取材レポート

第9回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進-研究倫理映像教材の活用方法を学ぶ-」報告

倫理の空白

第9回 JSTワークショップ「公正な研究活動の推進 -研究倫理映像教材の活用方法を学ぶ-」が10月5日(水)、12日(水)にオンラインで開催されました。 今回のワークショップでは、研究不正現場を疑似体験できる映像教材「倫理の空白」*の活用方法について学びました。映像教材を活用する際の教育の切り口や多様な考え方を知ることで、自機関での倫理教育、公正な研究活動推進に役立てていただくことを目的としています。当日の様子を紹介します。

*「倫理の空白」:准教授編、学生・若手研究者編と、それぞれの立場の視点で研究不正に至る過程を疑似体験する映像教材(JST制作)。


講義

「研究倫理映像教材の活用方法を考える」 早稲田大学教授 札野 順 氏
札野順氏

ワークショップは、札野氏の講義で始まりました(講義資料はこちらをご覧ください)。札野氏は、研究不正の発覚が急増している社会背景に触れ、近年は捏造・改ざん・盗用以外にも二重投稿・自己盗用・オーサーシップの問題なども不正行為として急増していると説明されました。また日本の研究機関は予防倫理の側面からの教育が多くなされているが、今後は志向倫理も重視して、よりよい研究を行う環境を作ることを目指していることも示されました。


NIHスライド1
 スライド1 出典:札野氏の講義資料P41より

また、海外の状況として、2022年2月の米国国立衛生研究所(National Institute of Health :NIH)による責任ある研究行為(Responsible Conduct of Research :RCR)教育に関するガイダンスが改正されたことを紹介されました。本改正では、RCR教育は、オンラインのみならず対面かそれに代るようなディスカッションベースでの教育方法が期待されること、および、その頻度はキャリア・ステージ毎に最低1回かつ4年に1回行い継続的に研究倫理を認識させることが重要であると説明されました(スライド1参照)。
NIHスライド2
 スライド2 出典:札野氏の講義資料P43より



次にガイダンス改正に伴い新たに赤字部分が追加されたことが説明されました(スライド2参照)。新規の項目としては、広義のハラスメントが定義され、d.「安全な研究環境」が追加され、また、研究インテグリティの観点から h.「安全かつ倫理的なデータ利用、データの機密性」についても追加されました。また札野氏は、日本でも文部科学省のガイドラインを受け、各研究機関でRCR教育の取り組みが進んでおり、その中から東京工業大学で実施されている倫理教育の段階に合わせたRCR教育の体系化についても紹介されました。RCR教育の推進にあたっては倫理的判断能力/問題解決能力や情意領域の教育が必要であり、具体的には従来型の受動的なものから、アクティブラーニングなどが求められることを示されました。

モデル講義

モデル講義では、参加者、4名から6名のグループに分かれた後に、二分して以下に紹介する講師の講義を体験しました。グループ編成に際しては、専門分野の近いメンバーで構成され、分野特有の課題も議論できるようになっていました。
モデル講義1 東京工業大学教授 眞嶋 俊造 氏《学生・若手研究者編を活用》
眞嶋 俊造 氏

眞嶋氏のモデル講義は問題解決型倫理意思決定法チャート(ステップ1~5)を利用したものでした。問題解決型倫理意思決定法とは、ステップを踏むことで悪手となる意思決定を避けて、最終的に合理的判断を下す手法です。 イントロダクションとして、「研究公正はつまらないもの」ではなく研究者を守るものとして、その重要性が再提示されました。そして、講義において自分事として「身につまされる経験」をする、という意図も示されました。

モデル講義の概要
【時間】合計90分
【対象】大学院生向け研究倫理Faculty Development活動または研究倫理研修会
【目的】研究倫理を自らのこととして認識・理解し、研究不正の予防と防止について主体的に考え、行動するためのきっかけを提示する。
【到達目標】
1. 映像教材「倫理の空白 理工学研究室」学生編において主人公である笹山が直面する倫理問題の所在を同定できる。
2. 問題解決型倫理意思決定法チャートを用いて、笹山が直面する倫理問題を分析・解決できる。

問題解決型倫理意思決定法チャート
ステップ1:「問題の所在を特定する」
ステップ2:「ステークホルダー(利害関係者)、影響を受ける可能性がある者を特定する」
ステップ3:「思いつく限り多くの、取りうる行為を挙げてみる」
ステップ4:「ステップ3で挙げた行為をリアリティチェックにかける」
ステップ5:「ステップ4で残った現実的な行為について時系列に並べる」

3. 研究倫理を自らのこととして認識・理解し、研究不正の予防と防止について主体的に考えることができ、行動の重要性を理解できる。

旨塩キャベツ
 出典:眞嶋氏講演資料より

まず、眞嶋氏より、親しみやすい仮想事例「旨塩キャベツ」を用いてチャートを用いた意思決定法について説明がありました(右スライド参照)。はじめに、自分がとると思われる行動について初動と次善の行為をメモして伏せておきます。次にチャートの段階に沿って意思決定法を行っていき、最後に伏せておいたメモを見返してみて、今回の結論と見比べます。大きな違いは無いかもしれないけれど、視覚的に論理的意思決定を行う過程を認識することが大事だと眞嶋氏は話されました。
次に参加者は、「倫理の空白」の学生・若手研究者編を途中までを視聴し、グループワークを通じて、主人公の笹山になって反実仮想として何ができたのか、チャートを用いて議論しました。

眞嶋氏ワークシート
 出典:眞嶋氏の講義資料を踏まえたワークシート(JST作成)

そして、グループで導かれた結果と、自分で書いた初動と次善の行為を比べて違いを考察しました。
ここでは「常識的」な結果が導かれた際にどのような倫理的な意思決定をできたのか「可視化」することが重要なプロセスとなっていました。倫理的に最善、または次善の行動としてどのような行動をとるべきかを段階的に考えること、というのが今回のワークで重要なポイントでした(左スライド参照)。
最後にモデル講義の感想をグループ間で共有し、疑問点・改善点について論点を出し合ってまとめるとともにモデル講義についての質疑応答がありました。

こちらを活用して授業をしたいと思いますが学生と教員一緒に行うのか、また教員は色々な学部の合同でも良いのでしょうか。

色々な分野の方を混ぜても良いと思います。相手を知るという意味で教授に学生・若手研究者編を、学生に准教授編を見せてもいいですね。お互いのことを知り得る機会になると思います。


モデル講義2  東北大学准教授 山内 保典 氏 《准教授編を活用》
山内 保典 氏 山内氏のモデル講義は「倫理の空白」登場人物のヒヤリハット部分について「意見交換」を行うものでした。瀬川准教授の不正につながりそうな言動 や、自分が小沼 教授だったらどのような支援をするかなどの具体的な声掛けなどの意見を議論しました。その後、「実際の対応」として教材と似た実体験のエピソードの共有も行われました。
 モデル講義(50分)の概要(5分:冒頭説明)
【時間】45分の研究倫理研修会
【対象】教員(ビデオの事前視聴無し)
【方法】リアルタイム配信
【目的】教員は「研究倫理教育を受ける立場ではなく、担う立場(研究倫理教育の当事者)にある」ということを再認識する

「意見交換」パートでは教材内で研究不正につながりそうな場面をグループで話し合いました。そして、もし参加者が小沼教授だったら瀬川准教授にどのように助言・指導できるのかを考えました。
次に「実際の対応」パートで参加者は映像の状況と似たエピソードを話し合い、「理想と現実」のギャップへの対応策・予防策などを挙げて共有しました。数十年前の研究者と現在の研究者の認識の違いといった意見や、研究分野ごとの研究方法の違いを受講生同士で情報交換されている場面などもありました。
山内氏ワークシート
 出典:山内氏の講義資料より

山内氏は事例に基づく教材を使って、知識と実践をつなげ、研究実践の中で研究倫理教育を行って欲しい、 と述べられました。また、研究倫理教育は研究活動中の言動に埋め込まれており、研究現場における「研究活動中の言葉がけ」が大事であること、最終的には「良い研究をしやすい環境を作ってもらいたい」と述べられました。




最後に、こちらのモデル講義でも質疑応答がありました。

教員用の講義内容として、あまり負担が少ないよう配慮されており良かったです。

教員には事前に映像を見ておいてもらう等はお願いしにくいので、できるだけ授業内で見てもらう方がいいと思っています。「研究活動を守りたい」ということを前面に、良い仕組みを作りたいというイメージで研究倫理教育を行うことができればと思います。

「倫理の空白」は面白く、良い内容ですが小沼教授 の研究へ関わる描写が少ないように思います。

描写が削られていますが、今回小沼先生をワークで取り上げたのはどうしてか?実は映像教材であまり描写がない、という点も問題の一つであるという問題提起になればと思います。



● 事前課題を踏まえたグループワーク:

事前課題を踏まえたグループワーク
 出典:JST説明資料より
次に、事前ワークも踏まえ、学生対象もしくは教員対象の、映像教材「倫理の空白」を用いた具体的な教育目標・教育活動案(利活用の方法)を検討しました(右スライド参照)。
各グループでは、様々な意見が飛び交い、活発な議論がなされました。最後にその成果について発表をおこない、講師からの講評をいただきました。


以下、ワークショップのグループワークにおいて作成した教育活動案の例と、それに対する講師からのコメントを紹介します。
◆(学生対象)教育活動案(利活用の方法):
  • 映像を視聴して問題点を洗い出するとともに、参加者同士のグループで「本来どのような行動を行うべきだったか」や「自身の同じような経験」はないかを情報共有し、次の点について考えを深める。
    1.   データの捏造、改ざんにあたる事例
    2.   研究不正を行ってしまった原因と対策
    3.   オーサーシップの意味と重要性
  • 議論の後には、ある程度の解説(答え合わせ)を行い、参加者は研修会で学んだこと、今後自身が行っていくべき行動についての意見を出す。
  • 発表グループからは、『学生向けということも意識して、ある程度答えを用意した講義案にした』との話がありました。
  • 札野氏より、「非常によく考えられているが、90分間にまとめるのが難しいかも知れないので3回程度分けても良さそうであること、指導教員と学生のメンターとメンティーの関係は重要な研究倫理の一部で、両者が学ぶことが重要である」とのコメントがありました。
◆(教員対象)教育目標(教育活動を通して達成する目標):
  • 「研究不正とは何か?」をテーマとして、自己盗用、疑わしい研究行為(QRP)なども含めつつ、教材視聴と組み合わせて「身につまされる」体験をしてもらう。
  • 正しい判断をした場合の「明るい未来」についての議論や、「あなたならどうする?」と半分が教員、半分が学生の立場で考えることを通じて、研究レベルを向上させる目的のために研究倫理という手段を使う意識を持ってもらえるものとする、という案が出されました。
  • 札野氏より、「今までのように予防倫理だけではなく、何をすることが研究者としてよく生きることか、志向倫理として「明るい未来について」取り入れていることが重要である」とのコメントがありました。
講評された先生方
 左上から札野氏、眞嶋氏、山内氏

全体講評

全体を通じて、山内氏からは、「企業の人も大学の人も一緒に倫理教育を考えていくことができる貴重な場でした。今後は相互に意見交換ができれば面白い取り組みができると思います。研究倫理教育は、研究室マネジメントなどのスキル向上と組み合わせると効果的かも知れません。また、現場に立つ人が、自ら公正な研究を促す組織や環境をつくり、維持する活動とできると良いと思います。 」、眞嶋氏からは、「皆さんの考えた教育活動案は、どれも魅力的であり効果を見ていきたいです。研究データを品質管理することは自分を守ることにつながり、それが相手も守ることができます。そうすれば、健全な組織を作ることができると思います。」との講評がありました。
札野氏からは、「研究倫理とは、よりよく研究をしていく方法を考える根幹にあるものだと思います。予防倫理だけではなく志向倫理を取り入れていっていただければと思います。皆さんは、強い志を持っていただいているので、これを通して所属機関や研究室などでよりよい研究を行っていけるように知恵を出し合っていただければと思います。」と講評を述べ、ワークショップが締めくくられました。


ワークショップ終了後、参加者にご回答頂いたアンケートには、以下のような意見や課題点をいただきました。
「はじめにモデル講義を聴けてイメージが湧いた」
「グループワークを通して、多様な観点を取り入れることが重要であると改めて学ぶことができた。」
「自由度が高く,参加者が考えながら,協力できるように設計されていた」
「研究倫理・構成の理論的なところから,モデルケース,発展的なアイデアをお聞きすることができた」
「(モデル講義を受けてみて)講義の内容を実施できる経験がないことが心配です」
「(課題として)ファシリテーションを行う人員がいない」
「参加者に『意味があった』と思ってもらえる内容にすることが課題である。」
「限られた時間内での条件設定が難しい」

当日の講義資料はこちら
第6回ワークショップ取材レポート