成果概要

複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦[2] 複雑臓器制御系への実験的アプローチ

2023年度までの進捗状況

1. 概要

研究開発テーマは、以下3つの目的を有しています。

  1. 本プロジェクト内の数理的アプローチチームとの連携により、未病に関する医薬学研究に数理科学的手法を導入してその実験的検証を行う。
  2. これらの研究成果を基盤に、未病状態での医療介入という超早期精密医療の実現。
  3. 動物モデルおよびヒトでの経時的で網羅的な複雑臓器制御系の生体情報を取得し、未病データベースを構築。

具体的には、DNB解析等の数理科学的手法を、動物モデルと臨床検体に応用して、実験的検証を行っています。さらに、目標2全体で利活用するために、取得した未病データセットをプロジェクト内の数理的連携チームと連携して、データ管理基盤GakuNin RDMに率先して登録しています。

2. これまでの主な成果

①プロジェクト内連携研究によりDNB遺伝子の重要度ランク付けとその機能解析

自然発症メタボマウス(TSODマウス)の脂肪組織の遺伝子を、DNB理論および、東工大・井村順一教授のグループとの連携による制御理論の観点から重要と考えられる15個のDNB遺伝子に絞り込み、ショウジョウバエを用いて代謝機能解析を行いました。そして、脂肪組織特異的なノックダウンで、高脂肪食による影響が抑制される因子としてXを、メス特異的に高脂肪食による影響を模倣する因子としてYを見出しました。また、DNB解析後の遺伝子機能解析にショウジョウバエが有用であることを報告しました(Akagi et al., Cells, 2023)。

②自然発症メタボマウスの臓器間ネットワークおよび高脂肪食誘導性メタボマウスの未病データセット

臓器間ネットワークの役割を明らかにするため、先ずTSODマウスの13臓器で遺伝子発現の変化を時系列で検討しました。予備的解析として、各臓器の遺伝子発現のヒートマップを作成、Z-Scoreの前週との差の絶対値の合計から判断してヒートマップの変化点に線を引き、目視化しました。これにより、遺伝子発現が臓器間で伝播的に移っていく様子が観察され、目標2のキーコンセプトである臓器間ネットワークが実験的に示唆されました (図1a)。今後、伝播過程での超早期の予測および介入に向けて、より詳細な解析を行う予定です。また、TSODマウスよりも多くの16時点及び13臓器において、高脂肪食誘導性メタボマウス(C57BL/6)の発症前から後にかけての網羅的な遺伝子発現データを取得し、未病データベースに登録しました(図1b)。

図1
図1
③ラマン顕微鏡を用いた造血器腫瘍の未病状態検出

造血器腫瘍患者の骨髄から採取した形質細胞より得られたラマンスペクトルに対し、DNB解析と、ニューヨーク州立大・増田直紀教授のグループとの連携によるエネルギー地形解析(ELA)を適用しました。その結果、多発性骨髄腫(MM)の進行過程(正常、MGUS、MM)のうち、MGUSが未病状態であることが明らかになりました(図2(a)の黄色マーカー)。MMの進行過程において、ELAは2つの安定状態を示し、それらは正常段階とMMに対応していました(図2(b))。
ラマン顕微鏡とDNB理論を用いた非破壊検査による未病検出系(Oshima et al., Int. J. Mol. Sci. 2023)と、ELAを加えたヒト臨床検体への未病検出系の検証(Yonezawa et al., Int. J. Mol. Sci. 2024)について論文化しました。

④IBDモデルで検出したDNB遺伝子のバイオロジー

炎症性腸疾患(IBD)モデルでのDNB遺伝子のバイオロジーを検討するため、井村順一教授のグループとの連携による制御理論解析およびGEO databaseを用いたヒトIBD患者におけるDNB遺伝子の発現解析による絞り込みを行い、Warsを介入遺伝子候補としました。さらにIBDモデルにおいてWarsに介入した結果、WarsがIBDに対して保護的に働く可能性を見出しました。この成果に関してJSTと共に特許出願を行いました。

図2
図2

3. 今後の展開

成果①および②に関しては、高脂肪食誘導メタボマウスの内臓脂肪組織を用いて、1細胞解析および細胞間ネットワーク解析に取り組んでいます。さらに、高脂肪食を未病状態および疾病状態で普通食に戻し、未病状態での医療介入の優位性を実証していく予定です。また、非肥満から2型糖尿病までの様々な代謝状態にあるヒトの内臓脂肪組織の1細胞解析も行うことで、マウスで捉えた未病を、臨床医学的観点からヒトでも捉えて社会実装を行う予定です。成果③に関しては、ラマン分光測定装置の改良を行い、社会実装のためのシステムの開発を行う予定です。成果④に関しては、マウスおよびヒトでの介入遺伝子候補としてのWarsのさらに詳細な実験的解析を行う予定です。