成果概要

生体内ネットワークの理解による難治性がん克服に向けた挑戦3. がんの発症プロセスの理解を踏まえた革新的な診断・治療コンセプトの創出に向けた技術開発

2022年度までの進捗状況

1.概要

本テーマでは、難治性がんの患者生体の「多階層データ」からあぶり出された早期診断マーカーや治療標的の「候補」が、がん発症プロセスにおいてどのような役割を果たしているかを細胞生物学レベルで特定し、その妥当性を評価するために必要となる実験系と技術の開発を進めます。

主にマウスモデルを用いた解析から、正常な組織には、様々な細胞ストレス(細胞老化、細菌感染、遺伝子変異など)により生じた異常な細胞を除去する仕組みが幾重にも存在し、がんの発生を防いでいる事が想定されています。
また、がんにおける代謝変動、幹細胞、細胞接着の変動と形態変化などはがん細胞の中心的な特質です。これらががん発症プロセスのどの時点で生じるかを知ることが必要です。

本テーマでは、がん発症マウス、株化がん細胞に加えて、早期病変を含む臨床試料、患者オルガノイドなどを実験系として利用して、上述のいくつかの視点から、難治性がんの発症プロセスの理解と新たな診断・治療コンセプトの創出に向けた取組を進めています。

2.2022年度までの成果

膵臓で細胞競合を誘導できるモデルマウスを作り、細胞競合の際に発現が高まる分子を特定しました。この分子は膵がん発症モデルマウスの前がん病変(ADM)で発現していました。ヒト膵がんの臨床試料のADMでも発現していました。

変異細胞は、自分を外に出してという”kick-me-out”信号を出すことで、正常な細胞集団から細胞競合で排除されることが分かりました。

遺伝学的スクリーニングから、がん変異細胞または正常細胞の排除に関与する遺伝子群を特定しました。

細胞競合によるがん変異細胞の排除は老化細胞によって抑えられていることを見出しました。老化細胞除去薬が細胞競合を通じたがん変異細胞の排除に有効であることを見つけました。

老化細胞の経年蓄積によりがんの発症が増加するモデルマウスを作成し、これを用いて老化細胞の蓄積とがん発症を促進する腸内細菌を同定しました。また、これがヒトにも当てはまるかどうかを検証するために、ヒトの生体試料を用いた解析システムを構築しました。

がん微小環境における様々な細胞ストレスがRNA代謝の変化を介してがん特異抗原の発現を誘導する可能性と機構の解析を進めました。

アミノ酸およびケト酸の代謝変化を生体内でリアルタイムに検出する系を確立しました。これを用いて、分岐鎖アミノ酸(BCAA)のがん細胞での代謝経路を同定しました。

マウス膵がん細胞移植モデルを用いて、がん幹細胞の維持に関わるフェロトーシス抵抗性への関与が疑われる候補遺伝子を絞り込みました。

難治性乳がんのがん幹細胞の非対称分裂を制御する新たな分子・ネットワークの特定に成功しました。

糸状突起形成及び血管擬態形成の機構の一端をあきらかにすると同時に、膵がんや肺線がん患者の予後との相関等を見いだしました。

Igarashi et al., Nat Commun 2022

3.今後の展開

膵がんの前がん病変(ADM)で発現が増加する分子は、膵がんの早期診断マーカーの候補であると同時に、膵がんの前がん病変の理解に向けた貴重な研究ツールとなる事が期待できます。今後、この分子の臨床での有用性の検証をすすめると同時に、膵がんの早期病変のオルガイド樹立への展開など、これを基点として膵がん前がん病変の形成プロセスやがん発症プロセスの理解に向けた研究を進めます。

細胞老化と腸内細菌との関わり、がんの代謝シフト、幹細胞の特質の変化、細胞接着の変動と形態変化などについても、オルガノイドを含む臨床試料を用いた取組みを進めます。