成果概要

複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦1. 複雑臓器制御系への数理的アプローチ

2022年度までの進捗状況

1.概要

健康状態から疾病状態に至る過程を生体内の臓器間,細胞間,遺伝子間の複雑な相互作用ネットワークにおける状態遷移として捉え、疾病になる直前の未病状態を、遺伝子のmRNA発現量や血中ホルモン濃度等における「ゆらぎ」に着目して検出する動的ネットワークバイオマーカー(Dynamical Network Biomarker: DNB)理論を提案し、様々な疾病に対して有効性を示してきています。一方、こうした未病状態が検出された際に、疾病の発症を未然に防ぐ「予防治療(超早期治療)」の研究は世界的にもまだありません。そこで本研究では、DNB理論と制御理論を融合することにより、生体ネットワーク(例えば、遺伝子発現ネットワーク)のどの部位に、どのように介入(治療)すればよいかを推定する理論、さらにはDNB理論を多段階遷移に拡張する理論、DNB理論を補完して健康状態からの逸脱の予兆をより超早期に検出する空間時間情報変換学習理論やエネルギー地形解析などの数理手法を開発しています。

DNB理論に基づく予防治療のための介入理論の構築
DNB理論に基づく予防治療のための介入理論の構築

2.2022年度までの成果

本年度は、昨年度提案した遺伝子発現ネットワークに対する遺伝子への介入方法の理論的な枠組みを「DNB介入理論」の基盤理論として構築しました。具体的には、まず、遺伝子発現ネットワークを表現することができる有向ネットワーク系に対象を拡張して、未病状態において予防治療を行う(再安定化)ための厳密な解を導出しました。つぎに、実現可能な簡易な介入として個々の遺伝子発現を抑制・促進することを想定し、介入すべき遺伝子の指標(DNB介入指標)を導出しました。この指標の絶対値が大きな遺伝子が介入候補であり、また、指標が正の場合は抑制、負の場合は促進すればよいことを証明しました。さらに、現在のmRNAシークエンサから入手可能な情報のみを用いて、介入すべき遺伝子を絞りこみ、抑制・促進のそれぞれを試す汎用性の高いアルゴリズムを提案しました。これにより、昨年度に提案した遺伝子への介入方法を厳密な理論で裏付けることに成功しました。また、生体ネットワーク上で多段階遷移を生じる場合に効率よく次の遷移の予兆を検出するための数理データ解析手法や喫緊の課題であったCOVID-19に関して、日本人集団の重症化遺伝子DOCK2と重症化メカニズム(Nature,2022)感染者の隔離期間の最適化手法(Nat Comm,2022)を解明して社会に貢献しました。

開発したDNB介入アルゴリズム
開発したDNB介入アルゴリズム

実験検証を可能とする富山大の齋藤グループ、データベースシステムを構築している東大の藤原グループと連携して、メタボリックシンドロームマウス多臓器データに加えて、本年度は炎症性腸疾患マウスを取り上げ、開発したDNB介入理論を適用し、遺伝子発現介入に関する共同研究を開始しました。mRNAデータより推定したDNB介入指標(下図)を用いた実験による検証が今後の課題です。また、肺癌マウスにおける多段階状態遷移の実証にも成功しました。これらのマウスモデルの成果を基に、現在はヒトデータの解析に実験グループが積極的に取り組んでいます。

富山大 齋藤G、東大 藤原Gとの連携研究:炎症性腸疾患マウスの遺伝子発現データを適用
富山大 齋藤G、東大 藤原Gとの連携研究:炎症性腸疾患マウスの遺伝子発現データを適用

3.今後の展開

DNB理論に基づく予防治療のための理論(DNB介入理論)の基盤を構築しました。今後は、mRNA発現への介入だけでなく、より実際的な適用を想定し、抗体等を用いたタンパク質の産生における介入や、遺伝子ネットワーク、細胞ネットワーク、臓器間ネットワークといった階層構造を有する階層系へと本理論を拡張することが課題です。また、DNB理論とそれを補完する健康状態からの逸脱予兆信号検出理論を統合して、個別の疾病を越えて、汎用性のある超早期の未病検出システムを開発することを目指しています。