取材レポート

第10回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進-映像教材を活用した教育と評価を考える-」報告

倫理の空白

第10回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進 -映像教材を活用した教育と評価を考える-」が3月14日(火)に開催されました。
前回と同様、今回のワークショップにおいても映像教材を活用した研究倫理教育を検討することで、参加者ご自身の機関で役立てていただくことを目的としています。今回は25名の方が参加され、JSTが制作した映像教材「倫理の空白」*を用いて教育目標や教育活動の設計と評価方法を考え、各グループでの熱心な議論が行われました。当日の様子をご紹介します。

*「倫理の空白」:准教授編、学生・若手研究者編と、それぞれの立場の視点で研究不正に至る過程を疑似体験する映像教材(JST制作)。




講義

「研究倫理映像教材の活用方法を考える」早稲田大学教授 札野 順氏
札野順氏 ワークショップは、札野氏の講義から始まりました(講義資料はこちらからご覧ください)。札野氏からは映像教材の活用法のみでなく、米国研究公正局(ORI)や米国国立衛生研究所(NIH)のRCR(Responsible Conduct of Research「責任ある研究行為」)教育、ヨーロッパにおけるHorizon 2020により支援されたプロジェクトの成果をまとめたSOPs4RI(Standard Operating Procedure for Research Integrity)といった海外の研究倫理教育や良好な研究環境等を築くための研究公正推進計画(RIPP)に関して、参加者の皆さんの視野を広げるような話を幅広くいただきました。
 札野氏は、このワークショップで目指すものとして、一つ目に、RCR教育とは何か、その目的や内容を理解することについて示されました。特に、学習・教育目標を設定することは重要であり、どのような形で映像教材を使うのか、何を目指しているのかを明確にすることが研修や教育の質の向上につながると述べられました。
例えば、ORIによるRCR教育の学習・教育目標では、以下のような項目があげられています。
スライド1 札野氏
出典:札野氏講義資料「研究倫理映像教材の活用方法を考える」p.55

スライド2 札野氏
出典:札野氏講義資料「研究倫理映像教材の活用方法を考える」p.75

単に書籍や文章を読むだけではなく、「価値・態度」「能力・スキル」に関する教育目標を達成できるようにすることが大切であると述べられました。

 
 
 
  
 
 
  
  二つ目の目標として、自身の組織に戻った時に、所属先に合わせたRCR教育を提案できるようになることの重要についても説明されました。RCR教育の方法としては、実際に発生した事例を用いるだけでなく、映像教材(仮想事例)も一つの方法であると例示されました。例えば、JSTの映像教材「倫理の空白 理工学研究室」を使うと、「能力・スキル」「知識・理解」に関して学習・教育目標を設定し、特定のシーンを視聴しつつ研究倫理に関する問いかけを行うことが可能であることを示されました。



モデル講義

「倫理的問題の要因を分析し、対応策を考える」 国立高等専門学校機構 教授 小林幸人氏
グループワークのメンバーで自己紹介が行われ、少し打ち解けた雰囲気になったところで、小林氏のモデル講義が行われました(講義資料はこちらからご覧ください)。小林幸人

 初めに小林氏からは、このワークショップで考えてほしいことについて説明がありました。不正だとわかっていながら、なぜ不正が行われてしまうのか。その原因を分析し、対策を検討することが大切であると話されました。このワークショップでは、こうすべきだったのに、なぜできなかったのかを分析してほしいとのことでした。例えば、映像教材「倫理の空白」では、瀬川准教授は本来どうすべきだったのか。「~すべきだった」という求められる行動だけでなく、なぜそれができなかったのかを考えることを中心にグループワークをしてほしい。評論家になるのではなく、できなかった要因を分析してほしいと述べられました。
スライド3小林氏
 
 
 
  
 
 
  
 
出典:小林氏講義資料「倫理的問題の要因を分析し対応策を考える」p.17


 参加者間でのグループワークを挟み、モデル講義の後半は、研究倫理教育の設計と実践について解説されました。研修を設定する際は、「知識・理解」「能力・スキル」「価値・態度」という個人の資質に関する教育が必要とされるだけでなく、研究・教育機関の体制整備といった研究を取り巻く組織的な環境整備も、質の高い研究活動を推進するために大切な要因であることを説明されました。知識は大切ではあるが正しい知識を持っているだけでは十分でなく、判断する「能力・スキル」も重要であることをポイントにあげられました。
 研究倫理教育の設計にあたっては、研究倫理を学ぶことで何が得られるのか-つまり学習目標を明確にする必要があると説明されました。どのような人材を育成しようとしているのか人材像を設定し、その人材像に対して何を目標としてどのような研修ができるのか考えることが大切であると強調されました。

グループワーク

 本ワークショップの後半として、映像教材「倫理の空白 理工学研究室」を使用して、実際に講義プログラムをつくるグループワークを参加者の皆さんに行っていただきました。60分の凝縮された時間となりましたが、参加者一人一人が考えをしっかり述べながらも、互いの意見を尊重し合い、補完し、共通点を見いだしながら意見を集約して、講義プログラムをまとめていたことが印象的でした。札野氏、小林氏の講義を参考に、またグループワークを通して、参加者が事前に検討してきたものがブラッシュアップされ、より具体的な講義プログラムが設計されました。

●全体講評

札野氏からは、「一人で考えるよりグループで考えるといろいろなアイデアがでて、よいものができあがり、見えなかったものが見えてくる。所属先の組織でも一緒に考える仲間を増やしてほしい。」との講評がありました。あわせて、「責任ある研究活動とは何であるのかを身につけてもらうことが、研究倫理教育の重要な部分である。本日考えたRCR教育は研究者を育てていく中で大切な部分であり、皆さんはその根幹を担っている気概を持って取り組んでほしい。」と述べられました。

小林氏からは「知識は大切、けれども知識だけではない。あれも必要、これも必要と詰め込み過ぎると全体がぼやけてしまうので、講義の位置づけをはっきりさせたうえで設計する。この講義では何を目標として、どのようなことを考えてほしいか提示する。そのためには具体的に考えることが必要であり、研究者、教育者がどのように育っていってほしいかなどを考えて、この講義ではこれが大切だと整理するとより具体的になる。目標と学習活動が一体となっていると成果が可視化できる。」との講評がありました。モデル講義であった学習・教育目標や目的を明確にすることの重要性を改めて示されました。お二人の先生の講評により、4時間半のワークショップが締めくくられました。
小林氏 札野氏
アンケートでは参加者の皆さんから主に以下のような感想をいただきました。
  • 不正を防止するだけでなく、適正な研究をすべきである風土や不正を引き起こす要因に気づいたときに「行動してもよい」と考えられる環境を作るよう活用したい。
  • 倫理教育の具体が明確であり、各施設で効果的に実践しやすい。
  • 教材を効果的に使うには、さまざまな意見(アイデア)を聞くことが必要だと思う。

JSTでは、今後も研究倫理教育に携わる大学や研究機関の方に役立てていただけるような教材を制作し、「倫理の空白」を用いた映像教材の活用法など様々なワークショップを開催していきます。ご興味のある方はぜひご参加ください。
当日の講義資料はこちら
第9回ワークショップ取材レポート