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- 美濃島知的光シンセサイザプロジェクト
研究総括 美濃島 薫
(電気通信大学 情報理工学研究科 教授)
研究期間:2013年10月~2019年3月
特別重点期間:2019年4月~2020年3月
グラント番号:JPMJER1304
誕生から50年余りを迎えたレーザーは、発明された当初では予測もつかない応用分野を次々に生み出し、社会に大きな変革をもたらしてきました。レーザーを中心とした光学技術の進歩により21世紀は光の時代であると言われるまでになっていますが、現在の情報化社会は光技術無しでは存在しえないといっても過言ではありません。実際、インターネットの普及により情報の圧倒的な流通が一般的になりましたが、これは半導体レーザーやフォトダイオード、光ファイバなどの光デバイスの発明を源流とする光ファイバ通信の発展によるところが大きいでしょう。しかしながら、ここでは光は主として情報の媒体に留まり、光波の持つポテンシャルは使い切れていないと言えます。
光波の持つ位相情報や周波数情報を余すことなく利用できれば、圧倒的なダイナミックレンジを持つ情報をそのまま利用できるようになり、光は単なる情報伝達媒体でなく、真にインテリジェントな主役、すなわち対象の計測、処理、伝達から信号解析や情報処理、そしてユーザの利用までを扱う主体になることができます。例えば、産業計測や構造物の安全計測において、光による欠陥・変形などのその場検出を行い、該当の画像のみを高速で伝送し、結果に対応して光で加工・修復を行うなど、一連の作業を高速かつ知的に実現することが考えられます。このように光が主役になり、医療、環境、エネルギー、安全・安心、材料、製造等の様々な産業・社会に対し日常的に恩恵がもたらされるでしょう。
このような背景のもと、本研究領域では周波数軸上においてスペクトル強度が櫛状に精密かつ等間隔に並んだ先端光源「光コム」を、エレクトロニクスと光技術との融合により、基盤的かつ革新的な「知的光シンセサイザ」へと進化させます。これによって、光波の時間、空間、周波数、位相、強度、偏光などの全てのパラメータを自在に操作でき、様々な応用に使えるところまで進化している知的光源を開発し、その未踏な応用分野を開拓することを目標とします。
このような知的光源ができると、一例として、将来の天文観測において遠くの天体の赤方偏移を精密に長期間観測して、宇宙が減速膨張しているか加速膨張しているかを見極める観測的宇宙論の分野での利用が考えられます。具体的には、分光計で分解可能な程度の広い間隔で整列する多数の周波数基準となり、同時に何年にもわたりメンテナンスフリーな光源技術を、知的光シンセサイザの高精度でかつ高安定な特性に基づき実現することを目指します。また、知的光シンセサイザによる周波数絶対値がわかるTHz狭線幅光源を提供することにより、高分解、高確度、広帯域なTHz分光法を確立し、高精度ガスTHz分光分析の実現も目指します。
本プロジェクトでは、「光コム」の持つ優れた性質を余すことなく活用し、すそ野に広がる科学技術・社会の広範な分野に恩恵をもたらすことを目指してきました。そのために、「光コム」技術のさらなる高度化とともに、これまで「光コム」に無縁だった科学・技術分野にアプローチして潜在ニーズを喚起するために、「知的光シンセサイザの開発」および「革新的応用の開拓」の2段階の研究開発を推し進めてきました。光コムは極限光源であるため、特性を十二分に活用するためのオリジナルかつ革新的な光源利用技術開発が必要であり、超高精度、超広ダイナミックレンジ、超高制御性を生かし切るための技術開発を「知的光シンセサイザの開発」で行いました。同時に、「革新的応用の開拓」として、光コムの特長を生かした応用の可能性を顕在化させて、多数の例示とともに、多様な応用基礎技術を開発しました。応用の観点から、光コムの制御性を『周波数制御』、『モード制御』、『時間・コヒーレント多モード制御』の3つの領域に分け、包括的に技術開発を行いました。下図の2つのレイヤー上の一つ一つのイメージが、具体的に実施してきた研究テーマを表しています。このように、広大なポテンシャル研究分野に一つ一つ点を打つように包括的に研究開発を行い、新たな科学技術プラットフォームとしての『知的光シンセサイザ』を構築し、それによって新分野の潮流が生み出されることを世に示してきました。
『知的光シンセサイザ』プロジェクトの全体構想と研究領域マップ
知的時空間統合化グループ(電気通信大学)
「知的光シンセサイザの開発」を目的として、光コムの利用技術の高度化に取り組み、応用に適した光コム光源の開発と、光コムの特性を余すことなく活用するための技術開発を目標としました。また、「革新的応用の開拓」を目的とし、光コムの広範な応用基礎技術の開発に取り組みました。研究内容は、応用に適した光源の高度化(実用的ファイバコム、高繰り返し)、知的光シンセサイザ技術の開発(周波数・モード・時間操作、波形・コヒーレンス・多重性・アダプティブ制御)、応用基礎技術の開発(多次元性、ヘテロな物理量のコヒーレントリンクによる新機能創生)の3つの柱に分類でき、個々の研究テーマについては以下のような成果が得られました。
光源開発として、光コムの応用に重要な鍵となる高繰り返し化技術を開発しました。波長1 µm帯のイッテルビウム添加ファイバを用いて、繰り返し周波数750 MHz、中心波長1046 nmの高品位な光コム光源を実現し、低ノイズで、10 Wの高出力を達成しました。また、標準的なエルビウムファイバを用いた光コムにおいても、高繰り返し化するためのモードフィルタリング技術に取り組み、繰り返し周波数1.47 GHz、残留サイドモード抑制比50 dB超の高品位な光源を実現すると同時に、分光計測を中心とした高感度化を実現し、応用に応じたオンデマンドな条件設定が可能な光コム光源技術を実現しました。
実用化に向けて、1台のレーザー共振器から2つの光コムを発生するデュアルコムファイバレーザーの開発に取り組み、低雑音、高安定、高コヒーレントなデュアルコム光源の技術確立に成功しました。本プロジェクトで開発した新規デュアルコム応用技術と組み合わせて実験・評価を行い、従来は2台必要だったレーザーが1台ですむことを実証しました。このレーザーは堅牢かつ小型であるため、デュアルコム分光の強力なツールとなると共に、材料特性評価、イメージング、センシング等、多くの分野への活用が期待されます。
光コムの非常に高い位相制御性を十分に活用し、新たなコヒーレント制御技術の開拓に取り組みました。複数の光コムを位相同期して1つのシンセサイザ光源として扱う「コヒーレンス・シンセサイザ」を開発し、多くの周波数パラメータを制御して、多彩なコヒーレント制御ができることを示しました。特に、2つの光コムを重ね合わせ、任意の偏光変調の制御とコヒーレント検出に成功しました。さらに、光コムと光渦を組み合わせた「光渦コム」という新概念を提案し、光渦コムによる時間軸・横空間軸を融合した時空間コヒーレント制御性の開拓を進め、世界で初めて光コムによる縦・横モード分解多次元分光の可能性を示しました。
独自に開発したデュアルコム分光システムを用いて、コムモード分解能を生かしたドップラーフリー分子分光への応用に取り組み、様々な原子分子に適用性の高い超精密分光技術を実現しました。ドップラーフリー光-光二重共鳴分光法に適用し、従来よりも2桁以上の高分解能と、約10-9の相対不確かさを示しました。また、ドップラーフリー2光子吸収分光法に適用して、高感度な蛍光観測において約10-10の相対不確かさを実現しました。
光コムの新たな分光応用として、デュアルコム分光法を用いた固体材料物性評価という新領域を、世界に先駆けて開拓しました。固体材料の透過スペクトル測定に最適なシステムを開発して、Kramers-Kronig変換を用いずに複素光学分光特性を直接検出でき、屈折率や吸収係数はもちろん、複屈折、厚さ、分布も精密に測定できることを実証しました。さらに、独自開発した偏光デュアルコム分光技術と組み合わせて、磁性材料のファラデー効果を測定することに世界で初めて成功しました。この成果をもとに、プロジェクト内委託研究機関と共同で世界初となる、デュアルコム分光法を用いたファラデー効果測定装置のプロトタイプ機を開発しました。これにより、広い波長域を一括で高速・高精度に磁気光学特性の評価ができる小型計測システムの実現が可能となりました。
デュアルコム分光法とポンプ-プローブ分光法を融合させて、新しい超高速時間分解デュアルコム分光法を開発しました。半導体材料の光励起キャリアの緩和ダイナミクス観測において、インターフェログラムのポンプ遅延時間依存性から、振幅・位相スペクトルの過渡応答をそれぞれ分離し、超高速と超精密を両立する複素時間・周波数2次元スペクトルを測定することに成功しました。
光コムの応用として期待される長さ測定について、光コム干渉計の高度化に取り組み、周波数走査のみによる光路長走査範囲の増倍効果の実現、ノイズキャンセリング技術の導入、パルス包絡線ピーク位置のnmレベルの高精度検出技術開発などを行いました。その結果、長距離の高精度絶対距離測定が可能であることを実証しました。
光コムのアダプティブ性を利用して、距離測定において主要な不確かさ要因となる空気屈折率の環境変動補正を高精度化する手法を開発しました。2波長の光学的測定のみで空気屈折率を自己補正できる2色法において、空気屈折率の経験式精度を凌駕する補正精度(4.1×10-9)を実現しました。さらに、1色の光コム光源を用いて、パルスのエンベロープと内部位相を生かした群屈折率と位相屈折率を用いた実用的な"2色法"によって、同等の高精度自己補正を実現しました。さらに、空気揺らぎをリアルタイムに補正できる技術に発展させ、実環境での高精度な遠隔形状測定への道を開きました。
チャープした光コムを利用した多次元、高精度、広ダイナミックレンジを兼ね備えたイメージング応用技術の開拓に取り組み、パルス間スペクトル干渉による瞬時3次元イメージング法を開発しました。この方法を用いて既知の段差を持つ被測定物(ブロックゲージ)の形状計測を行い、マイクロメートル以下の精度で瞬時に3次元形状を取得できることを原理的に実証すると同時に、応用として、粗面物体や生体材料の測定、内部構造の非破壊測定、動的測定などへの適用を示しました。さらに、世界で初めて光コムの高精度な周波数・位相制御性を全光演算手法に活用し、パルス内光電場波形制御による"光ヒルベルト変換"手法を開発して、完全無走査の2次元分光イメージング法を実現しました。それにより、"超高速3次元カメラ"に相当する、カメラ解像度とフェムト・ピコ秒時間分解能、シングルパルス測定、マイクロメートル精度かつメートル測定範囲の全てを同時に実現する極めて適用性の広い3次元イメージング法を実証することができました。本方法は、非常に小さな物体から、大きな段差や長辺と短辺の比が大きな物体の高速3次元形状計測、単発現象の瞬時イメージングなど、多様なイメージングへの応用が期待されます。
瞬時3次元イメージング法の原理(左)と3次元形状測定例(右)
光コムの適用範囲をさらに拡大するため、周波数間隔が100 THzを超える極めてスペクトル離散性の高い光コムを利用した「アト秒光パルス列発生」技術や、ナノスケールの微細構造の機械的応答を光コムを用いて誘起・制御・計測するための「ナノオプトメカニクス」技術を開発し、良好な特性が得られることを実証しました。
今後の展開としては、以上の研究成果を社会実装するための要素開発や企業連携による実用化を推進するとともに、引き続き、光コムの優れた特性を生かした「知的光シンセサイザ」の新たな可能性を追求していく予定です。
周波数極限化グループ(産業技術総合研究所)
革新的な知的光シンセサイザを目指して、光コムの高繰り返し化、新たな制御法の開発、安定度の向上などの高度化を行いつつ、未踏の応用分野を開拓するため、天文、分子科学、温度計測などに光コムを適用することを目標としました。具体的な研究テーマとしては、光コムの天文応用、広帯域デュアルコム分光、周波数安定度の向上、光コムの新たな安定化技術に取り組み、主に以下のような成果が得られました。
天体からの光のスペクトルを高精度に測定するために、高分散分光器の波長標準としての光コムである「アストロコム」を、委託研究機関およびプロジェクト内の他グループと共同で開発しました。光コムの波長帯域を分光器に適合させるために非線形光学効果を利用して可視域の広帯域光コムを発生させました。併せて、高分散分光器で観察するのに適した周波数間隔の光コムを発生させるために3つの光共振器を用いたモードフィルタリングにより高繰り返し化しました。これら2つの方策により、波長500~550 nmにわたって42 GHz間隔の光コム生成を実現しました。この光コムを岡山天体物理観測所に設置し、188 cm天体望遠鏡に接続して、試験観測を行っています。その結果をもとに、さらなる性能向上を目指して開発を続けています。
天体望遠鏡(左)とアストロコム(右)
本プロジェクトの共通基盤技術として、従来よりも高度化、超広帯域化、高分解能化した独自のデュアルコム分光システムを委託研究機関と共同で開発しました。超広帯域分光には2台の光コムの相対線幅が狭いことが重要です。共振器長を高速制御することなどにより、1 Hz以下の相対線幅を実現し、波長1.0~1.9 µmにわたる複数種の分子の吸収線群の同時観測に成功しました。また、このような低位相雑音のデュアルコムでは、横軸の波長値だけでなく、縦軸の吸収率の高精度化も期待できます。このデュアルコム分光システムを用いて、アセチレン分子の吸収スペクトルを様々な圧力下で精密に測定したところ、分子の衝突過程に核スピン依存性があることを世界に先駆けて発見しました。
デュアルコム分光法を用いて、温度計測を行う手法を新たに開発しました。これは、気体分子の振動回転バンドの多数の吸収線の強度分布が、温度に対して複雑に形状を変えることを利用した方法であり、高速、正確、かつ校正が不要という特長があります。非平衡状態や過渡状態にあるガスの温度を測定することも期待されます。
光コムの極限的周波数安定度の追求を目的として、環境条件を変えられる系を構築し、安定度劣化要因を解明するための実験・評価を行いました。例えば、長さ10mの光ファイバを伝送路として用いた時、光ファイバを安定な環境におけば、平均時間1秒で7×10-20、平均時間10000秒で2×10-21という、これまでに報告のないレベルの相対周波数安定度が得られることが分かりました。
光コムの新たな安定化技術として、「デュアルビート位相同期」を提案・実証し、それをキャリアエンベロープオフセット周波数の安定化に応用した、実用的かつ低雑音なオフセットフリーコム(fCEO = 0)を実現しました。また、全光制御型光コムとその高速化、光コムのFixed Point調整など、新しく、特長のある制御方法を開発し、光コムの安定化に有用であることを確認しました。
今後の展開としては、各研究成果を実用化に繋げる取り組みを行うとともに、技術移転も積極的に行う予定です。
テラヘルツ・広帯域スペクトル操作グループ(徳島大学)
光コムの波長域の拡大を目的として、テラヘルツ(THz)波領域の発生と利用技術の高度化に関する研究に取り組み、THz分光を中心とした応用に展開することを目指しました。同時に、デュアルコム分光法の適用範囲拡大、広帯域スペクトルを利用した新奇なイメージング、センシングRFコムなどの研究にも、プロジェクト内他グループとの共同研究により取り組み、以下のような成果が得られました。
光コムをTHz波領域の分光応用に展開するため、様々な要素技術を開発し、応用実証をしました。THzコムの間隙部分をギャップレス化した「ギャップレス・デュアルTHzコム分光法」、高精度性を実現しながらデータ量を大幅削減する「離散フーリエ変換THz分光法」、非制御レーザーの利用を可能とする「アダプティブサンプリング式デュアルTHzコム分光法」、レーザー制御や2台の光源が不要な「2波長デュアル・ファイバコム光源を用いたデュアルTHzコム分光法」などを開発しました。また、これらのTHzコム分光法をガス分析に適用し、煙混在ガスの実時間濃度モニタリングや、低圧ガス分光を行って、その有用性を実証しました。更に、「2波長デュアル・ファイバコム光源」と「アダプティブサンプリング式デュアルTHzコム分光法」の融合により、デュアルTHzコム分光法の汎用化と高精度化の両立に成功しました。
共焦点レーザー顕微鏡において、機械的走査(スキャン)が必要という問題を解消するために、光コムを用いた「スキャンレス」共焦点顕微鏡を開発しました。光コムを「圧倒的多数の離散チャンネルを有する光キャリア」として利用し、波長/2次元空間変換によってイメージ画素とコムモードが1対1に対応するように、イメージ情報を光コムにスペクトル重畳させた後にモード分解光コムスペクトルから一括して読み出すことにより、スキャンレスでのイメージ取得が可能になりました。さらに、デュアルコム分光法を用いて、イメージ重畳光コムのモード分解振幅スペクトルとモード分解位相スペクトルを取得し、イメージ画素とコムモードの1対1対応からイメージを再構成することにより、共焦点振幅イメージと共焦点位相イメージが同時に取得できることを実証しました。位相イメージは、位相差によってコントラストが付いているので、透明物体の観察や表面トポグラフィーが可能になり、計測対象が広がることが期待されます。
スキャンレス共焦点顕微鏡の原理
デュアルコム分光法の応用展開として、分光エリプソメトリーに適用し、新しい薄膜分析法を開発しました。従来の方法に比べて、入射光の偏光変調を機械的・電気的に行うことなく、試料を通った光の強度や位相などの情報を直接計測できるようになりました。さらに、光コムの高精度・高分解能という特長を活かして、分解能を飛躍的に向上させることができました。従来は0.1~0.01 nm程度であった波長分解能が、本手法では1.2×10-5nmに向上し、より精密な分光エリプソメトリーを実現しました。本手法は、機能性薄膜や光学材料の静的・動的評価などにも展開が可能です。
光コム計測の新たな展開として、ファイバコム共振器の「外乱/RF周波数変換機能」を利用して、様々な物理量をRF 周波数に次元変換して高精度な計測を行う方法を開発しました。具体的には、歪み計測、超音波計測、屈折率計測などについて実験・実証し、センシングRFコムとして有望であることを示しました。
今後の展開としては、工業計測やバイオ応用などの応用分野において使える技術として、光コムの素晴らしさを実証していく予定です。