成果概要

複雑臓器制御系の数理的包括理解と超早期精密医療への挑戦[1] 複雑臓器制御系への数理的アプローチ

2023年度までの進捗状況

1. 概要

健康状態から疾病状態に至る過程を生体内の臓器間、細胞間、遺伝子間の複雑な相互作用ネットワークにおける状態遷移として捉え、疾病になる直前の未病状態を、遺伝子のmRNA発現量や血中ホルモン濃度等における「ゆらぎ」に着目して検出する動的ネットワークバイオマーカー(Dynamical Network Biomarker: DNB)理論を提案し、様々な疾病に対して有効性を示してきています。一方、こうした未病状態が検出された際に、疾病の発症を未然に防ぐ「予防治療(超早期治療)」の研究は世界的にもまだありません。そこで本研究では、DNB理論を多段階遷移に拡張する理論、DNB理論を補完して健康状態からの逸脱の予兆をより超早期に検出する空間時間情報変換学習理論やエネルギー地形解析などの数理手法を開発するとともに、DNB理論と制御理論を融合することにより、未病状態において生体ネットワークに介入(治療)するネットワーク治療を実現するDNB介入理論の構築を目指しています。

DNB理論に基づく未病検出・予防治療技術の開発
DNB理論に基づく未病検出・予防治療技術の開発

2. これまでの主な成果

昨年度開発した遺伝子発現ネットワークに対する「DNB介入理論」の基盤理論はmRNA発現量に縮約した数理モデルを基にしたmRNA発現量に対する介入理論でした(特許申請済み)。本年度は、より実際的な応用を目指して、タンパク質産生量の介入にも適用できるようにmRNAとタンパク質から成る階層モデルに対してDNB介入理論の拡張を行いました。すなわち、mRNA発現量とタンパク質産生量を変数とする遺伝子発現ネットワーク系に対して、未病状態において予防治療を行う(再安定化)ための実現可能な介入候補として、個々の遺伝子発現のうちmRNAもしくはタンパク質のどちらかを抑制・促進することを想定し、数理的観点から介入効果が高い遺伝子の指標(DNB介入指標)を導出しました。また、mRNA介入と対応するタンパク質介入の関係を明らかにし、mRNA発現量しか測定できない場合でもDNB介入指標の参考になる近似値(参考値と称す)を導出することに成功しネットワーク治療基盤を構築しました。
さらに、生体ネットワーク上で多段階遷移を生じる場合に効率よく次の遷移の予兆を検出する数理データ解析手法(Nat Comm, 2024)や喫緊の課題であったCOVID-19に関して、日本人集団の重症化遺伝子DOCK2と重症化メカニズム(Nature,2022)や感染者の隔離期間の最適化手法(Nat Comm,2022)を解明して社会に貢献しました。
一方、実験検証を可能とする富山大の齋藤グループ、データベースシステムを構築している東大の藤原グループと連携して、メタボリックシンドロームマウス多臓器データに基づくDNB介入連携に加えて、炎症性腸疾患マウスの遺伝子発現データ(mRNA発現量)に対して、本年度開発したmRNA・タンパク質のDNB介入理論を適用し、下図に示すDNB介入指標の参考値を算出しました。富山大の齋藤グループで、当該マウスに対して抗体等を用いたタンパク質介入による実験を行った結果、本手法の有効性を実際に確認することができました。

富山大 齋藤G、東大 藤原Gとの連携研究:炎症性腸疾患マウスの遺伝子発現データを適用
富山大 齋藤G、東大 藤原Gとの連携研究:炎症性腸疾患マウスの遺伝子発現データを適用

また、肺癌マウスにおける多段階状態遷移の実証にも成功しました。これらのマウスモデルの成果を基にして、現在はヒトデータの解析への拡張を実験・臨床研究グループが積極的に進めています。

3. 今後の展開

DNB理論に基づく予防治療のための理論(DNB介入理論)を、mRNA介入だけでなくタンパク質介入にも適用できる理論として拡張しました。今後は、遺伝子と細胞から成る階層ネットワーク構造を有する階層系へと本理論を拡張すること、また、シングルセルシークエンサーによるデータを用いた場合への本理論の拡張が課題です。また、DNB 理論とそれを補完する健康状態からの逸脱予兆信号検出理論を統合して、個別の疾病を越えて、汎用性のある超早期の未病医療システムを開発することを目指しています。