イメージ化とメンタルシミュレーション

イメージ化とメンタルシミュレーション

新生児顔模倣の獲得モデル

身体のイメージ化とは,自己の身体図式を脳内に獲得することにより実現される.その中でも,顔の身体図式は特別なものであるように思われる.なぜなら,新生児は自分の顔が見えないにも関わらず,大人の顔の動きを見てそれを模倣することができるからである.つまり,新生児は顔の視覚的図式を持っていると考えられるが,このような視覚的図式はどのように獲得されるのだろうか.新生児の顔に対する選好注視は生後僅か9分程度で観測される.すなわち,出生直後の新生児には既に顔の視覚図式が存在すると考えられる.我々は,新生児の触覚野と視覚野の間にある種の結合の存在を仮定し,胎児が母体内で自分の顔を触る時の指と顔のダブルタッチのみによって,顔の視覚的イメージを形成するモデルを提案した[宗2009] [Song2009]

モデルは,location pathway,shape pathway,および体性感覚野と視覚野の間のヘブ結合の三つの部分から構成される.location pathwayでは,胎児が指で顔を触るときの顔の皮膚受容器の活動パターンから,触られた部位の位相情報を得る.この位相情報は一次体性感覚野の顔onion-likeマップを通して,腹側頭頂間溝(VIP)に伝達され,そこで上下関係のあるマップが学習される.一次体性感覚野からVIPおよびVIPから視覚野への結合は,ガウシアン的な局所結合となっている.また,shape pathwayでは,ダブルタッチにより指先が知覚した顔の表面変化が SI のガボールフィルタにより符号化される.最後に,体性感覚野と視覚野の間のヘブ結合により,顔のイメージが構築される.このようにして獲得されたイメージは,視覚情報を全く使用せずに,顔の視覚的表象の形式に近い神経表象を形成となる(図1).


図1 顔図式獲得モデル(左)および獲得された顔イメージ(右C).右Bは右Aの顔を対数極座標変換したものである

身体運動の予測機構と到達運動および指差しの発達モデル

イメージ化やメンタルシミュレーションに必要な予測機構は,身体運動制御においても重要な役割を果たしているが,このような予測機構を用いた運動制御はどのように発達するのであろうか.我々は,運動バブリングにより順変換(運動指令から感覚フィードバックを予測)および逆変換(予測身体状態から運動指令を生成)を獲得し,予測を用いたフィードバック制御を実現するニューラルネットワークモデルを提案した [竹村2009a].この制御メカニズムは,予測的運動制御モデル(図3)の基礎的な部分となっている.このモデルでは,ランダムに動く自己の手先を観察することのみで,順変換および逆変換を実現するネットワークを同時に学習する.このとき,運動「目標」となる物体は呈示されていない.しかし,逆変換経路の入力層に,学習時に入力していた自己の手先位置ではなく新規な視覚的位置(ターゲット)を入力すると,順逆変換ループを用いて,新規な視覚的位置へ向かう運動が発現した [竹村2009b] [Takemura2009].さらに,このような到達運動は,新規な視覚的位置が手の届かない場所にあっても発現する [竹村2010a] [竹村2010b].届かない位置への到達運動は,運動の観察者の注意を幼児が運動の対象としている物体に対して,引きつける役割を持つと考えられる.つまり,この運動は指差しによるコミュニケーションの基礎となっていると考えられる.

新生児は随伴性の高い対象に注意を払うことが知られている.また,そのことが社会的知識の獲得の基盤機能であると考えられている.ハンドリガードもまた随伴性の極めて高い(p=1.0)刺激に対する注意であると考えることができる.しかし,乳児は3ヶ月を過ぎた頃から随伴性の基準を下げ,他の対象に対しても注意を払うようになると考えられる.このメカニズムに関して,神経修飾物質の濃度変化との関連性を議論した.また,Sumiokaら(2010)は随伴性の顕著度を計算し,随伴性の高い運動を学習することにより,基本的な運動レパートリーを学習するアルゴリズムを提案している.

また,細田グループが開発を進めている空気圧人工筋駆動による筋骨格構造を持つ人間型上肢ロボットは,人間の筋骨格構造に酷似した構造を持ち,柔軟な空気圧人工筋によって駆動され,「カメラ画像の情報と,各人工筋に装備された圧力センサの関係を学習するものであり,我々が進めている到達運動の自動学習モデルを実装できないか検討を進めている.

手・物体の予測制御とイメージ化の脳内機構の解明

既に述べたように,物体の永続性は脳内のイメージ機能や運動予測機能の発達と関連しており,このような予測機構は,幼児期の目的指向運動(到達把持や到達把持運動)の獲得と共に発達すると考えられる.

このような知見を背景に, 小川と乾 [小川2006] [Ogawa2007] は,自己と他者運動の予測・推定における神経基盤の違いを検討した.スクリーン上を正弦波状に運動するターゲットに対してマウスカーソルを使って追随(トラッキング)した.その運動中に,ターゲット(他者),あるいはマウスカーソル(自己)の運動のいずれかが,一時的に視覚遮断される試行をランダムに設けた.運動中の脳活動を分析した結果から,視覚遮断なしの試行に比べ,ターゲット,あるいはマウスカーソルが視覚遮断される試行に共通して,前補足運動野(pre-SMA)の活動が見られた.また後部頭頂皮質の活動においてはターゲットとカーソルの視覚遮断における左右半球の側性が見られ,前者では右半球の上/下後部頭頂小葉(SPL/IPL),後者では左半球のIPLの活動が見られた.この結果から,前補足運動野は自己,他者運動に依存しない視覚運動の内的なイメージ化に関連し,後部頭頂皮質における左IPL,右SPL/IPLがそれぞれ自己,他者の内的な運動推定に関与することが示唆された(図2).以上の結果は,我々がこれまで行ってきた腕や手指の模倣や道具使用のイメージ化の結果とよく対応している.また到達把持運動の実験とモデルともよく対応する.


図2  ターゲット遮断条件では,右頭頂葉の活動が見られるが,左頭頂葉の活動は見られない.逆にカーソル遮断条件では,左頭頂葉の活動は見られるが,右頭頂葉の活動は見られない.

身体運動の予測制御モデルとメンタルシミュレーション

到達把持運動では,運動中の視覚遮断により指が通常より大きく開く.つまり,到達把持はオンラインで制御されているが,運動指令が実際の運動として効果器(手や指)に現れるまでや,運動結果が視覚・自己受容感覚としてフィードバックされるまでには遅延やノイズが存在する.これを補償するために,我々の脳内では運動指令の結果としての現在の効果器の状態についてメンタルシミュレーションによる予測が行われ,感覚フィードバックが得られたときに予測誤差を計算することで予測を修正し,運動予測と感覚が統合される.このようにして予測(推定)された効果器の情報は,運動指令の遠心性コピーにより再び更新され,次の状態予測となる.この枠組みはカルマンフィルタ(予測誤差にカルマンゲインKv, Kpをかけて予測を修正する)を用いてモデル化され,現在・未来の状態推定・予測および推定・予測精度(誤差分散情報)がオンライン制御に利用される制御モデルを提案した.このモデルを用いた到達把持運動のシミュレーションの結果,予測制御機構は身体運動制御において重要な役割を果たしていることが示唆された.

また,動く点をトラッキングする場合や曲線をトレースする場合などにおいては,まず,現在の効果器の状態と目標状態とを比較し,運動指令が運動野や小脳で生成される.この運動指令が効果器に送られ実際の運動が実現されるのに並列して,頭頂葉にも遠心性コピーとして送られる.この運動指令と現在の効果器の状態推定を入力として,運動によって変化する効果器の状態予測が行われる.上述の Ogawa & Inui (2007) の実験結果から,左下頭頂小葉(IPL)では,この状態予測,および体性感覚野からの自己受容感覚フィードバックにもとづく状態推定が行われると考えられる.また我々の先行研究から,この状態推定と視覚フィードバックとの誤差が右頭頂間溝(IPS)において評価され,右側頭頭頂接合部(TPJ)が視覚的運動誤差と状態推定との適切な統合に関連していることが示唆されている.さらに外部(外界)運動の推定の際には,右上/下頭頂小葉(SPL/IPL)が過去の視空間情報を利用した運動予測・推定に関連すると考えられる.自己か外部かという動作主に関わらない視覚運動イメージ化には,前補足運動野(pre-SMA)が関連すると考えられる [Ogawa2007]


図3 運動の状態予測制御機構.左IPLにおいて運動指令から身体状態の予測をする.予測された状態からさらに感覚フィードバックを予測し,実際の感覚フィードバックと比較されてIPSに予測誤差が計算される.予測誤差は右TPJにおける状態予測の修正で利用される.予測状態はpre-SMAに送られ,運動のイメージ化に用いられる.運動対象物体の状態は右SPL/IPLにおいて表現され,予測された自己身体の情報と合わせて運動指令の生成に用いられる [乾2008a]

以上の結果を統合し,手の運動制御において,予測制御機構がどのように働いているかを図3に示す.ここでは,運動指令から現在の身体状態を推定するために用いられる予測制御機構が,他の運動制御機構とどのようなかかわりを持つかについて,トラッキング課題によるイメージング研究の結果と合わせて示している.

鍋嶌, 國吉 (2004) はラバーハンドイリュージョンの現象に基づき,視覚と触覚の統合化が身体像形成に重要であると考えた.そして,彼らは手と物体が接触する直前の視覚情報と接触した際に生ずる触覚情報の相互連想をモデル化した.このモデルでは,触覚情報は一瞬しか与えられないため,時空間連想記憶を時間的連想記憶と空間的連想記憶に分割して学習させている.これにより,視覚と触覚の相互連想が可能となる.Nabeshimaら (2006) はこれを拡張し,ロボットに道具使用ができるアルゴリズムを考案した.このモデルは視触覚相互連想記憶とターゲットの位置および関節角度に関する遠心性コピーを入力とし,運動指令を出力とするキネマティックコントローラーから構成されている.我々は道具使用に関する最近のイメージング研究や我々のこれまでの成果をもとに左のIPS にごく近い縁上回のところに道具と物体の接触の仕方に関する多種感覚の連想記憶が存在すると考えた.また,右TPJでは自己身体と空間情報に関する相互連想記憶が存在し,これが全身の身体図式の基礎になっていると考えられる.