「情報システムの超低消費電力化を目指した技術革新と統合化技術」

平成23年度 研究終了にあたって

研究総括 南谷 崇

 2011年3月11日に発生した東日本大震災とそれに伴う福島第一原発の炉心溶融事故は、1年を経てなお原因究明も復旧・復興対策も進行中ですが、今後の我が国の情報社会のあり方とエネルギー政策に関して大きな問いを投げかけています。
 情報社会の基盤として必然的に拡大し続ける情報システム・ネットワークの超低消費電力化が持続可能な社会に向けたエネルギー総需要抑制と産業技術力強化の視点から重要であるとの認識から、2005年(平成17年)にこの領域が発足しましたが、3/11大震災・原発事故によって新たに生じたエネルギー問題は、この領域の意義と果たすべき役割を一層際立たせることになりました。
 本領域は、デバイス、回路、VLSI、アーキテクチャ、システムソフトウェアの各システム階層における飛躍的な技術革新と、それらを統合するシステム技術の開発によって、スーパーコンピュータから携帯端末、組込みシステムに至る多様な応用分野に適用可能な、情報システムの消費電力当たりの処理性能を従来の100倍から1000倍にする超低消費電力化技術の確立を目標としています。
 領域の運営に当たっては、国の科学技術政策の方向に沿った戦略的目標の達成に研究者一人一人が責任を負うという意識と土壌を育てることを狙いとし、それが各チームの個別研究方針・計画のベクトルを領域の共通目標に向かわせる求心力として働き、結果的に優れた成果を生む可能性を高めることになると考えています。このため、CRESTとしては異例の数値目標を具体的に設定し、この数値目標の達成を領域運営の基本としてきました。平成17年度から19年度までの3回の公募ではこの基本認識を強調し、選考の際にも、提案課題の内容と計画に加えて、この認識に沿った研究推進に対する姿勢と意志を重視しました。
 本領域では合計12チームの研究課題を採択しました。デバイス/プロセスのレベルからアーキテクチャ、アルゴリズムのレベルまで、当初の狙いに近い分野分布になり、期待通りの効果が生まれています。本領域の発足前には我が国に存在しなかったシステム階層を上下に貫く低消費電力化技術の研究コミュニティが形成されつつあり、今後のCRESTあるいはファンディングのあり方に一つの示唆を与えるものと考えています。
 
 昨年同様、今回公式にはCREST研究を終了する平成18年度採択課題からも、多くの成果が生まれています。その中から、特筆すべき成果を以下に述べます。
 小池チームは、少量多品種向けLSIとして、スーパーコンピュータから各種情報家電まで幅広い分野で大量に利用されているFPGA(Field Programmable Gate Array)の、漏れ電流に起因する静的消費電力を最小限にするために、FPGAを構成するトランジスタのしきい値電圧を細粒度でプログラム可能とした超低消費電力FPGA「Flex Power FPGA」の概念を提案しました。何回かのチップ試作を経て洗い出された問題の解決対策を施した最終チップは、その試作・評価が遅れているものの、早期に、Flex Power FPGAによる1/30の漏れ電流削減効果を実証することが期待されます。また、FPGA用のソフトウェアツールを開発し、論理合成からチップ書き込みまでを行うトータルなFPGA設計フローを完成させたことは、今後のFPGA本格開発への環境を整備したという意味で、高く評価できます。
 後藤チームは、メディア処理において、画像品質を劣化させない範囲で画像圧縮・伸長処理、誤り訂正符号処理、暗号処理に要する演算量を削減する方式・アルゴリズムの工夫、データパス最適化やクロック・ゲーティングなどのハードウェア設計上の工夫、並列処理などのソフトウェア設計上の工夫など、アルゴリズムからチップ設計までの様々な側面で低消費電力化の検討を行い、それぞれの項目について試作チップの測定評価によって、研究開始当時の技術レベルと比較して優れた電力削減効果があることを示しました。その成果は実用性もあり、学会でも高く評価されています。また、社会還元促進の趣旨からルネサスなどと連携した実チップの試作においてもその実用的効果を具体的に示したことは高く評価できます。
 中村チームは、本領域の趣旨を最も良く理解し、回路実装、アーキテクチャ、コンパイラ、システムソフトウェアの各階層が連携・協調した電源制御を行うことによる低消費電力化実現への一つの回答を示しました。その成果は、異なるシステム階層の研究グループ間で協調を実現させるための共通プラットフォームとして設計・試作した、MIPS-CPU(R3000)互換のプロセッサGeyser、および電力効率アクセラレータとして設計・試作した大規模リコンフィギャラブルプロセッサ Cool Mega Array (CMA)によって具体化されています。特に、ルネサス45nmプロセスを利用し、PEアレイのサイズを80に拡張したCMA-2は、200MOPS/mWという高い電力効率を達成し、研究開始時点での既存アーキテクチャよりも100倍程度優れた結果を示したことは高く評価できます。新しい超低電力ディジタルシステムの構築指針とアーキテクチャの方向性を示す成果であり、戦略目標に向けての貢献が大いに期待されます。

 平成18年度採択課題のうちの1件は、3月11日の震災の影響で最終年度に予定した研究スケジュールの実施が困難になりました。このため、これまでの達成状況と最終目標の達成見通しを勘案し、異例ではありますが、研究期間を1年間延長することとしました。その結果、当初4件あった平成18年度採択課題で今回研究終了するのは3件になりました。
 本領域も残すところ1年であり、秋には、個別の研究課題でそれぞれの数値目標を達成することに加えて、本領域の戦略目標達成がエネルギー総需要の抑制と産業技術競争力の強化へ貢献できる可能性を広くアピールするため、各課題の成果を総合したULP統合システムを構築して公開することを計画しています。17年度、18年度採択チームの研究はそれぞれ22年度、23年度で終了しましたが、最終年度の領域成果公開に過年度チームの研究者が直接関与する体制を取れるように、研究年度を超えた予算措置と人員配置を実効ある形で実現して最終年度のULP統合システムデモへ繋げる試みを領域として進めているところです。各研究チームの理解も進みつつあり、5年の研究期間を超えた予算措置の試みの効果が期待できる状況になってきています。

 最後に、研究報告会、公開シンポジウムなどで日頃から適切なご助言、ご指導をいただく領域アドバイザーの石橋孝一郎、岩野和生、河辺峻、中島浩、古山透、三浦謙一、安浦寛人の諸先生、ならびに領域運営のサポートをしていただく領域参事の村山浩氏、JST吉田耕一郎氏に感謝します。

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