弓場 俊輔 | (独立行政法人 産業技術総合研究所 健康工学研究部門 組織・再生工学研究グループ 研究グループ長) |
竹谷 健 | (島根大学医学部附属病院 輸血部 講師)(平成23年度まで。平成24年度より業務協力者) |
平成23年度は、6回(2症例)の移植治療用ドナー細胞(MSC)の培養を産業技術総合研究所で行い、培養したMSCを島根大学医学部附属病院に搬送して患者への移植が行われた。症例受け入れのスケジュールを図1に示した。これら移植用MSCについて、産総研セルプロセッシングセンター(CPC)の標準作業手順書(製造管理基準書・品質管理基準書他)に従って細菌、真菌、マイコプラズマ、エンドトキシン検査を実施し、全て陰性であることを確認した。また、培養したいずれのドナー細胞も表面抗原がMSCとしての特性、および骨分化能を有していることを確認した。
本疾患の詳細な病態解明や治療法開発に他の研究者が活用できるよう、理化学研究所バイオリソースセンターの細胞バンクに同細胞を寄託することが目的である。本疾患診断の一環として、骨形成能検査のために患者骨髄からMSCを培養し、その骨分化能を調べるが、iPS細胞の作製と基礎研究への利用について患者ご家族の同意を頂いた場合に限り、そのMSCの一部にOCT3/4、SOX2、KLF4、c-MYC の4遺伝子を導入して患者iPS細胞を樹立した。現在、患者および健常者由来のiPS細胞を比較することで、患者iPS細胞が本疾患の特徴を確かに有していることの確認、さらに細胞バンクから他の研究機関への分与に関するご家族の同意確認も含め、疾患iPS細胞としての寄託準備を進めているところである(図2)。
プロジェクトで得られた成果を学術論文、出版物、学会等で公表した。また、アウトリーチ活動として、本研究機関で開催された一般公開等を通じて研究概要を一般の方々に紹介した。
過去4年間の疫学調査により、日本における低フォスファターゼ症の臨床像および遺伝子異常と臨床像の関連が明らかとなった。この疫学調査の結果を含めて、本研究の啓蒙および登録体制の整備のため、各関連学会(骨代謝学会など)などで本研究内容を発表した。
患者の遺伝子解析を行うととともに、日本人に認められた20個の遺伝子変異体を作製して、そのALP活性、ドミナントネガティブ効果の有無、ALP局在の変化について検討したところ、変異体のALP活性の低下、ドミナントネガティブ効果の存在、ALP局在の変化を認めた。さらに、患者と健常者のMSCを用いてマイクロアレイ解析を行い、遺伝子発現プロファイルが大きく異なることが明らかとなった。
これまで、2症例を対象に臨床研究を行っている。治療前は、骨の石灰化障害が進行しており、人工呼吸管理が必要で寝たきりの状態であった。ところが、骨髄移植後、MSC移植を複数回行ったところ、2例とも呼吸症状の改善(図3)および骨石灰化の改善(図4)が認められており、生命予後は明らかに改善した。1例目は、呼吸器から離脱して、歩行訓練まで行える状態にまで改善している。2例目は、骨の石灰化だけでなく難治性移植片対宿主病(Graft Versus Host Disease ; GVHD)に対してもMSC移植が効果的であった。一方、どちらの症例も血清ALP値は低値のままで、骨石灰化の改善についても健常者と同等にまでは到達していない。このことから、移植するMSCの細胞特性を改良(特に骨へのhoming)するための基礎的検討も行っている。
「ヒト幹細胞臨床研究」で治療効果が確認できたことから、より有効な治療法の開発に向け、TNSALP遺伝子に変異を導入した疾患モデルマウスを用いた細胞治療モデルの確立を目指している。これまで同疾患モデルマウスは酵素補充療法や遺伝子治療の実験対象とされてきたが、細胞移植実験の対象として、しかも新生仔が利用された前例は僅かで、実験手技の確立自体が大きな課題である。最終目標は、その課題を克服して、移植MSCの生着を組織学的に詳細に解析することで、in vivoでの骨分化はもちろんのこと、MSC移植に対する骨髄移植併用の効果やMSCの効果的な移植回数等も検討することである。こうして得られた動物実験での知見を、これまで本事業で支援いただき、現在は別事業(厚生労働科学研究費補助金 再生医療実用化研究事業「重症低ホスファターゼ症に対する骨髄移植併用同種間葉系幹細胞移植」研究代表者;島根大学医学部附属病院 竹谷 健)として引き継がれた同種MSC移植の臨床研究に活かすよう努めたい。また、その応用は、必ずや将来の遺伝子改変を伴った自家MSC移植の臨床研究への展開にも寄与することになろう。