成果概要

複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦[2] 複雑臓器制御系への実験的アプローチ

2024年度までの進捗状況

1. 概要

本研究開発項目は、以下の3つの目的を有しています。

  1. 動物モデルおよびヒト臨床検体の経時的な未病データセットの取得と、未病DB(GakuNin RDM)への登録。
  2. DNB理論や制御理論などの数理科学的手法と生物学的手法の融合による未病に関する医薬学研究の実施。
  3. これらの研究成果を基盤とした、未病前状態未病状態での医療介入に基づく超早期精密医療の社会実装。

2. これまでの主な成果

① 自然発症/高脂肪食メタボマウスの未病データセット取得と臓器間ネットワーク解析

目標2のキーコンセプトである臓器間ネットワークの役割を明らかにするため、発症の主因が異なる2種類のメタボマウスに関する多臓器かつ多時点の遺伝子発現データを取得し、未病DBに登録しました。まず自然発症メタボマウス(TSODマウス)の13臓器、8時点の遺伝子発現データを予備解析した結果、遺伝子発現の変化のタイミングが臓器間で異なり、あたかも伝播的に移っていく様に観察されました。続いて、取得した高脂肪メタボマウス(C57BL/6マウス)の13臓器、16時点の遺伝子発現データをDNB解析した結果(図1)、遺伝子発現の揺らぎのピークが臓器間で異なり、メタボ発症前後で各臓器を伝播するかの様な時空間パターンが観測されました。

図1
図1
② DNB理論と制御理論とショウジョウバエモデルの統合によるメタボ新規標的分子の同定

自然発症メタボマウスの脂肪組織から得られた147個のDNB遺伝子を、東京科学大・井村順一教授のグループと連携して制御理論の観点から8個に絞り込み、ショウジョウバエを用いて代謝機能解析を行いました。その結果、脂肪組織特異的なノックダウンで、オス特異的に高脂肪食による飢餓耐性亢進効果が抑制される因子としてVasa/DDX4を見出しました(Akagi et al., Cells, 2025)。また、DNB解析後の遺伝子機能解析にショウジョウバエが有用であることを報告しました(Akagi et al., Cells, 2023)。

③ ラマン顕微鏡を用いた造血器腫瘍の未病状態検出

造血器腫瘍患者の骨髄から採取した形質細胞より得られたラマンスペクトルに対し、DNB解析と、ニューヨーク州立大・増田直紀教授のグループとの連携によるエネルギー地形解析(ELA)を適用しました。その結果、多発性骨髄腫(MM)の進行過程(正常、MGUS(前がん状態)、MM)のうち、MGUSが未病状態であることが明らかになりました(図2(a)の黄色マーカー)。MMの進行過程において、ELAは2つの安定状態を示し、それらは正常段階とMMに対応していました(図2(b))。ラマン顕微鏡とDNB理論を用いた非破壊検査による未病検出系(Oshima et al., Int. J. Mol. Sci. 2023)と、ELAを加えたヒト臨床検体への未病検出系の検証(Yonezawa et al., Int. J. Mol. Sci. 2024)について論文化しました。

図2
図2
④ IBDモデルで検出したDNB遺伝子のバイオロジー

炎症性腸疾患(IBD)モデルでの27個のDNB遺伝子のバイオロジーを検討するため、井村順一教授のグループとの連携による制御理論解析およびGEO databaseを用いたヒトIBD患者におけるDNB遺伝子の発現解析による絞り込みを行い、Ifit2, Warsを介入遺伝子候補としました。Ifit2遺伝子欠損マウスでは、IBDモデルの病態が強く抑制され、Ifit2がIBDの病態形成に関与することが示唆されました。また、IBDモデルにおいてWarsに介入した結果、WarsがIBDに対して保護的に働く可能性を見出しました。この成果に関してJSTと共に特許出願を行いました。

3. 今後の展開

成果①および②に関しては、高脂肪食メタボマウスの内臓脂肪組織を時系列的シングルセル解析し、細胞間ネットワーク解析とDNB解析を通じて未病状態を特定する予定です。その後、疾病状態ではなく未病状態で普通食に戻す介入の有効性と優位性を検証する予定です。また、ヒトでも非肥満から2型糖尿病までの様々な代謝状態の内臓脂肪組織(5ステージの疑似時系列、合計75例)をシングルセル解析すると共に経時測定可能な超早期のマーカーを同定し、臨床医学的に未病を捉える予定です。さらに、1,000名規模の企業健診でこのマーカーを測定してメタボの発症を超早期予測することが可能かを検証し、個別化生活習慣介入で発症を予防するプログラムを開発する予定です。成果③に関しては、ラマン分光測定装置の改良を行い、社会実装のためのシステムの開発を行う予定です。成果④に関しては、マウスおよびヒトでの介入遺伝子候補としてのIfit2およびWarsのさらに詳細な実験的解析を行う予定です。