成果概要

東洋の人間観と脳情報学で実現する安らぎと慈しみの境地2. ニューロフィードバック

2022年度までの進捗状況

1.概要

「自己と外界の在り方」は、古来より分野を問わず議論されてきた古くて新しい問題です。本課題では、仏教を含む東洋の人間観と人工知能的な脳科学の総合知を用いることで、こころの状態遷移を自ら観察(止観)できる機械と共生する社会を目指した技術開発を行います。そのために、こころの状態遷移を十分に捉えることのできる時間解像度の高い可視化装置を開発し、ニューロフィードバックでの学習に使うことで、外界に左右されぬ躍動性と安定性のバランスを脳ネットワークで学習することを目指します。

図1:本研究開発課題の概要図
図1:本研究開発課題の概要図

2.2022年度までの成果

脳の状態遷移の可視化

脳波(EEG)マイクロステートとは、近年再注目されている脳波の解析手法であり、事前にテンプレートと呼ばれるEEGの共通状態を抽出しておくことで、脳の状態遷移はこのテンプレート間の遷移として粗視化されます。従来は4つの極性を無視したテンプレートABCDで状態遷移ネットワークを構成させることが多かったのですが、極性間の状態遷移を表現するために、極性付き8状態(ABCD±)のテンプレート数に増やすことを行いました。

図2:極性を考慮した8状態テンプレート(左)とその状態遷移確率(右)
図2:極性を考慮した8状態テンプレート(左)とその状態遷移確率(右)

フィードバック技術開発

EEGマイクロステートのような脳状態を事前に定義しておくことで、リアルタイム性を追求した状態検出とそのフィードバック学習が可能になります。脳状態の瞬時的な遷移を捉えるために、ニューロフィードバックシステムの再設計を行い、フィードバックの高時間解像度化を実現しました。そのシステムを実際に使って実験参加者がトレーニングを行い学習が成立するか検証する準備が完了しました。

図3:EEGニューロフィードバックシステムによる表示例
図3:EEGニューロフィードバックシステムによる表示例

脳の状態遷移を機械学習で解明

生成モデルとデータ駆動モデルを組み合わせることで、脳における非線形ダイナミクスのアトラクター間の遷移を定量化できる仕様になっていることと、データ同化・拡張法が許容される時間内で実行できる仕様になっていることを確認しました。生成モデルは、計算時間やパラメータ最適化の実現可能性を重視し、Wilson cowanモデルを中心に開発を進めます。データ駆動モデルについては、脳の状態遷移の定量化という観点でpMEM(pairwise maximum entropy model)を中心に検討を進めます。

3.今後の展開

今年度までの成果により、「極性付きの8状態間の遷移検出」を行う実装を行い、フィードバック訓練での強化対象とする特定の遷移を定義できるようにしました。その結果、既存のシステムよりも大幅にダイナミクスの表現力(空間パタンの分解能および時間分解能)が向上することになりました。また、機械学習によるアトラクター間遷移を定量化する検討も並行して進めていますので、その知見を今後のニューロフィードバックトレーニングへ統合することも想定されます。一方で、実際のニューロフィードバック訓練においては、実験参加者が視覚フィードバックを用いるためには、更新の早すぎるフィードバックはかえって学習に使えない可能性があります。そのため、ヒット(指定されたターゲットが検出される)によってモーフィング画像が変化するようなゲーミフィケーションの仕組みを取り入れることも検討した上で、実際の実験参加者でのトレーニングの効果検証へ進む予定です。最終的には、これらの技術を用いることで、こころの安寧を実現する技術開発とその効果検証を実現します。
(浅井智久、川鍋一晃:ATR)