成果概要
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逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現[3] 前向きELSIと社会応用
2025年度までの進捗状況
1. 概要
本研究開発項目は、ムーンショット目標9における「前向き」のELSIと社会応用を担う研究として、発達期から高齢期、疾患や行動嗜癖を含む多様な状態における「前向き」の特徴と、その心理・身体・神経・社会的基盤を理解することを目的としています。2025年度は、「前向き」が単なる楽観性ではなく、逆境との関係性の中で形成される多面的・動的な概念であることを、哲学・心理学・神経科学・身体情報科学を横断した学際的研究により整理しました。
また、高齢者、がんサバイバー、発達期児童・青年、行動嗜癖に関わる対象者を含む多様な集団について、心理特性、行動特性、身体反応、脳構造との関連を統合的に解析しました。さらに、ELSIガイドラインおよびチェックリストの改訂を通じて、前向き支援技術の社会実装に向けた倫理的基盤整備を進めました。

2. これまでの主な成果
前向きの意義と倫理
田口茂PI(北海道大学)の研究グループは、「前向き」が逆境との関係性の中で成立する概念であることを、日本語コーパス調査および哲学的分析を通して整理しました。特に、「前向き」は単なるポジティブさではなく、困難や不確実性と関わりながら形成される肯定的な心のあり方であることを理論的に示しました。また、ムーンショット目標9全体のELSIワーキンググループを主導し、ELSIガイドラインおよびELSIチェックリストの改訂を行いました。
がんサバイバーにおける心理的適応と前向き
藤森麻衣子PI(国立がん研究センター)の研究グループは、大規模オンライン調査(n=2,125)を用いて、がんサバイバーにおける「前向き」の心的姿勢を検討しました。その結果、「逆境との共存」と「逆境下での成長志向性」という二側面から捉えられる可能性が示されました。これらの側面は、レジリエンスや病気の受容、抑うつ、人生満足度と関連しており、がん経験後の心理的適応を理解する上で重要な手がかりとなることが示唆されました。また、歩容解析では、一部の歩行特徴が心理的適応に関わる特性と関連する可能性が示されました。
発達期におけるウェルビーイングと前向き
松田哲也PI(玉川大学)の研究グループは、小学5年生から大学生まで約3,000名を対象に、前向き指標、生活習慣、体力、歩容、身体計測を含む大規模調査を実施しました。ライフスタイル、身体的ウェルビーイング、精神的ウェルビーイング、社会的ウェルビーイングの4指標を統合的に解析した結果、ウェルビーイング関連指標には年代を超えた共通構造が見られる一方、ライフスタイルは年代に応じて変化する可能性が示されました。さらに、MRI拡散画像解析により、脳の成熟と社会的意思決定の発達が関連する可能性が示されました。
行動嗜癖における前向きの不適応的側面
髙橋英彦PI(東京科学大学)の研究グループは、行動嗜癖に関連する前向きの不適応的側面について、心理尺度、脳構造MRI、客観行動データを統合した多層解析により検討しました。問題的スマートフォン使用に関する研究では、注意切替の困難さ、脳構造、夜間の使用パターンとの関連を解析し、行動嗜癖に関わる客観的評価指標の候補を得ました。また、インターネットゲーム障害研究では、皮膚コンダクタンス反応や表情変化を解析し、自己報告に加えて活用可能な客観的評価指標としての可能性を検討しました。

3. 今後の展開
今後は、発達期、高齢期、疾患や行動嗜癖を含む多様な対象群において、「前向き」の心理・身体・神経基盤をさらに統合的に理解するため、縦断的データ解析およびマルチモーダル解析を推進します。特に、発達期縦断調査を通して、前向きに関わる心理特性の発達軌跡と、ライフスタイル、社会性、脳成熟との関連を明らかにします。
また、MRIデータ解析では、白質微細構造、機能結合、行動特性を統合した解析を進め、前向きに関わる心理特性や利他的行動を支える神経基盤の理解を深めます。さらに、歩容、姿勢、自律神経反応、表情解析などの身体情報センシング技術を発展させ、非侵襲的かつ客観的な前向き評価法の確立を進めます。行動嗜癖領域では、前向きの不適応的側面に関わる神経基盤や身体反応指標の妥当性を検証し、状態理解と適切な支援法の検討につなげます。