのように少しずつ積み上げていって頂上に到達した時の喜びはひとしおです。また、極めて稀なことではありますが、朝起きた時にふいに解決のアイデアを思いついたり、検証実験をする前から「これはできる!」と確信するほど美しすぎるアイデアがひらめいたりする時があります。アイデアベースではなく、とりあえず調べてみようと探索を続けていった結果、思いもしない発見をすることもありますよね。そういった瞬間はいつも本当に嬉しくて興奮します。
iCeMS研究棟実験室にて生化学分析実験を行う吉村さん
02.高校時代のSSH活動
SSHの活動に期待し入学 課題研究で金賞受賞
高校入試の面接では、「SSHの活動が面白そうだから」と本心から志望動機を伝えました。というのも、私は小さいころから理系的な思考が強く、夏休みの自由研究を本気で取り組むタイプだったのです。中学生の時に作ったのは、気球を使った航空写真の撮影装置やノイズキャンセラ、身近に売っている備長炭や食塩水を材料にした燃料電池。周りの大人の手を借りることもなく、経費も自分の貯金から工面しました。そうした夏休みの自由研究に近いイメージをSSHに抱き、期待していました。
SSHの活動で最も印象深いのは、高校1年生の時に「日本数学コンクール」で金賞をいただいたことです。これは名古屋大学が1990年から中学・高校生を対象に開催しているコンクールで、当時課題研究で取り組んでいたテーマが、その年のコンクールの応募課題とたまたま同じだったことが出場のきっかけになりました。極小曲面を課題研究のテーマに選んだ理由は、先生に提示してもらった中で一番分かりやすかったからだったと記憶しています。計算や法則性を調べる実験を3人で役割分担し、夏休み中に論文を仕上げました。出来栄えに自信があったわけではありませんが、先生に薦められて出してみたら評価されて「びっくり!」という感じでしたね。今思えば、つたない内容の論文だったと思いますが、それでも高校1年生の時に課題を設定し、実験を繰り返して成果を論文にして発表する、という一連のプロセスを経験し評価されたことは、大きな自信になりました。
ほかにも、外部講師による講演や県内の研究施設への訪問、横浜で開かれた「SSH生徒研究発表会」への参加などがありました。特に、地方出身の私にとって全国から高校生が集まって大規模に開催された「SSH生徒研究発表会」は大きな衝撃でした。まさにミニ学会さながらの雰囲気で、他の参加者のモチベーションや発表の質の高さに刺激を受けました。やはり、外の世界でどんな人が何をしているのかを知らないと、次の自分のステップにつながらない。そのことを実感できたことはその後の学びにおいてとても意義があり、今もその姿勢を大切にしています。
岐阜県庁での日本数学コンクール金賞受賞報告で、研究成果を解説する吉村さん(右)
03.SSHの影響
SSH活動が「ものづくり」の研究者として生きる原体験に
高校1年生の時からSSHで行ってきた課題研究を論文にまとめ発表するという経験が、研究者となった今も私の土台になっていると実感しています。名古屋大学理学部を志望した理由は、実験や論文執筆、発表という一連の研究活動の楽しさに触れるきっかけとなった日本数学コンクールの主催大学※として知っていたからでした。研究テーマは何度か変わっていますが、子どものころから好きな「ものづくり」で社会に役立ちたいという思いは一貫して変わらず、現在の研究者としての仕事につながっています。
私が在籍していた頃はSSH自体始まったばかりで、あまり英語に関するプログラムがなかったので仕方がないのですが、実は当時の私は英語に苦手意識があり、理系分野に進むにあたってこれほど英語が重要であるとは思いもしませんでした。大学院生の時のアメリカ短期留学で他国の人とコミュニケーションすることの楽しさや人的ネットワークが世界中に広がる可能性を実感し、その後海外企業で働くことを選択しましたが、高校生から英語をしっかり習得しておけば将来の選択肢はさらに広がることでしょう。
現時点での目標は、独立した研究室を持ち、自分のアイデアに賛同してくれる若い世代の人たちと一緒にチームを組んで研究を主導することです。今はここで挑戦したいことがたくさんあるので、それらを通してまずは一研究者としてのアイデンティティを確立したいと考えていますが、機会があったらまたいつか海外に行ってみたいという思いもあります。
研究中にふと解決のアイデアが浮かぶ話をしましたが、とはいっても正直実験はうまくいかないことがほとんどです。それでも長く目標を持ってチャレンジし続けることが大事で、私は研究以外の時もいつも分子のことを考えています。最初からうまくいくとわかる研究ばかりしていたらスケールは小さくなってしまいますし、そもそも面白くない。高校生の皆さんもぜひ、自身の「好き」をエネルギーにして、新しいことやわからないことにどんどんチャレンジしていってください。
※2025年現在、大阪公立大学数学研究所・名古屋大学大学院多元数理科学研究科の共催
主な受賞歴
- 日本数学コンクール 金メダル(2006年)
- 日本化学会年会 学生講演賞(2016〜2018年)
- Chemistry Letters Young Researcher Award(2025年)
その他
(主な競争的資金等)
- 科学技術振興機構 戦略的創造研究推進事業 ACT-X 環境とバイオテクノロジー 研究領域「タンパク質多量化技術による生合成制御」(2020~2023)研究代表者
- 科学技術振興機構 創発的研究支援事業 阿部パネル「細胞模倣マテリアルによる物質生産テクノロジー」(2023~)研究代表者
- 豊田理研スカラー(2025~)研究代表者



