成果概要

複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦2. 複雑臓器制御系への実験的アプローチ

2022年度までの進捗状況

1.概要

本研究開発項目は、以下3つの目的を有しています。

  • 1. 本プロジェクト内の数理的アプローチチームとの連携により、未病に関する医薬学研究に数理科学的手法と未病データベースを導入し、その実験的検証を行うことにより、本プロジェクトを推進しています。
  • 2. これらの研究成果を基盤に、「まだ発病せずに健康状態に後戻りできる状態」である未病状態での医療介入という超早期精密医療の実現を主導しています。
  • 3. 未病の解明と検出のため、動物モデルおよびヒトでの経時的で網羅的な複雑臓器制御系の生体情報を取得し、未病データベースに積極的に登録しています。

具体的には、DNB解析等の数理科学的手法を、動物モデル(メタボリックシンドローム(メタボ)発症マウスなど)、臨床検体(妊娠高血圧腎症、造血器腫瘍、メタボなど)、精神疾患のコホートデータ等に応用して、実験的検証を行っています。さらに、目標2全体で利活用するために、取得した生体情報(未病データセット)をプロジェクト内の数理的連携チーム(東大・藤原グループ)と連携して、NIIのデータ管理基盤GakuNin RDM登録しています。

2.2022年度までの成果

①DNBプロジェクト内連携研究によるDNB遺伝子の重要度ランク付けとその機能解析
富山大学で同定した自然発症メタボマウス(TSODマウス)の脂肪組織における147個のDNB遺伝子を、数理的アプローチチーム(東工大・井村グループ)と連携して、制御理論の観点から重要と考えられる15個のDNB遺伝子に絞り込みました(表1)。その後、富山大学でモデル生物としてのショウジョウバエの遺伝学的な利点を活かし、DNB遺伝子の機能解析を迅速かつ網羅的に進め、3個のDNB遺伝子(X、Y、Z)が脂質代謝に関与していることを見出しました。
②自然発症メタボマウスでの臓器間ネットワークを解明するための未病データセット
メタボの発症前に生じると考えられる各臓器の変化をDNB解析で捉えるため、図1の様にTSODメタボマウスの発症前から発症後まで、8時点で脂肪組織、脳、腸、肝臓、筋肉など13臓器の網羅的遺伝子発現情報を取得し、さらに各臓器でのDNB解析を行い未病状態を検出しました。そして、この臓器間ネットワークに関する未病データセットを、未病の大規模データセットの第1号としてデータ管理基盤GakuNin RDMに登録し、数理的アプローチチームと連携して、臓器間ネットワークの観点から研究を進めています。
表1、図1
③ラマン顕微鏡を用いた造血器腫瘍の前がん状態(未病状態)検出
造血器腫瘍患者の骨髄より採取した細胞をラマン顕微鏡でスペクトル計測し解析を行っています。その結果、造血器腫瘍患者の細胞、その前がん状態患者の細胞、および正常例の細胞を明確に判別することができました。さらに、ラマンスペクトルデータに対してDNB解析を行ったところ、前がん状態患者の細胞(図2中央)のDNBスコアは、正常例の細胞(図2左)や造血器腫瘍患者の細胞(図2右)と比べ高く、前がん状態患者の細胞ではゆらぎが増大した状態にあることが分かりました。現在、ヒトの未病状態の検出に適用可能な臨床検査機器の開発を目的に、DNB理論解析を用いて、造血器腫瘍の前がん状態(未病状態)を検出するラマン顕微鏡を用いた臨床検査機器システムを、計測機器メーカーと共同で開発中です(特許申請済み)。
また、精神疾患の大規模データベースを用いた精神疾患の未病研究も順調に進展しています。
図2

3.今後の展開

成果①および②に関しては、高脂肪食誘導メタボマウスを用いて、より詳細な1細胞解析および細胞間ネットワーク解析に取り組んでいます。さらに、高脂肪食を未病状態および疾病状態で普通食に戻し、「まだ後戻り出来る」未病状態での医療介入の優位性を実証していく予定です。また、非肥満から2型糖尿病までの様々な代謝状態にあるヒトの内臓脂肪組織の1細胞解析を行うことで、マウスで捉えた現象がヒトでも見られるのか臨床医学的観点から明らかにする予定です。そして、精神疾患の数理解析も引き続き推進します。これらの研究により、プロジェクトの目指す「複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療」に挑戦し、ムーンショット目標2で目指す超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会の実現の達成を目指します。