取材レポート

【イベントレポート】第2回JSTワークショップ 「公正な研究活動の推進 -公正な研究の必要性と教育プログラムを考える-」〔後編〕有効なRCR教育のプログラムを自分たちで考える

 第2回JSTワークショップが平成29年8月28日に東京で、9月22日に神戸で開催されました。前回報告した前半のグループワークでは、RCR教育は、何を目的とし、何を含むべきか検討してきました。今回報告する後半では、有効なRCR教育のプログラムを自分たちで考えます。

 後半のグループワークを行うにあたり、札野講師からRCR教育の方法とツール・題材などの具体例が紹介され、また教育を研究の現場で行うことの重要性について説明されました(講義資料2「研究の現場でのRCR教育」はこちら) 。

RCR教育の方法や教材の例について

THE LAB RCR教育の方法や教材には様々なものがあります。講師は、従来の一般的な教育方法で使う教材の具体例や、従来とは異なる考え方に基づく教育方法などについて、紹介しました。
 まず、国内における研究倫理教育は、他の一連の教育プログラムとは切り離され、独立したものとして実施されることが多いのが現状であり、方法としては、講義、講演会・セミナーや自学自習などの一般的な形式がほとんどであると説明しました。その中で用いられる教材の例としては、教科書(いわゆるグリーンブック等)、e-ラーニング(CITI-JapaneLCoREMOOCs等)、映像教材(THE LAB等)を紹介しました。
 また、これらの教材をより有効に活用する方法の例として、eラーニングと講義のハイブリッド型を挙げました。これは、あらかじめe-ラーニング受講後に講義に臨み、内容や考え方に関する質疑・討議を通じてより深い理解を促すものです。このように複数の方法や教材を組み合わせることも効果的であり、特に自ら考えて議論する場を組み込むことが重要であると述べました。
※MOOCs (Massive Open Online Courses)とは: インターネット上で誰もが無料で受講できる大規模な開かれた講義

 次に、新しい考え方に基づく教育方法の例として、Ethics across the curriculumとMicro-insertionを紹介しました。これらは、従来の研究倫理だけを独立したものとして教育するのではなく、前者は教育課程に倫理教育を組み込む方法で、後者は専門科目の中に倫理的な要素を盛り込んだ教育を行います。
 また、これらの様々な教育方法において、さらに学ぶべき項目や内容を対象者層のキャリアに応じて定めることで、より効果的な教育ができると述べ、その具体例として前半でも紹介した東北大学におけるキャリアステージ別(学士課程前期から教員までの6段階)の教育を挙げました。

研究の現場でのRCR教育について

 更に、日々の研究活動の中にRCR教育を織り込ませる方法を紹介し、その有効性を説明しました。
すなわち、通常の教材や講義では、幅広い対象者向けに共通的な内容を主とすることが多いため、一般論になりがちです。一方、研究の現場で実例に即してRCR教育を行うと、一般論ではなく日々の研究活動に直結した自らの課題として学ぶことが可能です。
例えば「このように画像を調整したら改ざんとみなされたことがあった」等の話を研究の現場で行うと、単に「画像の改ざんをしてはいけない」と講義などの場で伝えるよりも、画像を調整するとはどういうことなのか、を効果的に教えることができます。

 次に、研究の現場でのRCR教育をどのように行うかについて、一例として米国NSFの支援を得て、カリフォルニア大学サンディエゴ校が開発したワークショップで用いられた、題材・ツールとその使い方が紹介されました。その概略は以下のようなものでした。

  • 倫理綱領や行動規範:自分の分野・組織の倫理綱領や行動規範と、他の分野・組織のものとの相違点や類似点を分析し、自分の分野・組織の特性とそれに応じた倫理的要素の優先度等の違いを理解する。
  • 事例:実際の事例や仮想事例を題材にして、自分だったらどう意志決定をしてどのような行動をとるか、あるいは問題の原因は何か、などを分析・検討することで、判断力や問題解決能力を育成する。また、事例の分析に有効なツールとしてセブンステップガイドが紹介された。
  • チェックリスト:日々の作業ごとに繰り返しやるべきことを確認することで、責任ある研究活動を行う上で押さえるべきポイントを、しっかりと身に付ける。新しく研究室のメンバーになった人に提示・説明するだけでなく、作成・見直し過程で自分たちの研究体制の再確認にも活用する。
  • 個人能力開発プラン:指導する者と指導される者との間で、それぞれが果たすべき役割と責任および約束事を明文化して合意すること、ならびにその内容の定期的な確認と見直しを行うことで、コミュニケーション不足や認識不足による研究不正の発生を防ぐ。
  • グループにおけるポリシー:オーサーシップやデータ管理方法などの責任ある研究活動に関わる重要なポイントについて、基本的な考え方やルールを明確にすることで、誤解や思い込みによる不適切な行動を防ぐ。

RCR教育の目指すべきことの再確認

 講師は各グループでRCR教育のプログラムなどを考えるにあたり、前半でも説明したように、教育で目指すべきこと、すなわち、研究者を鼓舞し、一人ひとりがそのwell-being(よく生きること)を高めることの重要性について再度確認しました。

 そして、これから考えるプログラムなどに、そのような「志向倫理」の要素(詳しくは本レポートの前編参照)を盛り込めるとよいと述べました。例えば、社会への貢献、つまり、より大きな存在に貢献することで科学者自身もより大きな幸福感を得るということに関して、日本学術会議の「科学者の行動規範」序文に、「Science in Society and for Society (科学と科学研究は社会と共に、そして社会のためにある)」と定められていると紹介しました。
 また、研究という創造的な仕事においては、一方的な知識の詰め込みやルールの強制ではなく、自らのために必要な課題として考え、取り組めるような方法・内容を盛り込むことが必要だと説明しました。すなわち、自律的な行動を促し、価値を共有し、内発的な動機付けに繋げることによって、個々の研究者が責任ある研究活動を行うようにモチベーションを高めるプログラムであるべきだと述べました。そして、このように研究者のモチベーションを高める教育内容の具体例として、自らの研究倫理教育のプログラムを考えるという、金沢工業大学の取り組みを紹介しました(こちらは、当「研究公正ポータル」ウェブサイトの紹介記事にて詳細な内容を知ることが出来ます)。

仮想の研究室に最適なRCR教育を考える

 RCR教育のプログラムを考えるために必要な知識や、考慮すべきポイントなどの講義が終わり、グループワーク開始となりました。課題は、まず一つの研究室(または組織)を想定して、その研究室におけるミッションステートメント、倫理綱領、およびRCR教育の内容を考えて発表するものです。参加者は、自らの体験や日頃の疑問・悩みなども共有しながら、活発な議論を行い、課題に取り組みました。

ワークショップ風景 想定された研究室は各グループによって様々な分野に及び、研究テーマや人員構成もそれぞれ具体的に決められました。その予算規模、外部資金の種類や共同研究の有無などの設定も、バラエティに富んだものでした。
各グループは、設定した分野の研究テーマが社会にどのように貢献できるか、どんな人材を育成するかなどを具体的に熟考し、それぞれの研究室のミッションステートメントを作成しました。
 そして設定した研究室の分野・研究テーマ・人員構成等の特性およびミッション等を踏まえて、研究室の倫理綱領を検討・策定し、優先度の高いもの、あるいは特徴的なものを最低3項目ずつ選んで発表しました。それらの中には、「研究成果の公表と社会への還元を積極的に行う」など社会への貢献を意識した、分野等にかかわらず共通するものもあれば、「人を対象とする研究における研究倫理」など研究室や研究テーマの特徴を反映させたものもあり、多様なものでした。
札野先生 RCR教育の内容については、ほとんどのグループが講義やeラーニングに討議やグループワークを組み合わせることで、受講者自らが考える場を取り入れたたものを作成しました。さらに、「定期ゼミ発表時に文献の引用や、データ解析方法も教える」など研究の現場でのRCR教育を心がけた内容もありました。
 しかし、そこで教える項目や実施の時期、あるいは対象者の設定などについては、それぞれの研究室の分野等の特性に応じて、様々なものが発表されました。それらの中には、各グループが工夫を凝らした、ユニークなアイデアもありました。例えば、「疑似的に不正を持ち掛けての対応訓練(疑似体験)」や、「事例を使ったグループワーク教育を、教員と職員が立場を逆転したロールプレイングで行う」、などが提案されまた。
 講師は、発表されたアイデアの創造性の高さに感心すると同時に、設定された研究室ごとに作成された内容が多様であったことにふれ、RCR教育にはどんな場合にも使える万能な方法は無く、今回のワークショップで体験したように、それぞれの現場に合わせたプログラムを考えることの必要性を改めて強調しました。

 次に講師は、RCR教育の効果の測定・評価については、まだ発展途上であり、海外ではいくつかのツールが出てきているものの、国内で使える確立したものはまだ無いと説明しました。その上で、米国で開発された組織の研究公正に対する風土の評価に用いる「SOURCE」というツールについて、現在その日本版を検討中であることを紹介しました。

最後に

 ワークショップの最後に札野講師は、研究公正を推進する確実な手段は現時点ではまだ無いので、パイオニアである本日の参加者の皆さんと一緒に、今後も日本の学術研究の質を高めるための方策を考えるコミュニティを一緒に作りたいと呼びかけ、丸一日のワークショップは終わりました。

参加者からは以下のような感想をいただきました。

  • ・札野講師が研究機関によって規模や事情が違うことを踏まえた説明をしてくれたため、全ての内容がとてもわかりやすかった。思考の方法も学ぶことができて良かった
  • ・「志向倫理」について初めて知り、今進めている倫理教育プログラムから一歩進んでやるべきことに気付くことができた
  • ・これまで他大学等での取組を知る機会が少なかったが、今回の講義やグループワークでの意見交換を通じて、先進的な事例や、どのような課題を抱え、どう解決してきたかを知ることができ、大変参考になった

 私たちJSTでは、頂いた意見などを参考にしながら、今後も公正な研究活動を推進するため、様々な取り組みを行ってまいります。
ワークショップ風景

関連記事:
第2回JSTワークショップ「公正な研究活動の推進 --公正な研究の必要性と教育プログラムを考える--」〔前編〕現状の紹介と目的意識の共有
JST公正研究推進ワークショップ〜研究現場での教育〜 (2017年3月開催レポート)