成果概要

逆境の中でも前向きに生きられる社会の実現[2] 前向きアシストと訓練

2023年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発項目では、持続的な「前向き」要素向上を可能にする訓練技術、「前向き」要素向上を補助するためのアシスト技術を開発します(Fig. 1)。サルを対象として薬理学的および化学遺伝学的な神経伝達物質操作に関する研究知見も集積し、個人・状況に合わせた形で使用可能な「前向き」アシスト・訓練技術の確立を目指します。

Fig. 1 「前向き」アシスト・訓練の概要
Fig. 1 「前向き」アシスト・訓練の概要

2. これまでの主な成果

2023年度は,「前向き」アシスト・訓練のための技術基盤構築に加え、こころの「前向き」操作のための身体介入法確立に向けた必要知見の集積や、サルを対象とした研究知見をヒトに応用するための準備を進めました。また、サルを対象とした分子操作研究では、今後「前向き」に関する分子操作研究を本格始動する上で必要不可欠な研究成果を得ることができました。

●「前向き」アシスト・訓練に向けた歩容介入対象検討

身体への有効な介入法を確立するためには,身体とこころの「前向き」の関係性を理解することが必要不可欠です。日常生活での歩容を3か月間継続的に記録し、こころのポジティブさと関連する歩行の特徴について検証しました。歩行速度をはじめとしたいくつかの歩容が、「前向き」要素と関連することがわかりました。歩行介入によるこころの「前向き」増進のための、介入候補がみつかったと考えています(平尾貴大PI[量研機構]研究グループの成果)。
うつむき姿勢の増大、頭部鉛直方向動作の減少、歩幅の減少など、うつ病患者は、非うつ病の健常者と比較して、特徴的な歩容を示すことが知られています。これらの歩容は、こころのポジティブさ、ネガティブさを反映する可能性がありますが、歩容関連動作は連鎖的であるため、いずれの歩容がこころと関連が深いか不明です。佐渡夏紀PI(筑波大学)の研究グループは、まずうつむき姿勢に着目し、意図的なうつむき姿勢が、その他の歩容に与える影響を検証しました。うつむき姿勢の増大は、歩容の減少につながる可能性があることがわかりました。また、本試みの中で、胸椎の後弯度合いの定量化によりうつむき姿勢を詳細に評価する方法を開発しました。

●サルを対象とした分子操作技術の開発

南本敬史PI(量研機構)の研究グループは、山田真希子PI(量研機構)が作成したヒト用認知タスクの要素を取り入れたサル認知課題を構築しました。さらに、ポジティブバイアスを計測・評価するパラダイムを開発しました。本開発により、サルを対象とした研究で得られた知見をヒトに応用することが期待されます。困難な状況における前向き尺度として、コスト負荷と報酬獲得行動の意欲との関係を計測するパラダイムをサルに実施し、セロトニン伝達との関連を明らかにする成果を得ました。
井上謙一PI(京都大学)の研究グループは、サル姿勢計測システムを開発しました。マルチカメラ動画から、拘束条件つき三角測量法によって、サルの体の特徴点の3次元位置を推定する人工知能アルゴリズムの開発することで、サルのケージ内での自由行動中の姿勢を高精度で推定し定量的に評価できるようになりました。
脳内に人工受容体を埋め込み、自在に神経活動を操作する技術(Designer Receptor Exclusively Activated by Designer Drugs: DREADD)についてもサルを対象とした研究で成果が得られています。霊長類において長期的かつ安定的に化学遺伝学的操作を実現するDREADD受容体発現ベクターを開発して論文として報告しました(南本敬史PI、 井上 謙一PIらの共同研究成果: Kimura et al., Nature Communications, 2023)。

3. 今後の展開

現在、ヒトを対象とした「前向き」バイオフィードバック訓練システムの開発を進めています。歩行中の生体信号を網羅的に計測し(歩容、脳波、心拍、呼吸、視線行動)、身体から読み取った個々人の「前向き」の程度をフィードバックすることで、こころの「前向き」訓練を可能とするシステムです。来年度はまず、脳波計測に関するシステム開発を中心に進めます。歩容関連の研究成果含め、本研究開発で得られた成果を順次反映することで、最終的なシステム完成を目指します。
サルを対象とした研究では、作成した認知課題や動作計測システムを利用し、こころの「前向き」と身体姿勢の関係性を検証することで、ヒトに応用可能な知見を含めて、研究知見を集積する予定です。