取材レポート

第3回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進 ~研究倫理教育の目標・内容・手法を考える~」報告レポート

 第3回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進〜研究倫理教育の目標・内容・手法を考える〜」が、2018年9月4日に東京会場、9月19日に大阪会場で開催されました。
 大学・研究機関の研究倫理教育担当者95名が参加し、組織の課題解決に向けて、どのような研究倫理教育をすべきかについて考えました。

研究倫理教育における学習・教育目標

小林先生

 はじめに「研究倫理における教育目標〜技術者倫理の例から〜」と題して、熊本高等専門学校の小林幸人教授が、自身の専門である技術者倫理教育をベースに、研究倫理教育における学習・教育目標について講義をしました。〔講義資料
 研究倫理教育では、「研究倫理は正しくても実現できない建前」「教えられなくてもすでに分かっている内容」と受講者に捉えられてしまうことがあります。しかし、研究倫理を理解したとしても、正しく行動できなければ、研究倫理を学んだとはいえません。研究倫理教育により、受講者が実際の倫理的問題に際して適切な判断と実践ができるようにするために、はじめに学習・教育目標を明確にした上で、研究倫理教育プログラムを設計する必要があると小林氏は述べました。
 具体的には、学習・教育目標を大きく「知識・理解」「能力・スキル」「価値・態度」の3カテゴリーに分け、これらを組み合わせて教育することで自律的・自立的に判断し、実践する能力を育成します。
 倫理的問題に直面した際に適切な判断・対応をするためには、問題に関連する知識を有する必要があり[知識・理解]、状況を適切に分析・判断する能力が必要であり[能力・スキル]、判断を実行する資質・態度を備える必要があります[価値・態度]。

技術者倫理教育の目標
小林氏のスライドより (クリックすると拡大します)

研究倫理教育プログラムの設計

ADDIEモデル
インストラクショナルデザインの基本的な
プロセスモデル(ADDIEモデル)

 学習・教育目標を設定したのちに、組織・機関の現状を分析し、研究倫理教育プログラムを設計します。
 小林氏は一例として「分析」→「計画」→「開発」→「実施」→「評価」の5つの手順を1サイクルとする教育工学のモデルを紹介しました(右図参照)。受講者の特性や学習状況などを分析し[分析]、教育内容や手法を組み立て[計画]、教材や学習環境を準備し[開発]、授業を行い[実施]、最後に教育効果を測定して[評価]、研究倫理教育プログラムの改良・発展に活かします。
 この際、学習・教育目標のカテゴリーに対応した学習活動と評価方法を設定する必要があります。例えば、知識・理解が目標であれば、講義やe-learningにより知識の獲得を促し、評価方法も知識の定着度を測る筆記試験等が例として挙げられます。また、能力・スキルが目標であれば、ケース・メソッドやグループディスカッションにより問題分析や倫理的意思決定のトレーニングを行い、レポート・口頭試問等で評価することが考えられます(下表参照)。

目標のカテゴリー 学習活動例 評価方法例
知識・理解 講義、eラーニング 筆記試験
能力・スキル ケース・メソッド、
グループディスカッション
レポート、口頭試問、自己評価など


価値・態度に係る研究倫理教育

 「価値・態度」のカテゴリーの学習活動について、小林氏は「責任」という言葉の理解を糸口にして、受講者に考えさせる手法を紹介しました。「責任」という言葉には「義務として外的に課せられる責任(Duty, Obligation)」と「責務として自ら引き受ける責任(Commitment)」の二種類があり、後者は自らの意思として選択する行動です。
 学習活動では、事故や不祥事だけでなく、科学・技術開発が社会に果たした貢献といったポジティブな事例を通じて、その成果が単なる義務的な責任を果たした結果だったのか、それともそれらを越えた本質的な必要性を踏まえ、自ら選んだ責任を果たすことで生み出されたものなのか、検討したという方法を、具体的なポジティブ事例を含めて紹介しました。これにより自分はどんな科学者でありたいかを想像し、自らの科学者としての「価値・態度」を考え、身につけていくことができると述べました。


グループワーク1: 研究倫理教育プログラムの開発(学習・教育目標)

 ワークショップ参加者は事前に、自分の所属組織の研究倫理教育の内容と課題についてまとめてきていました。当日は小林氏の講義に続いて、自主ワークとして、所属組織の研究倫理教育を学習・教育目標の3つのカテゴリーに分類した上で、所属組織の課題解決に向けて、さらに取り組むべき教育目標について分析しました。
 続いて、5〜7人ごとのグループ内で、架空の研究組織における研究倫理教育プログラムを検討しました。各自が自主ワークで分析した現状課題等をグループ内で共有し、重要課題を抽出しました。これらの課題をもとに、グループワークでの架空組織の課題を設定し、受講対象者や学習・教育目標、教育内容を話し合いました。

 グループ発表では、架空組織の課題として、「現状が『知識・理解』の教育に偏っていること」「受講対象者が研究倫理に対して当事者意識を持っていないこと」などが挙げられました。
 受講対象者については、学生、教員、すべての構成員など、グループによって異なりました。若い頃に研究倫理教育の受講機会がなかった、ベテランの教員・研究者にこそ現在の研究倫理を学ぶ機会が必要であると言及したグループもありました。
 課題解決に向けて、「能力・スキル」「価値・態度」を学習・教育目標に取り入れたいという点が多くのグループで共通していました。


研究倫理教育プログラムの具体例(東京工業大学)

札野氏

 午後は「全学的な研究倫理教育―東京工業大学における取り組み―」〔講義資料〕と題して、東京工業大学の札野順教授が、研究倫理教育プログラムの実例として、同大学の新しい取組計画を紹介しました。同大学では平成31年度から全学的な研究倫理教育プログラムが始まります。
 この研究倫理教育プログラムでは、学部1〜3年生、学部4年生〜修士課程、博士課程の3段階のレベルに分けて実施し (下図参照)、例えば、学習・教育目標を、内容に応じて「学術における誠実性」「研究者の役割と社会的責任」「責任ある研究活動」「法令の遵守」という4つに大きく分け、それぞれに対して、各レベルに応じた到達目標、教育方法を設定します。最終段階に当たるレベル3では、レベル2の目標に加え、周囲に研究倫理を指導できることを到達目標としています。

レベル1 学部1〜3年生
レベル2 学部4年生から修士課程学生
レベル3 博士課程学生

 教育方法の基本的な考え方は「カリキュラム全体を通じて」「すべての機会に」研究倫理教育を行う、というものです。必修科目や、倫理に関する科目(例:「科学技術倫理」・「生命倫理」)などの既存のリソースを活用し、さらに、ガイダンスやオリエンテーションの機会にも研究倫理の要素を織り込みます。
 上記の他に、研究の現場における研究倫理を習得するために、ケース・メソッドを用いて、能力・スキルや価値・態度についても学び、「自分の所属する研究室の研究倫理プログラム」を考案させるワークショップを大学院科目の授業で行う予定です。これにより研究倫理は研究の現場で考え実践するものだと学生が理解できます。さらに、現場での研究倫理教育には、教員(研究室主宰者)の協力が欠かせないため、将来的には、教員を直接の対象とした研修を計画しています。
 東京工業大学には6つの学院(およびリベラルアーツ研究教育院と科学技術創成研究院)があり、分野も様々です。そこで、各学院の分野特性や自主性を尊重するため、本部では教育手法のメニューを学院に提示し、各学院はそれらを活用しつつ具体的な教育内容や方法を計画します。
 研究倫理教育の有効性を確認するための評価方法のひとつとして、受講後に受講者自身がチェックリストにそって学習・教育目標に到達したか自己点検し、指導教員がその内容を確認するといったことも実施する予定です。
 上記の説明の中で、学習・教育目標の3カテゴリーに対応して、知識・理解のためのe-ラーニング教材、能力・スキルや価値・態度のためのケース・メソッド教材やワークショップについても解説がありました。


グループワーク2: 研究倫理教育プログラムの開発(手法)

 グループワーク2では、グループワーク1で設定した学習・教育目標を実現するため、札野氏の講義内容も参考にしながら、必要な手法をスケジュールも含めて検討しました。また、検討した内容に実行上の困難がある場合には、その理由と対応策についても考えました。
 多くのグループに共通する「知識・理解の偏重」「e-learningの形骸化」という課題に対し、受講対象者に研究倫理を自分のこととして捉え、主体的に取り組んでもらい、判断・スキルや価値・態度を高めるといった学習・教育目標が設定されました。
 具体的な手法としては、受講者に研究不正や研究倫理を身近に感じてもらうために、「The LABなどの映像教材を活用する」「受講者の身近な事例を紹介する」等が挙げられました。受講者の科学者としての意欲を高めるために「ポジティブ事例を紹介する」という提案もありました。
 このほかに、「研究室のプロジェクト成功例を他研究室に紹介する」「良い研究環境作りをテーマにしたセミナーを開催」など、受講者が関心のあるテーマをメインとし、その中で研究倫理についても触れる機会を考案したグループもありました。これらの提案には、研究室主宰者と学生・若手研究者のコミュニケーションを増やす工夫もされていました。
 受講に熱心ではない教員・研究者に対しては、「学生に対する指導的立場であることを理解してもらって参加を促す」、「学生の研究倫理教育の場(グループディスカッション等)に加わってもらう」「教授会等、欠席できない会議を活用する」等の提案がありました。
 また、実行上、困難な点の一つとして、セミナーや講義等、研究倫理のために取れる時間は限られます。そこで、「通常の講義の中に研究倫理の要素を入れ、カリキュラム全体で教育を行う」方法や、「新入学時、科研費申請時期、研究室配属時、卒論・修論時など、様々な機会の説明会に研究倫理も含める」等の案が挙げられました。

グループワークの様子

講師による講評と参加者の感想

 発表後に、講師より本日のワークショップに対する講評がありました。
 「研究倫理」という単語が含まれる講習や研修だと、受講者が義務的に感じ前向きになれない場合には、「よりよい研究活動をするため」「よりよい研究者を育成するため」といった目標を設定し、「研究倫理」の名称にはこだわらず実施し、結果的に研究不正を防止し、公正な研究活動が推進されればよい、と参加者に助言しました。本日のグループ発表の中にあった、成功プロジェクトの紹介や、良い研究室作りのためのセミナー、といったアイデアは大変参考になると評価しました。また、研究室によって環境や人間関係も多様であるため、公正な研究活動の進め方は一様ではなく、研究現場毎に具体的な進め方を考えていく方が実効的であると述べました。
 最後に、研究倫理教育について考えていく際に、ワークショップ参加者も同志であることを思い出し、このコミュニティで情報を共有し、協力して、公正な研究を推進する体制を築いてほしいと、参加者らに呼びかけました。

 参加者からのアンケートでは、「これまで知識のみの倫理教育に偏っていたが新しい視点が得られた」「他機関の状況が聞けて参考になった」「具体的に研究倫理教育プログラム構築に役立てられそうだ」等多くの好意的な感想が寄せられました。


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