2021.08.13

インタビュー「ヘルスケアにおけるAIの利益をすべての人々に」

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AIによるヘルスケア改革が期待される一方で、透明性や信頼性などの懸念も生まれています。
そのとき、並行してこれらの懸念を解決するために、医療従事者、患者、市民など、多様なステークホルダーが関与し、それぞれの視点から問題を把握し解決することが重要であると言われています。
医療におけるAIの開発と実装に多様なステークホルダーが参画できるプラットフォームの構築を目指すプロジェクトの代表者である山本ベバリーアン氏に、AIが可能にする医療の未来とその課題について訊きました。

山本ベバリーアン

山本ベバリーアン
大阪大学大学院人間科学研究科教授。
HITE「ヘルスケアにおけるAIの利益をすべての人々にもたらすための市民と専門家の参画による持続可能なプラットフォームの設計」代表。
専門は教育と医療社会学、最近の主な研究課題はヘルス・プロモーション、医療的研究や医療政策に対する患者と市民の参画(PPIP)、希少疾患の患者団体アドバカシー、ダイバーシティとインクルージョンなど。

文・春口滉平

市民の視点からAI医療を考える

─HITEプロジェクトの概要を教えてください。

山本ベバリーアン(以下、山本):昨今、イギリスではじめられた医療研究への「患者・市民参画(Patient and Public Involvement/以下PPI)」に関する取り組みが日本でも進められています。加えて、ヘルスケア領域におけるAIの実装にも大きな期待が寄せられており、ヘルスケアの現場に大きな変化をもたらそうとしています。これらを組み合わせ、PPIの視点からAIを考えることが私たちの研究の出発点です。AIとヘルスケアのエコシステムを検討し、さまざまな利害関係者(ステークホルダー)が医療に参画できるプラットフォームの形成を目指しています。

─今後の研究活動にはどのような人々がステークホルダーとして関わっているのでしょうか。

山本:現在は、まさにどんな方がステークホルダーになりうるのかといったリサーチから行っています。まずヘルスケアといってもどのAI技術がどこの分野で実装されるのかを調べる必要があります。病院で働く人だけでなく、デベロッパーや製薬会社などの企業、患者やその家族など、幅広い視野で捉えることが重要です。私が所属する大阪大学の大学病院には重症患者が多く、一次医療(外来診療)と二次医療(専門外来医療、入院治療)のあいだでも関わるコミュニティが変化するため、より多様な対象にアプローチしていくべきだと考えています。また本研究は、イギリスのオックスフォード大学との共同研究の中で濃密なコミュニケーションを取りながら協働しているため、イギリスと日本における病院の医療制度を比較しつつ、さまざまな専門家と相談しながら研究を進めることができています。

─日本とイギリスでは医療制度が異なると思いますが、その違いは研究にどのような影響を与えるのでしょうか。

山本:イギリスではすでにPPIの制度が盛んに取り入れられているので、市民の方々も積極的に研究に協力してくれますが、日本ではまだまだ浸透していないのが現状です。そのため、幅広く協力者を募る段階での苦労が多いです。またAI導入に関してもイギリスのほうが国民健康サービス(NHS)で取り組んでいるため、文献調査で確認する政策文書はイギリスのものが多いです。ただ、日本よりもAIに関する規制制度が進められているイギリスでも、まだまだ課題が多く残っているのが現状です。日本と同じくAIの課題、特にヘルスケアとの関わりという新たな課題において、両国で出発地点に立ったところです。特に政策として重視されているのが倫理的な課題についてですね。たとえばAIが過去のデータをもとに医療診断を行う際に、どうすれば結果に対する信頼が得られるのか。私たちの研究でも「信頼」は重要なキーワードのひとつです。

信頼を構築するためのプラットフォーム

─具体的にはどのような点が議論されているのでしょうか。

山本:AIを医療に実装する際、さまざまな個人データを利用することになりますが、市民・患者の納得がなければ実際に扱うことはできません。特にビッグデータをAIに処理させる場合には、どのようなプロセスで医療の最終判断が行われたかがブラックボックスになってしまうことが多々あります。またデータの管理や使用などについて明確にするだけでなく、ステークホルダーの理解も大事です。AIがどのように医療領域で使われるかについて学習する場を提供する必要があります。現在の日本では、医療の最終判断は主に医者が下しますが、どのような診断、治療、予後をするのかについての課題は、AIの支援があればさらに適切で個別化されるようになります。医療従事者のAIに基づいての判断を患者側が理解する必要もあります。したがってステークホルダープラットフォームの実現が大事になってきます。

─そうした責任問題の解決方法としては、どのような可能性があるのでしょうか。

山本:データのインプットとは別の問題として、今後のAI医療のプラットフォームに患者・市民の方々が関われるかどうかが重要だと思います。AIや医者がすべてを決める状態だけでは、患者は依然として受け身のままです。けれど、PPIを通じた環境づくりのプラットフォームに自身も参画している意識を感じられる状況を整えることができれば、責任の課題に対するひとつのソリューションになるでしょう。患者自身が対話に参加し、医療にまつわる知識や意見を交わす機会あれば、それぞれの判断の納得感が得られるでしょう。けれど、AI医療といってもさまざまなので、一般患者や市民とその都度対話をするのはそう簡単ではありません。まずはAIがデータを分析し、それを患者に報告するというレベルからはじめています。より高いレベルでの活用としては、社会全体にAIの分析を導入し、その結果についてステークホルダーが意見を出し合うような、医療の環境づくりに患者や市民が直接参画することが目指されます。私たちの研究プロジェクトを通して、継続的なプラットフォームの運営を実現できれば、意見交換や相談にとどまらない、ステークホルダー全体によるコ・プロダクション(公的サービスの共同制作)が可能になるのではないかと期待しています。

─ステークホルダーの範囲が広がれば、患者本人だけでなく家族の個人情報の扱いについても問題が生じそうです。

山本:そのとおりで、遺伝が関わる医療だとより顕著ですね。たとえば近い将来、AIを用いて家族のデータを分析することで、遺伝性疾患の早期発見が可能になったとします。20年後に病気になることがわかった場合、その情報をわかった時点で本人に伝えるかどうか、という新たな倫理的問題が生まれます。それだけ早くから患者になる可能性が高まる、誰もが今すぐ患者になってしまう。病気になるリスクがあるだけで患者という身分にしていいのか、仮に伝えないとするならば誰が伝えないと判断するのか、まだ議論が尽くされていません。どこまで社会をメディカライズ(医療化)するかという問いでもあります。

山本ベバリーアン

あらゆる格差を乗り越えた医療へ

─プロジェクト名には「AIの利益をすべての人々にもたらす」とあります。山本先生はヘルス・プロモーションのご研究もされていますが、この言葉に込められた思いを教えてください。

山本:日本ではまだ大きな課題にはなっていません、イギリスではダイバーシティや公平性が重要な論点になります。AIを医療に導入するために、社会のどのような人にも利益がある状態をつくる必要があります。そうでないと、AIの結果を信頼することができないからです。ヘルスケアにおける社会的要因を調べると、収入が低い、あるいは教育環境が整っていない人ほど、健康問題の発生する確率が上がることがわかっています。にもかかわらず、高度な教育を受けた、高収入な人ばかりの情報をビッグデータとしてAIに分析させていれば、医療格差は広がる一方になってしまいます。

─教育レベルだけでなく、都市部と地方でも医療格差が現れていますよね。

山本:とても大きな課題だと思います。医療技術が進展するほど、人々の医療に関するウェルビーイングへの意識が高くなるので、医療への要望が大きくなる傾向にあります。個人だけでなく、社会的にAIの利益を受けるために、医療がもっとも課題になるはずの人々を包摂する必要があるのです。そのため私たちの研究では「ヘルスケア for All(みんなのためのヘルスケア)」をコンセプトとしています。もちろん、PPIに参画する人々のダイバーシティについても考えなければいけません。男女や年齢の多様性は確保できても、こうしたプログラムの参加者はどうしても経済的・教育的に恵まれた人が多くなってしまいます。健康問題が発生する可能性の高い人々にまで広く情報を伝えることができていないのです。将来的には、そうした人々が積極的に参画できる道を開きたいと思っています。

─山本先生はご自身の経験から、HAE(遺伝性血管性浮腫)の患者を支援される活動もされていますね。

山本:私はHAEの患者として、いまも度々通院する当事者でもありますが、この希少疾患が診断されるまで数十年も苦しんできた経験があります。AIの導入によって早期に診断することができれば、個人の苦しみや医療における無駄が減るでしょう。また、診断の確実さも重要です。不要な治療を減らして適切な診断を増やす、より個人に最適化された医療に変わろうとしています。大きい病院ほど治療に無駄が多くなると想像できるので、AIの導入によって、医療従事者にとっても患者にとってもスリムな診療と通院が可能な医療になっていくことが想定されます。つまり私自身が医療を受ける当事者でもあり、またほかの患者の方との会話を通して、AI導入における期待や課題を考えることができました。

─そうした経験が今回のプロジェクトに活かされているんですね。

山本:そうですね。HAEの患者団体を日本でNPO法人として設立したときに、遺伝性血管性浮腫に関する医師の認知度が低く、イギリスや米国などと比べての治療ギャップもありました。同時に研究が少ないため、実際に診断された患者数が予測された数よりもかなり低かったのです。しかしHAE患者・家族と専門医師の共同活動によって治療環境が改善され、患者の生活質(QOL)のような研究も進んだことで、医療従事者の認知度向上もあり、正確な診断がなされるHAEの患者も増えました。その歩みによるPPIの力を直接に経験したことが大きいですね。
同時に、同じ希少疾患を持つ患者さんの中でも、それぞれの状況や考え方、社会・経済状況などが多様であるため、HAE患者である私と他のHAE患者さんの経験や期待には、共通点もあれば、違いもあると分かりました。そのため方針や活動を計画する際は、なるべくさまざまな患者さんと相談し、個々の視点を反映することが重要だと感じています。また国際患者活動の経験を通じて、低・中所得国と高所得国である日本のHAE患者さんとの類違点や相違点も直接知ることができました。私自身、診断と治療のアクセスが改善されたことで自分の苦しみが著しく減ってきたので、どこに住んでいてもHAE患者が早期診断と適切な治療を受けられるように願っています。「ヘルスケアにおけるAIの利益をすべての人々にもたらすため」というテーマは、こうした課題意識から生まれています。

─これまでお話しいただいた以外に、ヘルスケアにAIが導入されることのメリットは何だと思いますか。

山本:治療目的だけではなく、高齢者のケアも充実していくと思います。ある論文では、AIアシスタントが高齢者と話し、身体の痛い箇所や調子について会話することで、高齢者の満足度が向上したという結果が紹介されていました。こうした事例を考慮していくと、今後はAIを搭載したロボットと人間との間にも倫理的な問題が発生すると予想されます。PPIは研究者だけでは想像できない領域にまで触れられる方法ですので、さまざまなステークホルダーとの対話の中からこうした新しい問題についても議論していくことができればと考えています。

─研究プロジェクトの今後の展望についてお聞かせください。

山本:PPIを通した議論の結果をもとに、アドバイザリーボードの意見を聞き、患者・市民の声を聞き、AIをヘルスケアに導入することの可能性と課題をより明確にしたいと考えています。深いフォーカスと広い視野、その両方が求められるでしょう。加えて、このプロジェクトを学術的に議論するだけでなく、より一般にも普及したいと思っています。広く一般にリーチさせることが、AIの利益をすべての人々にもたらすための近道なのです。

※本記事は、「人と情報のエコシステム(HITE)」領域冊子vol.05に収録されています。
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