科学技術振興機構 理事長・北澤宏一コラム
―今月は「S-イノベ」を取り上げていますが、大学などの研究機関と企業との関係について、聞かせてください。
「日本の大学は10年程前、「研究レベルが低く、閉鎖的で産業界にも協力的でない」とする批判を浴びていました。この数年間、法人化などの努力の跡がやっと見えてきました。産学共同研究の件数1万5千件、大学発ベンチャー1700社、大学による特許出願年間1万件など、いずれも当初の数値目標を達成、「大学はがんばりはじめた」といえる状況になってきました。また、基礎研究においても、この4年間のうちの3年分は日本の若手研究者の論文が世界の総合トップ賞を取る、あるいは、世界の科学の重大ニュースの総合第1位に輝くなど、いわゆる「研究の新大陸」を創り出して世界の研究者をフィーバーに巻き込むような科学界のスーパースターが何人も出現しました。日本がかつて経験したことのない誇らしい状況といってかまわないといえます」
―その結果を、企業側は生かせているのでしょうか?
「日本の大学がさかんに知財を出すようになったにもかかわらず、いまの産業界はそれを生かしきれていません。むしろ、海外企業の方が熱心に日本の大学知財への接近を図りはじめています。このままでは10年後の日本の基盤技術が思いやられる状況です。大学の特許を生かすには、それらを共通の場に集め、分類し、束ねて使いやすい形にする。必要とあらばさらに補強研究を行う。JSTはこのための検討の場や必要なファンドの設定を推進したいと思います。企業が新技術に熱心になるためには、国内に新たな製造拠点をつくる必要があります。このためには国による内需拡大という政策が必要です」
―2009年12月30日に、総理官邸で第2回成長戦略策定会議が開かれ、「新成長戦略」が閣議決定されました。
「<グリーン・イノベーションによる環境・エネルギー大国戦略><ライフ・イノベーションによる健康大国戦略>などが、これからの成長分野として挙げられましたが、JSTはこれらを課題に据えて、研究プログラムをいっそう充実させていかなくてはと考えています。
よく、研究者は自由に研究をしたほうが良い成果が上がる、などと言われますが、私は最近、決してその通りだとは思わなくなりました。なぜなら、いま、世界を驚愕させている日本の研究者は、山中伸弥先生も細野秀雄先生も審良静男先生も、みなさん課題解決型の研究で大きな成果を上げてきているからです。緊急シンポジウムが海外で開かれたり、各国のメディアが報道したりと、多くの日本人のさまざまな研究がこれだけ世界から注目されるという状況は、かつてなかったことです」
―元々、成果のある研究者を、課題解決型研究に選んだだけではないか? と、よく問われますが。
「そんなことはありません。みなさん、失礼ながら無名に近い研究者だった方たちが課題解決型に挑み、驚くべき成果を上げてきたといえます。JSTは、研究者の有名無名を問わず、たとえ突飛な発想であっても、これはすごい成果を生むだろうという研究の目利きをし、採択する。これが、戦略的創造研究推進事業です。
研究者は、自分の研究に閉じこもらずに、『この研究をやり遂げなくては』という強い意志を持って、課題解決型の研究分野に自ら飛び込む必要があると思います。新成長戦略という目標に向かって、例えば低炭素社会の実現に大きなブレイクスルーをもたらす、そんな研究者が現れることをJSTは期待しています」
―2010年の始まりにあたり、JSTは何を求められ、何に取り組むべきと考えていますか?
「今、世界は、そして日本は大きく変わりつつあります。21世紀に羽ばたいていくために、日本という国を、国の内外から見直すことが期待されています。科学技術は国の変化の原動力です。JSTも変わっていかなければいけません。そして、牽引力を発揮しなければなりません。もっとも大きな課題は、鳩山イニシアチブによる、1990年比25%という、温室効果ガス排出量の削減目標です」
―2009年12月には、JSTに低炭素社会戦略センターも設置されました。
「これは、低炭素社会づくりに向けたビジョンを作っていく司令塔です。独自の調査・解析・予測によって、2020年、そしてそれより先の未来の、来るべき低炭素社会の姿を描きます。私たちが実現すべき生活様式、社会構造、産業構造、技術体系などの要素からなるシナリオを構築し、研究開発の成果を活かすための具体的な提案もしていきます。低炭素社会の実現のためには、社会全体がこれを支持する雰囲気を作らなければいけません。CO2削減のために挑戦すべき課題を明示し、そこに至る道筋を示します。私たちの世代と未来の世代とが、地球環境を共有し、共感する。それがセンターの究極的な役割だと考えます」
―未来の世代、若者たちに何を伝えていこうと考えますか?
「私たちは彼らに『一緒に地球を良くしていこう』というメッセージを伝えねばなりません。それも、『挑戦すれば可能な道が拓ける』という強いメッセージです。科学が描く夢を若者たちに伝えることは、2010年に生きる大人たちすべてが果たすべき使命であるし、JSTの使命であると思います」
―行政刷新会議の「事業仕分け」は、科学分野においても、厳しい評決がされました。
「日本の科学技術は、山中伸弥先生のiPS細胞樹立や細野秀雄先生の鉄系超伝導物質の開発など、この数年だけでも数々の業績を上げてきました。これは、 JSTの取り組みがうまくはたらいてきたことの証だと思います。昨年のノーベル賞の受賞や、今年つくばで行われた国際科学オリンピックでの、学生たちの金メダル受賞など、喜ばしいニュースもありました。私たちは誇りをもって、良い仕事をしてきたといえるはずです」
―短期的な視点と長期的な視点、国内を見る目と国際的に見る目、そのあたりが理解されなかった?
「グローバルな視点に立てば、2番や3番を目指す科学というものは、存在しません。トップを目指さなければ、そして、トップを育てなければならない。これは日本の未来への、さらには、未来の子どもたちへの投資なのです。その点で、JSTは、重大な責任を持っています。「事業仕分け」では、十分にそのことが理解されたとは、必ずしもいえなかった。これは、未来の子どもたちに、申しわけないことだと思っています。これから、さらにねばり強い交渉をしていきます」
―1時間で評決は乱暴だという意見の反面、インターネットの生中継などは高い評価を得てきました。
「現政権の、なにごとも公の場でやっていこうという姿勢は、日本にとっては大きな方向転換だと思います。私たちも、JSTの活動が、研究者や子どもたち、ひいては家庭にまで、きちんと伝わるよう努力しなければなりません。これからは、積極的な姿勢で、自らの考えを社会に向けて発信していく必要があると、強く感じています。私たちにとっても、意識改革が必要なときなのだと思います」
―民主党政権にかわって、JSTのあり方も変わってくると思いますが?
「JSTも、姿勢を正して臨まなければならないと思っています。独立行政法人に対する風当たりが強くなってきていますが、逆にこれを良い機会ととらえて、これまで『税金を使うので仕方がない』とされてきた行政の冗長性回避にも最大限に取り組んでいくつもりです」
―「最先端研究開発支援プログラム」の見直しなどもありましたが。
「これは内閣府のプログラムで30人の研究者を選び、大型の研究開発をしようとしたもので、当初の2700億円から1500億円に規模が縮小されました。 JSTプロジェクト関連者が18人も入っているとされ、その意味で私たちにも影響が大きいのですが、『科学技術は日本にとって重要である』という認識は、新政権も同じであることがわかってきました。新政権の想いを受け止めながら、JSTは未来展開をしていきます」
―具体的にどのようなものでしょう?
「『低炭素社会に向けた科学技術のブレークスルーを起こす努力』が第1です。これは世界への貢献でもあります。もう1つは、『科学技術を外交に生かす』ということ。途上国支援や主要国との外交交渉に日本の科学技術協力を関連させて、新政権による日本の国際貢献度合いを顕著なものにしていくことができそうです。さらに、『地域振興への貢献』のため、JSTは「地域卓越研究者戦略的結集プログラム」を開始します。卓越研究者を招へいし、産業界や自治体と協力して地域の『夢技術』の『ひとの輪』を広げます」