「先進的統合センシング技術」

平成23年度 研究終了にあたって

研究総括 板生 清

 本研究領域は、自然災害や人為的作用等社会の安全・安心を脅かす危険や脅威を早期かつ的確に検知し、その情報を迅速に伝達する統合センシング技術の創出を目指す研究を対象とするものである。具体的には、センサデバイス、情報処理、ネットワーク技術の各分野及びそれらを統合した技術開発により、自然災害や人為的作用等による、危険物・有害物質や、ビル・橋などの人工物・建造物の劣化・異常、人間のバイタルサインの異変等の危険や脅威を早期かつ的確に検知し、その情報を迅速に伝達する統合センシング技術を創出することを目指している。昨年度までに平成17年度採択の6課題が終了し、更に今年度は平成18年度に採択された5課題、「安全・安心のためのアニマルウォッチセンサの開発」(伊藤チーム)、「応力発光体を用いた安全管理ネットワークシステムの創出」(徐チーム)、「実世界検索に向けたネットワークセンシング基盤ソフトウェア OSOITE」(戸辺チーム)、「都市基盤の災害事故リスクの監視とマネジメント」(藤野チーム)、「多種類の危険・有害ガスに対する携帯型高感度ガスセンサシステム」(山中チーム)の研究が完了した。当領域では、「安全・安心な社会を実現する為の統合センシング技術」を創出することを目的としており、昨年3月の東日本大震災に伴う大規模災害に関する議論等において、その重要性が更に強く指摘されている。そのため、学術的な研究のみならず、現実的な安全・安心システムを描いて着実かつ段階的にシステム化を進めていく社会実装に関する研究も含め、双方をバランスよく進めることが必要である。成果目標達成のために、中間評価、サイトビジット等を始めとして、活発な議論が多く実施された。その結果、5課題とも両面において高いレベルの研究成果が創出された。

「安全・安心のためのアニマルウォッチセンサの開発」では、鳥インフルエンザウィルスの発生を想定し、動物の病態変化解析と、デジタル出力型MEMSセンサ、カスタムLSI等の新たな超低消費電力無線センサ端末用要素デバイスの開発を実施し、平均消費電力が1µW以下となる動物の健康状態をモニタする無線小型センサ端末(アニマルウォッチセンサ)を実現した。本研究において動物実験で得られた知見は、今後鶏舎等への実用システムへの展開の見通しが得られており、社会へのインパクトは大きい。更に開発したカスタムLSIに関しては、体温や活動量が牛や豚等の畜産動物から人間も含めた生体の健康状態の基本的指標であることから、多方面への展開が期待できる。

「応力発光体を用いた安全管理ネットワークシステムの創出」では、構造物全体の応力状態を、独自の応力発光デバイスによって包括的に監視し、重大事故につながる破壊や劣化を早期に予知・検出する新安全管理ネットワークシステムを創出した。まず、どこにでも適用可能な、【応力発光塗膜】センサの開発を行い、高耐久性のスケーラブル応力発光センサを世界で初めて実現した。次に構造物の異常・劣化の早期診断を可能とするため、負荷状態を反映した応力発光検出に適した、光センシングデバイスの開発を行い、高性能な【有線イメージノード】と、【無線光検出ノード】の試作に成功した。また応力発光信号から構造物の診断を行うために必要な、診断【データベース】を構築し、加えてシステム化に必要なインタフェースの最適化を行い、事故予防・保守管理に資する、【リアルタイム応力異常検出システム】を創出し、これを補完する「応力履歴記録システム」の創出と最適化、並びにこれらのシステムのセンシングエリアを「ネットワークによって連結・統合」することにより、全関心領域の包括的な【ネットワーク安全管理システム】を実現した。実証試験では、実環境での長期間モニタリングのため、100万回以上の試験や耐水性・耐久性のある応力発光塗膜センサの実証とともに、異常検出システム、応力履歴記録システム、それらを統合するネットワークシステムを実構造物に適用しており、基礎的研究から実装まで、応力発光材料による安全・安心センシングという分野においては、世界をリードする成果を挙げている。

「実世界検索に向けたネットワークセンシング基盤ソフトウェア OSOITE」では、街中の実世界検索を実現するためのネットワークセンシング基盤ソフトウェアを構築することを目的として、(1)異種センサデータ統合時間データ管理機構Tomu、(2)携帯機器を有する人からセンサ情報を収集する機構であるヒューマンプローブHP、(3)街中人流情報生成機構EPEF、(4)ウェブおよびマイクロウェブから位置精度の高い街中情報を収集する機構WeX、(5)アプリケーションフレームワークの5つの要素に関して研究を実施した。特に、街中を移動する人から積極的に情報を取得する「ヒューマンプローブ」という独自の概念を構築し、実証実験を行い、ソーシャルメディアやセンサと結び付けてシステム化した点は高く評価できる。ヒューマンプローブは、Bluetooth、ZigBee、特定省電力通信などの通信機能を有したセンサを用いることで、生体情報、行動情報、外界環境情報を多くの人で収集する手法である。近年のセンサの小型化と携帯端末の高機能化により、移動するユーザが保持するセンサを用いてセンシング範囲を広げるというヒューマンプローブのコンセプトは現実的なものとなっている。

「都市基盤の災害事故リスクの監視とマネジメント」では、都市基盤、なかでも建築物や鉄道、道路などの交通基盤において、事故災害リスクを低減するために、センシングを使った監視システムを埋め込むことを目標に研究を実施した。具体的には、光を用いた多自由度変位センシング、電磁波による降雨環境センシング、光ファイバ分布センシング等に関して個別研究を実施し、更に、都市基盤モニタリング実装の促進を図るために、センシング情報の利活用マネジメントを含めた研究開発を実施した。特に高層建築物を対象に長期安全保証、緊急安全確認のためのセンシング基本計画を構築し、L字形の大規模な偏心構造物、かつ免震構造であって、モニタリングの構造工学的意義も高い芝浦工業大学豊洲校舎をケースに、1)開発したGPSを組み合わせたLAN同期センサによる建屋内地震応答高密度計測、2)構造物の安全性確認のためのデータ解析手法、3)準リアルタイム地震応答状況の館内掲示ディスプレイ等を通じた情報発信システムの開発を進めた点は特筆に値する。昨年の東日本大震災においては、前震、本震、余震群を記録することができ、世界で初めて複雑免震建屋の高密度大振幅地震計測に成功し、その挙動を理解する上で極めて重要なデータであることを定量的に示した。

「多種類の危険・有害ガスに対する携帯型高感度ガスセンサシステム」では、環境計測やセキュリティの分野において、多種類の危険ガスを少数のセンサで検出する社会的ニーズの実現に向けて、(1)結晶球における弾性表面波の蛇行ルートの発見、(2)センサを通過したガスを再利用する室温動作ガスクロマトグラフの開発、およびこれに基づく(3)公的指針の基準濃度以下の多種類ガスの高感度検出という3つの顕著な成果を生み出すことに成功した。更にそれらの成果を基に、手のひらサイズの携帯型ガスクロマトグラフの開発に目処をつけた。研究最終年度に、東日本大震災により機器の甚大な被害が発生したにもかかわらず、当初の目標を達成した点は、高く評価することができる。

研究の終了にあたって、研究成果を研究終了報告書として取りまとめた。ご高覧頂き今後の研究・実用化の進展に向けてアドバイスを頂ければ幸いである。

最後に課題の選定評価にとどまらず、シンポジウム、サイトビジット、領域会議等で適切な助言指導を頂いた領域アドバイザーの青山友紀慶応義塾大学特別招聘教授、梅津光生早稲田大学教授、尾形仁士三菱エンジニアリング株式会社相談役、金出武雄カーネギーメロン大学教授、岸野文郎関西学院大学教授、徳田英幸慶応義塾大学教授、保立和夫東京大学教授、前田章東京大学特任教授、前田龍太郎産業技術総合研究所集積マイクロシステム研究センター長、故高木幹雄教授、故谷江和雄教授、故森泉豊榮名誉教授の諸先生方に深く感謝致します。

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