成果概要
生体内ネットワークの理解による難治性がん克服に向けた挑戦[3] がんの発症プロセスの理解を踏まえた革新的な診断・治療コンセプトの創出に向けた技術開発
2024年度までの進捗状況
1. 概要
本テーマでは、難治性がんの患者生体から得られる「多階層データ」より早期診断マーカーや治療標的の「候補」をあぶり出し、がん発症プロセスにおいてどのような役割を果たしているかを細胞生物学レベルで特定します。その過程で、候補の妥当性を評価するために必要となる実験系と技術の開発を進めています。

主にマウスモデルを用いた解析から、正常な組織には、様々な細胞ストレス(細胞老化、細菌感染、遺伝子変異など)により生じた異常な細胞を除去する仕組みが幾重にも存在し、がんの発生を防いでいる事が想定されています。
また、がんにおける代謝変動、幹細胞、細胞接着の変動と形態変化などはがん細胞の中心的な特質です。これらががん発症プロセスのどの時点で生じるかを知ることが必要です。
本テーマでは、がん発症マウス、株化がん細胞に加えて、超早期段階を含む臨床試料、患者オルガノイドなどを実験系として利用して、難治性がんの発症プロセスの理解と新たな診断・治療コンセプトの創出に向けた取組を進めています。
2. これまでの主な成果
細胞競合・細胞老化に着目したネットワーク解析
細胞競合のモデルマウスの膵臓において、細胞競合の際に発現が高まる分子を特定しました。この分子は膵がん発症モデルマウスの前がん病変(ADM)とヒト膵がん臨床検体のADMでも発現し、膵がんの早期診断が期待されます。
Drosophilaの遺伝学的スクリーニングから、がん変異細胞又は正常細胞の排除に関与する遺伝子を特定しました。
変異細胞は、”kick-me-out”信号を出すことで、正常な細胞集団から細胞競合で排除されることを見出しました。
核DNAの障害を起点とするミトコンドリアの脂肪酸酸化が細胞老化を引き起こすことを明らかにしました。

細胞競合によるがん変異細胞の排除は老化細胞によって抑えられ、がん変異細胞の排除に老化細胞除去薬が有効なことを見つけました。また、DPP4を標的とした蛍光プローブを開発し、老化細胞を可視化することに成功しました。


幹細胞・細胞極性・上皮間葉転換に着目したネットワーク解析
がん幹細胞の非対称分裂時にはaPKCを介して解糖系が非対称に分配され、がんが不均一化することを実験と数理モデルで解明しました。

難治性卵巣がんのオルガノイドを用いたマウスモデルの解析から、mTOR阻害剤を標準治療に加える新たな治療戦略を策定しました。

Wnt5b-Ror1 シグナリングが膵がんの増殖を促進し、Ror1の発現が高い膵がん患者は予後不良であることを見出しました。

腸内細菌叢・がん免疫・代謝に着目したネットワーク解析
老化細胞の蓄積によりがん発症が増加するモデルマウスを用いて、老化細胞の蓄積とがん発症を促進する腸内細菌を同定し、B細胞の細胞老化が腸内細菌叢を乱すことを解明しました。

がん微小環境の細胞ストレスがRNA代謝を介してがん特異抗原を発現する機構を解析しました。また、RNAの新規合成量と翻訳量の同時測定系を開発しました。

生体内のアミノ酸とケト酸の代謝変化をリアルタイムに検出する系を確立し、がん細胞の分岐鎖アミノ酸の代謝経路を同定しました。また、クロマチン関連因子の阻害が白血病に有効なことを見出しました。
3. 今後の展開
早期診断マーカーを目指し、膵前がん病変で発現が増加する分子の有用性を臨床において検証し、膵がんの早期病変のオルガイドを用いて、前がん病変の形成プロセスやがん発症プロセスを理解する研究を進めます。
細胞競合、細胞老化と腸内細菌叢との関わり、がんの代謝シフト、幹細胞の特質の変化、細胞極性・接着の変動や形態変化などについても、オルガノイドを含む臨床試料を用いて取組みます。