認知発達理論を目指して

認知発達理論を目指して

共創知能機構グループでは,行動実験及び fMRIを 用いた脳イメージング研究を健常者やコミュニケーション障害者を対象として行うことにより,認知発達の原理の解明を進めている.イメージ化とメンタルシミュレーション および 模倣の意義と動作理解 で述べたイメージング研究結果に基づき,認知発達に重要な機能である身体図式,物体の永続性,到達把持運動,対象の選択などの機能部位を脳表面にマッピングした結果が図1である.大まかに言えば,1 次感覚野から始まり,脳の後から前に発達が進むことがわかる.またこれらの結果は,髄鞘化の発達や,シナプス発生の経過と関係することも明らかになっている.


図1 認知発達過程と脳内基盤.[浅田2009]

我々はすでに述べたように到達把持運動の発達モデルを提案した [竹村2009a] [竹村2009b].幼児は生後2週間で視覚刺激に手を伸ばし始め,2.6 週では自分の視野の中に手を持ってくる傾向が見られる.2 ヶ月になると視覚的に自分の手かどうかがわか り,3 ヶ月になって初めてリーチングによって物体に接触することがわかる.身体の正中線上で,片手でもう一方の手をつかむという mutual grasping が見られ,4 ヶ月で物体の把持,6 ヶ月で様々な把持の形状を示す.また,7 ヶ月では,手が見えなくても,物体形状に対して,手の形を前もって調整できる(たとえば wrist rotation).我々は主として手の運動に関しての発達データを詳細に調査し,表1のような目と手の運動制御に関わる上丘がこのような学習の初期に重要な働きをしていると考えている [乾2010a]

表1 各月齢において獲得される機能.[乾2010a]

この頃,同時に様々な物体を把持することで把持形状の学習が進むことにより,プリシェイピングが可能になってくるのではないかと考えている.前述のように7 ヵ月では手の視覚情報が無くても,プリシェイピングが可能であるということが実験で明らかにされており,これは手首の回転や指の開きに対する順モデルが学習された物であると考えられる.このような発達過程を説明するために,我々は図2のような仕組みを考えてモデル化を進めている.さらに,認知発達に重要な基本機能の獲得には循環反応と呼ばれる繰り返し学習のプロセスが極めて重要であることを指摘した [乾2010a]


図2 基本行動の形成過程の概念図.[乾2010a]

われわれは認知発達の諸現象を整理し,それらの基本的に重要なメカニズムについて考察を行った.いくつか主要な主張について下記に記す.

  1. 1 ヶ月齢から 8 ヶ月齢に見られる第 1 次,および第 2 次循環反応が,その動機づけになっている.
  2. 循環反応はドーパミンの過剰放出またはドーパミンに対する感度が高くなっていることによって生じていると提案する.
  3. 循環反応においてドーパミンの過剰放出またはドーパミンの感度が高くなることによって,特定の快感情を持って繰り返し特定の行動をすることが説明できる.
  4. 皮質-小脳系は運動の自動化に関するタイミング制御(無意識的)に,皮質一基底核系は行為間の時間間隔に関係するタイミング制御(リズム的)や意識的な時間の長さの判断などに関わっていると考えられる.

乾, 永井, 小川 (2010) では発達障害に関して,図3はそれぞれ,自閉症とウィリアムズ症候群における脳の構造異常,機能異常,および部位間の結合異常をまとめたものである.図中で灰色の部分は,構造異常が見られる部位である.構造異常とは,灰白質体積の減少,または細胞の大きさの減少と密度の増加のことである.図中の矢印は,先述の手法等によって確かめられた部位間結合を表す.実線の矢印は特に異常が認められない結合,破線の矢印はこれらの部位間結合が健常者に比べて弱くなっているか,健常者では見られるがこれらの障害では見られないことを表す.図3に示した部位のうち,構造異常は認められないが活動低下などの機能異常が認められる部位は,自閉症では右の側頭頭頂接合部,ウィリアムズ症候群では海馬,扁桃体,内側頭頂間溝である.図で示された部位の多くは高次の大脳皮質に存在するが,特に図に示した異常は辺縁系における異常の結果として生じたと考えられる.つまり,扁桃体や海馬といった辺縁系での構造または機能の異常によって,これらの部位から送られるはずの適切な信号が送られて来なかったために生じた二次的な障害であると解釈できるのである.このように,自閉症やウィリアムズ症候群では発達初期における辺縁系の異常により高次の認知機能が適切に働かなくなったと考えられる [乾2010b]



図3 自閉症およびウィリアムズ症候群における構造異常・機能異常及び部位間結合異常. HC は海馬. AMGは扁桃体を表す.[乾2010b]