2022.09.22

インタビュー「最先端の幻肢痛治療に見る、「脳のリプログラミング」の可能性」

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栁澤琢史教授はBCIを医療に応用し、失われた四肢に痛みを感じる病気「幻肢痛」の治療を行っている。
BCIによって脳をリプログラムするという、まったく新しい医療のアプローチが生まれている。

栁澤 琢史

栁澤 琢史
大阪大学高等共創研究院 教授。2009年、大阪大学大学院医学系研究科修了。博士(医学)。ERATO「脳AI融合プロジェクト」研究メンバー。

―― 研究内容について教えて下さい。

栁澤琢史(以下、栁澤):私は脳神経外科医として、医療と脳研究に携わっています。主には治療目的で、てんかんなどの脳外科治療を受けている患者様の協力をいただき、人間の脳とコンピュータを接続する技術「ブレインコンピュータインターフェイス」(BCI)の研究をしています。ERATO 池谷脳AI融合プロジェクトでは、外科医として治療法を開発してきた経験から、脳とAIの融合によって何が模索できるかを提案していくことが私の仕事です。

―― どのようなBCI技術を研究しているのでしょうか?

栁澤:主に侵襲的な方法(外科手術を行い、脳内あるいは脳の表面に電極を設置する手法)によって計測する脳波を使ったBCIを開発してきました。たとえば身体のすべてが動かなくなる、ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者さんが、脳で思い浮かべるだけで自らの意志を伝えたり、ロボットを動かして外界と関わることができたりする技術です。最近はAIを用いることでより低侵襲な方法でも実用的な脳波が読み取れるようになってきており、ますます可能性が広がっています。

AIと共進化する医療

―― 脳とAIの融合という点では、どのような試みをされていますか?

栁澤:患者さんの脳から取得したデータをAIを使って分析し、その情報を患者さんにフィードバックすることで、症状の原因となっている異常な脳活動を変えてしまう、つまり「脳をリプログラミング」することで、脳の疾患を治療する研究をしています。たとえば事故の怪我で手を切断してしまったり、手はあるけれど神経が断裂してしまい、身体からの感覚や運動がうまく働かない方などが患う「幻肢痛」という病気があります。幻肢痛は、あるはずのない四肢の痛みを感じてしまう病気で、治療法はまだ確立されていません。その原因は、失ったはずの手を動かす脳活動がまだ機能しており、異常な脳活動を引き起こしているからだと言われています。そこで脳をリプログラムし、異常な脳活動を消してしまうことで治療しようというのが私の仮説です。

―― 「脳のリプログラム」はどのようにして行うのでしょうか?

栁澤:フィードバックを用いて脳活動に変化を与えることで行います。たとえば幻肢痛では、BCIで手を仮想的に復元し、動かすという手法を用いています。まず患者さん自身の、まだ存在する方の手(例えば右手)の映像を撮影し、それを反転して、失われた手(左手)を仮想的に映像内で復元します。次にその映像を見ながら、脳活動の読み出しと出力を行えるデバイスであるBCIを使って、患者さん自身が脳活動を使って手を握ったり開いたりしてもらうトレーニングを行います。こうして患者さん自身の脳活動で「幻肢」を動かすことで、脳が変化します。この変化を目的に合わせて起こすことで、新しい感覚を獲得したり、治療を行ったりすることができます。

―― どうして脳をリプログラムすることで幻肢痛がやわらぐのでしょうか?

栁澤:幻肢痛を患う患者様の脳内にはまだ失われた手、「幻肢」を動かす脳活動が残っています。しかし、この脳活動をどのように変えたら幻肢痛が緩和できるのかが医学的に分かっていませんでした。研究者の間では、幻肢を動かす脳活動を「強めるべき(実際に動かす)」と考える派と、「弱めるべき(動かさないようにする)」と考える派に分かれていました。そこで私は、どちらが正しいのかを確かめるために、患者さんにBCIを使ってもらい、まず幻肢を動かすために使われている脳活動で、ロボットの手を制御し、自分の幻肢を動かすつもりでロボットの手を動かしてもらいました。これは脳にとって、失われた手が再建されたことと同様ですから、幻肢を動かす脳活動は強まります(脳活動が強まるようにリプログラムされる)。すると患者さんは余計に痛がるようになりました。そこで次は、反対側の手の脳活動、つまり残った「健常肢」を動かすための脳活動を使って、ロボットの手を動かしてもらうことにしました。少しややこしいのですが、現実にある手は動かさず、脳で念じるだけで、ロボットの手を動かすような作業をイメージしてください。こうすると、脳内の幻肢を動かす脳活動は使われなくなるため、弱くなります(脳活動が弱まるようにリプログラムされる)。

結果として、この脳活動を弱くするアプローチによって患者さんの幻肢痛が軽減しました。現在は3日間トレーニングすると、その後5日間にわたって30パーセント以上、幻肢痛が軽減することが分かっています。治療の実現と医学的な発見の両方を実現できた試みでした。

―― AI技術はどのように関わってくるのでしょうか?

栁澤:脳活動を正確に推定したり、治療によって脳活動を効果的に調整したりするために、包括的に用いています。また、治療を重ねることで脳にどのような影響をもたらすかの理解にも役立てられます。また今後は、脳内で想像したことを画像や映像、音声として出力する意思伝達の部分も実現したいと考えています。現在は、人の顔、風景、文字といった、映像・画像のカテゴリをある程度推定できるようになっています。また、想像した内容に応じて、推定された画像を画面に出力することもできるようになってきました。今後はAIによる脳活動の解釈とフィードバックをより改善し、想像内容を映像化する精度を上げていきたいと考えています。

―― AIは医療をどのように進化させると思われますか?

AIは共進化するパートナーだと考えています栁澤:AIは医師の仕事を奪うわけではなく、共進化するパートナーだと考えています。たとえば私はAIを医療の診断にも使っています。たとえば脳波をAIで解析することで、診断にとって有意な情報を取り出したりしています。AI単独で何かができるというより、医師がうまく使うことで、これまでよりも質の高い診療や医療を実現していけると考えています。また実際のところ、脳の病気はまだまだ治すことができないものが多いのです。未来の話ですが、失われた脳の機能をAIで代替するようなことができたら、現在と全く異なる医療のかたちが生まれるでしょう。そんなことにも期待をしています。

―― 研究におけるELSIなど、倫理における議論の重要性についてどうお考えですか?

栁澤:私が取り組んでいる分野は、医療のみならず、身体機能を拡張する(エンハンスメント)という側面も持っています。私たちは、しゃべる、行動するといった、身体的な運動によって外界とコミュニケーションをしており、BCIは、主にこうした運動能力を失った患者さんに届ける医療です。しかし運動以外でコミュニケーションができることが社会に示されると、患者さんにとっては画期的な医療ですが、健常者にとっては新しい能力であり、身体拡張の一手となります。この両義性について、患者さんへの理解を促すことはもちろん、適切な社会認知をつくりあげていくことは非常に重要なことだと考えています。私としても、医療として効果があり、サイエンスとしても新しいことが実現できることがモチベーションですから、社会に適切に理解され、受け入れられていくことは何よりの喜びですね。

※本インタビュー記事は、「BRAIN-AI×HITE活動紹介冊子」に収録されています。冊子の入手については以下をご確認ください。
「BRAIN-AI×HITE」の活動紹介動画・冊子公開