成果概要

逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現[2] 前向きアシストと訓練

2024年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発項目では、持続的な「前向き」要素向上を可能にする訓練技術、「前向き」要素向上を補助するためのアシスト技術を開発します(Fig. 1)。サルを対象として薬理学的および化学遺伝学的な神経伝達物質操作に関する研究知見も集積し、個人・状況に合わせた形で使用可能な「前向き」アシスト・訓練技術の確立を目指します。

Fig. 1 「前向き」アシスト・訓練の概要
Fig. 1 「前向き」アシスト・訓練の概要

2. これまでの主な成果

2024年度、歩行や姿勢の介入によって心理的な「前向きさ」を引き出す手法が検証され、感覚刺激を用いたリアルタイムのフィードバック技術が開発されました。また、サルを対象とした分子操作技術が確立され、神経活動を長期的かつ選択的に制御するための基盤が整備されました。

●「前向き」アシスト・訓練に向けた歩容介入対象検討

佐渡夏紀PI(筑波大学)は、歩行中の姿勢や動作の変化が心理的な「前向きさ」に与える影響を明らかにするため、姿勢介入を伴う歩行実験を実施しました。特に、猫背や小股歩きといった抑うつ傾向に関連する歩容に着目し、視線誘導や姿勢の調整を通じて、ポジティブな動作パターンを引き出す介入手法を検証しました。さらに、長期的な姿勢訓練を受けたバレエダンサーと一般女性の歩容を比較することで訓練の効果が身体の特定部位に現れることを発見しました。
平尾貴大PI(量子科学技術研究開発機構)は、視覚刺激(Optical flow)や音・リズムによる感覚入力を用いた「前向き」アシスト手法や、多次元生体信号のバイオフィードバックシステム基盤を構築しました。このバイオフィードバックシステムでは、脳波・心拍・呼吸・視線・床反力などの多次元信号をリアルタイムで解析し、音や視覚刺激でフィードバックするシステムです。これらの研究成果を統合することで、将来的には個々人の状態に応じ、こころの変容を促す最適な感覚刺激を提供することが実現される可能性があります。視覚刺激の種類や提示方法が運動感覚や脳活動に与える影響をfMRIなどで検証しました。これは感覚刺激による「前向き」誘導方法の開発の一助となると考えられます。
佐渡PIと平尾PIによるこれらの研究は、身体的な動作を通じて心の状態を支援する新たなリハビリテーションやメンタルヘルス支援の可能性を拓くものと考えられます。

● サルを対象とした分子操作技術の開発

南本敬史PI(量研機構)は、DREADD(Designer Receptors Exclusively Activated by Designer Drugs)技術を用いた神経活動の制御に関して、PETイメージングを活用して長期的な発現の安定性を評価し、神経操作の有効性を実証しました。また、サルを対象とした分子操作技術の研究において、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質に関与する神経系を標的とするアデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターを開発しました。これらにより、脳内の特定領域を選択的かつ安定的に活性化させることが可能となりました。さらに、短縮型DREADDを用いた新たなウイルスベクターの作成や、セロトニン神経系に対する選択的発現の実現など、神経回路の精密な操作に向けた技術基盤を構築しました。
井上謙一PI(京都大学)は、分子操作技術を支えるウイルスベクターの構造最適化を進め、複数候補配列の比較検証を通し、発現効率と特異性を両立する設計を検討しました。ウイルスベクター構造を短縮化しつつ、高効率な遺伝子発現を可能にする短縮型DREADDを開発することに成功しました。サルの脳内での発現分布や機能的効果を詳細に評価するための実験系を整備し、南本PIと連携してその有効性の検証も実施しています。
これらの研究成果は、前向きの機序理解における生物学的基盤、精神・神経疾患の分子メカニズム解明に向けた強固な技術的基盤を形成するものであります。将来的には神経操作による精神・神経疾患の治療といった革新的な技術開発につながることが期待されます。

3. 今後の展開

現在、歩行中の生体信号を網羅的に計測し(歩容、脳波、心拍、呼吸、視線行動)、身体から個々人の「前向き」の程度を読み取る試みがなされています。当該研究で得られた知見や、これまでにプロジェクト内で取得した歩容と心に関する研究知見を統合的に使用し、こころの「前向き」を調整するバイオフィードシステムの完成が期待されます。
サルを対象とした研究では、認知課題や動作計測システムを利用し、こころの「前向き」と身体姿勢の関係性を検証することで、ヒトに応用可能な知見を含めて、研究知見を集積する予定です。また、DREADDの効果検証については、PET(Positron Emission Tomography)による発現の確認に加え、前向き関連行動変容および電気生理による脳活動変容を確認する予定です。