模倣の意義と動作理解

模倣の意義と動作理解

動作理解と模倣

幼児は6~9 か月頃から到達把持運動やモノを使った動作模倣をはじめる.12 ヵ月未満の幼児では主に運動自体に注目し模倣するが,12 ヵ月以降では運動とその目標やゴールとの関連性まで含めた模倣学習が可能となる.また3 か月児でも,実験的にモノを取るという操作を体験させると,目標志向的な動作理解を示すようになる.このことは幼児が自身の運動経験を通じて他者動作の理解を行っていることを示している.一方,他者の動作観察の際に自己の運動制御に関わる脳部位が活動することが示されており,ミラーニューロンシステム (MNS) と呼ばれている.しかし MNS と動作階層との関連については明らかではない.

Ogawa & Inui (2008) は,fMRI を用いて動作階層に応じた実行と認識の共通表象が存在するのかという点について脳活動の点から検討した.結果から,ペンをカップに入れるという動作を観察している際に,動作のどの側面に注目するかに応じて異なる脳活動が見られた.内側前頭前野 (MPFC) は動作対象(どのカップにに入れるか)の認識に,後部頭頂皮質の前部頭頂間溝 (AIP) と上頭頂小葉 (SPL) はそれぞれ,どう掴むか,どちらの手で掴むかの認識に,運動前野は運動軌道(どう動かすか)の認識に関わっている点が示唆された.これらの活動は,自己が運動制御に関連する部位に対応している.すなわち先行研究から,前頭前野は行為選択やモニタリングに関連し,SPL は効果器,AIP は把持方法,運動前野は運動軌道の生成に関連することが示唆されており,本実験で見られた動作認識時の活動部位と一致している.本研究から,動作階層に応じた生成と理解の共通機構が存在することが示された.このことは,幼児が自分の経験を通して他者動作の理解が促進されるという発達心理学的知見に対して脳活動からの支持を与えるものである.すなわち,自身の運動生成機構に基づいて他者動作の認識が行われていることを示唆する.

動作認識/模倣とミラーニューロンシステムの発達モデル

これまでに明らかとなった他者動作の理解に関わる脳内処理を詳細に検討するため,従来の fMRI データに対して脳情報解読(デコーディング)法という新しい分析方法を用いた.これにより,実験協力者が他者の行為を観察している際の脳活動から行為に関する情報を解読可能かどうか検証するとともに,視覚変化に不変な行為の神経表象がミラーシステムで符号化されているという仮説を検討した.結果から,初期視覚野からは入力画像の非類似性に応じた解読精度が得られたのに対して,ミラーシステムである前部頭頂間溝 (aIPS) では行為・手・物体,さらに腹側運動前野 (PMv) では行為に関する情報が解読可能であった.本結果から,観察された動作はまず視覚野での処理の後,頭頂葉で行為と物体,および操作する手に関する情報が抽出され,さらに運動前野では効果器に不変で抽象化された行為カテゴリが符号化される点が示された.本研究から観察した行為認識に関する視覚野から頭頂葉,運動前野に至る階層的処理過程が明らかとなった(図1).


図1 他者の動作理解に関わるミラーシステムの階層処理.

模写・トレースと参照枠

前述のように,自己中心/対象中心座標の確立と相互変換機能の学習は,発達において重要な意味をもつ.描画において,特に見本を見ながら描く模写ではこの機能が必要であり,対象である見本図に注目しつつ,自己運動を制御しなければならない.このとき,見本の方に近づけて描いたりトレースする行為が幼児ではしばしばみられ,closing-in現象 (CIP) と呼ばれる(図2) .この現象はまた後天的頭頂葉損傷患者でもみられることが知られている.


図2 closing-in現象(CIP)の例.

ウィリアムズ症候群は第7染色体異常で生じる発達障害で,低い IQ に比して言語表出が良く友好的である一方,著明な視空間認知障害をきたすことで知られる. またこの障害に関連して,頭頂葉とくに頭頂間溝の機能的形態的異常が示唆されている疾患でもある [永井2007] [永井2008a].この疾患では,10 歳以上になっても描画の際 CIP がみられ,トレースはできるが模写は不良で角の数や大きさの誤りが顕著である. そこで見本図形を呈示する時間・空間・方法を変えて模写能力を比較したところ,患者では短時間に把握できる図形の特徴が極端に少ないことが示された(図3) [永井2008a].この傾向は健常 5-6 歳児と比べても顕著である [Nagai2010]. また,3つの条件下の模写で CIP の出やすさを比較したところ,見本との照合が必要な場合には見本に近づくタイプの,抑制が必要な場合には見本をトレースするタイプの CIP がみられた [永井2008b]


図3 模写・トレース課題の結果.

健常児との比較では,照合の有無に関わらず CIP 傾向が強く,健常児でみられるような年齢・IQ・描画能力との相関はみられなかった.また抑制が必要な欠所補完課題においても,CIP 傾向は健常児より強くみられた [永井2009].以上の結果は,視空間性ワーキングメモリの一部が強く障害されていることを反映しているとともに,注意を向けた対象への強い引き込みが抑制されないことを示している. 健常発達では,これらの機能が並行して発達する必要があると思われる.

一方,健常者を対象とした fMR I実験を行い,模写とトレースの脳内メカニズムについて検討した [Ogawa2009].実験ではまずスクリーンへの固視点呈示後に,見本の曲線が呈示された. その後マウスカーソルが呈示され,実験協力者はカーソルが見本の曲線上に呈示された際には,曲線をなぞり,カーソルが曲線から上下離れた位置に呈示された際には,曲線の模写を行った. 脳活動分析の結果から,両側頭頂葉の内側頭頂間溝 (MIP) が,模写する条件においてトレースより有意な活動増加が見られ,この部位が模写で必要となる見本図形の視覚座標から自己中心の運動座標への変換に関連することが明らかとなった. 一方で運動前野 (premotor) は描画軌道の計画に,前補足運動野 (pre-SMA) は見本の曲線の短期的なメモリバッファにそれぞれ関与することが示唆された(図4).


図4 模写・トレース課題の脳活動.[Ogawa2009]

次に mIPS が視覚運動変換においてどのような座標系を用いているのかについて解明した.具体的には,運動対象を (1) スクリーン上のカーソル中心座標系(視覚座標),あるいは (2) 実際の身体(手)中心座標系(身体座標)のどちらでコードしているかについて, 左右反転マウスを使って2つの座標系を分離した上で,fMRI のボクセルパターン分析(デコーディング法)を用いることで mIPS の座標系を直接的に解明した. 結果から,mIPS の活動パターンからはターゲット提示時において身体座標系で有意にターゲットの方向を識別可能であり,mIPS では実際の身体(手)を基準とした自己中心座標系で運動対象がコードされていることを示した. さらに PMv でも mIPS と同様に身体座標系で運動計画がなされていることが明らかとなった.

これら一連の実験結果から,描画と参照枠のメカニズムについてのモデルを提案した [乾2008b]. ウィリアムズ症候群における模写機能の低下が,外界の情報を短期間保持し,行動に有効に使用する場面に必要な視空間性ワーキングメモリの低下および環境中心座標から自己中心座標への変換(両側の内側頭頂間溝 (MIP) )の機能不全によって生じる可能性を指摘した. また上述の Ogawa & Inui (2007) の結果や先行研究から,左と右の頭頂葉が主に自己と対象中心座標表現に関わっていることを指摘した. 同時に CIP それ自体に対しては,描画の軌道を生成する運動前野から上丘への経路による抑制経路による視線と手の位置を合わせようとする反射の抑制が重要であることを指摘した(図5).


図5 描画機能に関する脳内ネットワーク.[乾2008b]