成果概要
逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現[3] 前向きELSIと社会応用
2023年度までの進捗状況
1. 概要
本研究開発テーマは、前向きのELSIと社会応用を担っています。この研究開発テーマの達成により、様々な社会状況下での前向きを評価し、様々な属性・状況の集団(児童・成人・高齢者といった異なるライフステージ、緩和ケア患者や躁・うつといった異なる精神状態)において、望ましい心身の状態につながる前向きの要素と程度を明らかにすることで、プロジェクトが目指す前向き推定技術とアシスト技術の開発に貢献します。
この達成に向けては、ライフステージや健康状態により、前向きの定義が異なると同時に、身体機能や体格が異なるため、同一基準による前向きの客観的評価法を行うことが難しいということが課題となっています。また、前向き技術に関するELSIへの対策を検討する上で、「前向きとはどんな状態か」を明確化することも課題となっており、この点を挑戦的テーマとして取り組んでいます。従来とはまったく異なる、前向きを個人の状況、ニーズに合わせてアシスト・訓練するという発想で、ELSIへの対策を講じた前向きを身体姿勢、脳・生理反応などから客観的に評価する方法を開発することで、介入法の開発に取り組んでいます。

2. これまでの主な成果
●「前向きの意義と倫理の検討」
田口茂PI(北海道大学)の研究グループは、前向き概念の理論的彫琢に関して、様々な文献の検討と分析、議論により、「前向き」概念にとっての「中動態」の意義をさらに深めつつ考察し、「あるがまま」を受け入れる態度、ネガティヴなものによって媒介されたポジティヴな態度の構造をさらに明晰さにもたらすことができました。ELSIに関しては、結果の分析により、「前向きアシスト技術」への受容度が比較的高いこと、ただし本人が知らないうちに技術を用いることに対しては否定的な反応が多いことが明らかになりました。
●「ライフステージや健康状態と前向きの関連について」
藤森麻衣子PI(国立がん研究センター)の研究グループは、高齢者と緩和ケア患者を対象とした前向き尺度の作成に関して、質問紙調査の集計の結果から一般成人と比して特異的な偏りはないこと、また、がんを有する高齢者は、がんを有する若年者と比して、自己成長に関連する得点が有意に低いことを見出しました。自然言語処理の手法を用いて内容分析を行った結果、①がん患者、高齢者における前向きさに寄与する要因として対人関係に関連する感謝の念、「やらなければならないこと」を行うこと、および、②緩和ケア患者を対象とした縦断調査の結果、がんが治る可能性があると認識してる患者は治らないと認識している患者よりも1年生存割合が高いことを高齢者と緩和ケア患者を対象とした前向きの身体計測について、歩行関連データから高齢がん患者は若年がん患者、高齢健常者と比して身体的に脆弱である可能性を見出しました。さらに、③について身体姿勢と感情の関係を検討した結果から、身体姿勢制限下では通常状態と比して身体機能スコアが低く、ネガティブな気分が高いことが示唆されました。
松田哲也PI(玉川大学)の研究グループは、大学生1365名を対象に行ったオンラインで行った生活習慣調査、前向き調査と体力テストのデータを、データ駆動型解析で指標間の関連性を検討してみた結果、前向きー体力―運動習慣との間に強い関係性が見出された。これらの結果から、前向きであることに、運動習慣があり体力が高いことが関連することが見出されました。また、歩行時の動きを動画撮像し、歩容と前向き、生活習慣との関連性について解析を行っています。現在歩容動画からAIを用いて自動でモーションキャプチャーを行う解析法の開発も行っています。
高橋英彦PI(東京医科歯科大学)の研究グループは、精神神経疾患の前向きについて、他のPIと連携して、前向きの評価や身体計測の方法について検討を行っています。研究開始4年目以降、本格的な調査に入る予定になっています。

3. 今後の展開
今後、緩和ケア患者、精神神経疾患患者、発達期を対象としたデータが充実してきます。これらのデータが取得されることで、患者特異的、ライフステージ特異的、発達期の年齢特異的な特徴が見出され、それぞれの「前向き」の評価法が開発される予定です。また、ELSIも並行して検討を進めることで、社会からのニーズを踏まえた「前向き」アシスト・トレーニング法の開発が期待されます。