成果概要
人とAIロボットの創造的共進化によるサイエンス開拓[3] AIロボット科学者によるサイエンス探求
2023年度までの進捗状況
1. 概要
2050年にAIロボット科学者を社会実装するためには、研究開発の初期段階から科学者との共同研究を実施し、サイエンス探究を具現化しながら研究を進める必要があります。プロジェクトでは、要素技術の応用によって研究が加速すると期待される3つの課題に取り組んでいます。
(1)「バイオスティミュラント」の開発 (魚住、有澤)
植物を気候変動などの環境変化に強くするため、農薬に変わる植物の薬「バイオスティミュラント」を開発します。無数にある候補からAIが有力な化合物を発見し、その化合物のバイオスティミュラントとしての性能を評価する実験をロボットによって精密に行い、植物のわずかな変化をAIで観察し、その結果を用いて更なる探索を行います。開発するAIやロボット技術は創薬にも応用可能です。

(2)植物再生力の解明 (佐藤)
植物は驚異的な再生力を持つことが知られています。植物の再生力の謎を解明し、更には再生力を発揮させる培地を発見することで、食料の安定供給に繋げることが期待されます。そのために、植物の根の約10ミクロンの細胞をAIで狙いながら1細胞ずつ回収して解析し、所望の細胞の状態を実現する培地を探索します。開発するAIやロボット技術は動植物の単一細胞解析に広く応用可能です。

(3)未知の疾患の解明 (武部)
近代医療をもってしても致死率の高い未知の疾患がありますが、ミニ臓器とも呼ばれるオルガノイドを使えば、そのような未知の疾患の謎を解明して、予防・治療方法を開発することができます。オルガノイドに起こる目に見えないわずかな変化をAIが発見し、変化が起きた場所の細胞のみをロボットで回収して解析します。
さらには(1)~(3)に共通するライフサイエンスの課題として、限られたサンプル数で確実に実験結果を得るため、微細かつ柔軟なモデル生物や実験器具に対する複雑な操作をロボットで自律的に行う方法も開発します。

2. これまでの主な成果
- (1)の例としては、開発した科学AIを適用して、有機化合物の専門家の知見を取り入れつつ、文献や化合物の構造データなどの多様で膨大なデータから有望な有機化合物を仮説として提案する手法を開発しました。また、AIが提案した、これまで存在しなかった新規化合物を実際に合成することにも成功しました。さらには、開発したマイクロロボットツールによって、有機化合物のバイオスティミュラントとしての性能を科学者の技能によらず、高精度に計測することも可能になりました。これらの技術を統合することにより、効率的に植物の新しい薬を見つけることが可能になります。
- (2)の例としては、開発した科学AIを応用して、髪の毛の太さほどの根の細胞に自動で「番地」を割り当て、その根から酵素によって分離される細胞一つ一つの動きを自動で追跡できるようになりました。さらには、開発したマイクロロボットツールにより、狙った1細胞のみを回収できるようになりました。これらの要素技術を統合することにより、1細胞レベルでどこで何が起こったかを解明することが可能になり、その変化を加速するための培地の開発につながります。
- (3)の例としては、開発した科学AIを応用して、微小血管内の100個以上の細胞のわずかな挙動の変化を約50個のパラメータを用いて自動で計測する手法を開発しました。これにより、同じ免疫細胞でも病気の段階によって独特の挙動を示すことを新たに発見しました。他の細胞とは挙動が異なる細胞をマイクロロボットツールによって採取することにより、1細胞レベルでいつ何が起こったかを解明することが可能になります。これは、例えば、病気に至る変化を抑制する薬の開発につながります。

また、開発したロボットAIを用いて、様々な実験操作を自律化しました。例えば、ドリルを使う実験操作において、ドリルの移動量を人間がプログラムしなくても、「貫通する前に停止する」という指示のみで、ロボットが自律的にタスクを完遂できる手法を開発しました。また、微小なサンプルを容器に移す操作も自律化しました。これにより、人間が介在できない宇宙などの極限環境でもロボットが自ら考えて実験操作を行うことが可能になります。
3. 今後の展開
最先端のAIロボット要素技術を開発しながら、実際のサイエンス探究に応用しています。このように学術的貢献と社会実装を両立しながら総合知による共同研究を推進しています。更に統合を進め、AIロボットによって、これまで不可能であった探究を可能にしていきます。