成果概要

逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現[3] 前向きELSIと社会応用

2024年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発項目は、前向きのELSIと社会応用を担っています。この研究開発テーマの達成により、様々な社会状況下での前向きを評価し、様々な属性・状況の集団(児童・成人・高齢者といった異なるライフステージ、緩和ケア患者や躁・うつといった異なる精神状態)において、望ましい心身の状態につながる前向きの要素と程度を明らかにすることで、プロジェクトが目指す前向き推定技術とアシスト技術の開発に貢献します。
この達成に向けては、ライフステージや健康状態により、前向きの定義が異なると同時に、身体機能や体格が異なるため、同一基準による前向きの客観的評価法を行うことが難しいということが課題となっています。また、前向き技術に関するELSIへの対策を検討する上で、「前向きとはどんな状態か」を明確化することも課題となっており、この点を挑戦的テーマとして取り組んでいます。従来とはまったく異なる、前向きを個人の状況、ニーズに合わせてアシスト・訓練するという発想で、ELSIへの対策を講じた前向きを身体姿勢、脳・生理反応などから客観的に評価する方法を開発することで、介入法の開発に取り組んでいます。

図1
図1.発達期、高齢期、患者の前向きを姿勢、歩行から評価

2. これまでの主な成果

●「前向きの意義と倫理の検討」

田口茂PI(北海道大学)の研究グループは、ポジティブな契機とネガティブな契機の複合的・多次元的関係構造を考慮して、「前向き」とは何かについて、哲学や心理学、倫理学の観点から整理・考察し、その意義を前向きの「参考書」暫定版として取りまとめました。

●「ライフステージや健康状態と前向きの関連について」

藤森麻衣子PI(国立がん研究センター)の研究グループは、高齢者と緩和ケア患者を対象とした前向き尺度の作成に関して、質問紙調査の集計の結果から一般成人と比して特異的な偏りはないこと、また、がんを有する高齢者は、がんを有する若年者と比して、自己成長に関連する得点が有意に低いことを見出しました。自然言語処理の手法を用いて内容分析を行った結果、➀がん患者、高齢者における前向きさに寄与する要因として対人関係に関連する感謝の念、「やらなければならないこと」を行うこと、および、➁緩和ケア患者を対象とした縦断調査の結果、がんが治る可能性があると認識している患者は治らないと認識している患者よりも1年生存割合が高いことを高齢者と緩和ケア患者を対象とした前向きの身体計測について、歩行関連データから高齢がん患者は若年がん患者、高齢健常者と比して身体的に脆弱である可能性を見出しました。さらに、➂について身体姿勢と感情の関係を検討した結果から、身体姿勢制限下では通常状態と比して身体機能スコアが低く、ネガティブな気分が高いことが示唆されました。
松田哲也PI(玉川大学)の研究グループは、大学生1365名を対象に行ったオンラインで行った生活習慣調査、前向き調査と体力テストのデータを、データ駆動型解析で、ライフスタイルが、身体的ウェルビーイング、精神的ウェルビーイング、社会的ウェルビーイングとどのように関連するかについて解析を行いました。その結果、ライフスタイルと、身体的ウェルビーイング、精神的ウェルビーイング、社会的ウェルビーイングは関連性があることが示唆されました。結果の解釈から、日頃から体を動かす習慣があると、身体的ウェルビーイング、精神的ウェルビーイング、社会的ウェルビーイングが高い傾向を示すことが示唆されました。また、歩行時の動きを動画撮像し、歩容と前向き、生活習慣との関連性について解析を行っています。AIによる全自動歩容動作センシング法を開発し約1000名の歩容動作解析を実施しました。質問指標と歩容との関連性を、機械学習を用いて解析してみたところ、各指標において、歩容―前向き指標に相関がある可能性が高いことが示されています。今後詳細な解析を実施する予定です。
高橋英彦PI(東京科学大学)の研究グループは、精神神経疾患の前向きについて、他のPIと連携して、前向きの評価や身体計測の方法について検討を行っています。研究開始4年目以降、本格的な調査に入る予定になっています。

図2
図2.歩容の計測と歩容の自動解析

3. 今後の展開

緩和ケア患者、高齢者、発達期を対象とした調査が進み、前向きに関連する患者特異的、ライフステージ特異的、発達期の年齢特異的な特徴が見出されてきています。今後、研究が進むことで、それぞれの「前向き」の評価法が開発される予定です。また、ELSIも並行して検討を進めることで、社会からのニーズを踏まえた「前向き」アシスト・トレーニング法の開発が期待されます。