社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築|RISTEX

RISTEX社会技術研究開発センター

プログラム総括

浦 光博

追手門学院大学 教授/広島大学 名誉教授

メッセージ

社会的孤立・孤独の拡大

人は進化の過程で関係性に所属することに対する基本的な欲求を身につけたと考えられています。関係性に所属しないこと、つまり社会的に孤立することはこの基本的な欲求の充足を阻害し、人の適応を損ないます。社会的に孤立している人は適応的に生きていくことが難しいのです。
新型コロナウイルス感染症が拡大する中、大きな社会問題となったことの一つに、この社会的孤立があります。密を避け、物理的な距離をとり、対面での会話も控えることが求められるようになり、孤独感や疎外感を覚えることで心身の健康を損なう人が増え、それが時には孤立死(孤独死)や自死といった深刻な結果につながることもあります。
孤立の悪影響は心身の健康の悪化にとどまりません。周囲の人びとから孤立し、関心を向けられなくなること、相談できる相手がいなくなることで詐欺被害をはじめとする種々の犯罪被害の可能性が高まります。また、孤立している人びと自身の道徳性や倫理性が低下する可能性も指摘されています。社会的孤立・孤独の広がりは社会全体を望ましくない方向へと向かわせてしまうのです。
このような社会的に孤立する人びとの増加は、コロナ禍以降の現象というわけではありません。孤立死(孤独死)がマスコミで報道され始めたのは1970年代だと言われています。社会的孤立・孤独問題は長きにわたって解決すべき重要な社会的課題であり続けているのです。

孤立・孤独問題の解決に向けての取り組みとその限界

もちろん、この課題に対して、人びとはただ手をこまねいていたわけではありません。孤立した人びとの不適応や犯罪被害、孤立の拡大による社会不安の増大をどう予防するかといった観点からの研究や実践的な取り組みは官民を問わず活発に行われてきました。それらの取り組みが重要であり、有効であることは言うまでもありません。しかし一方で、そのような取り組みにはいくつかの限界があることも指摘できます。
まず、それらの取り組みの多くが対症療法的なものにとどまっていることです。孤立・孤独に陥る人びとが増えている現状においては、対症療法は問題の根本的な解決にはつながりにくいのです。
さらに、対症療法的な取り組みは孤立・孤独の悪影響が目に見えるものになって初めて実行されるということも指摘しておかなければなりません。周囲の人びとが孤立・孤独状態に陥ってつらい思いをしている人に気づく、あるいは当事者が周囲の人びととのつながりを積極的に求めるなど、孤立・孤独が可視化されない限り対症療法は実行されません。
しかし、そもそも周囲の人びとの関心の外に置かれることから孤立が生じます。存在に気づかれないからこそ孤立するのです。孤立した人の内面状態である孤独はさらに見えません。また、孤立・孤独の自己責任化の問題もあります。周囲の人びとから孤立し、孤独に陥ることは当事者の自己責任であると、周囲の人びとも当事者自身も捉えてしまうことで、孤立・孤独への無関心、不可視化に拍車がかかります。

社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築

このような社会的孤立・孤独の特徴を考えると、そもそも人びとが孤立・孤独状態に陥ることそのものを予防することの重要性が明らかになります。JST社会技術研究開発センター(RISTEX)に2021年度から設定された「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(社会的孤立・孤独の予防と多様な社会的ネットワークの構築)」は、こうした問題意識の下、社会的孤立・孤独に陥るリスクをできるだけ早い段階で把握し、深刻な状況に陥る前にそれを予防すること、さらには人びとが多様なネットワークの中で緩やかにつながりあえる社会の構築を目指す研究開発プログラムです。
すでに可視化され、社会的注目度の高い社会的孤立・孤独について、それが悪化することを防ぐ二次予防的アプローチの重要性は決して否定されるものではありません。しかし本プログラムでは、そのような顕在化した孤立・孤独の状態にある人々への支援施策等に係る先行知見を活用しながらも、社会の構成員全体を対象にして社会的要因の改善を目指し、そもそも社会的孤立・孤独を生まない社会的仕組みを創るという、抜本的な予防としての一次予防を目指します。

プロフィール

1956年生まれ。追手門学院大学教授。関西大学大学院社会学研究科博士後期課程修了(博士(社会学))。鳴門教育大学助教授、広島大学教授等を経て現職。これまで集団力学、社会心理学、産業・組織心理学の領域での研究活動の傍ら、教育委員会や警察本部と協力し、地域・家庭教育の充実に向けての活動、地域防犯体制の強化などの地域貢献活動に取り組んできた。

専門分野・関心分野

専門分野:社会心理学、集団力学、産業・組織心理学
関心領域:集団・組織、社会からの逸脱、排除と受容、社会的孤立・孤独、ソーシャル・サポート

論文

浦 光博 (2021)、インサイダーゆえの排除、アウトサイダーゆえの受容、日本労働研究雑誌、735、48-58
増井啓太・浦 光博 (2018)、「ダークな」人たちの適応戦略、心理学評論、61、330-343
Yanagisawa, K., Masui, K., Furutani, K Nomura, M., Yoshida, H., & Ura, M. (2013). Family socioeconomic status modulates the coping-related neural response of offspring. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 8, 617-622.

著書

浦 光博(2009)、排斥と受容の行動科学-社会と心が作り出す孤立-サイエンス社
浦 光博(1992)、支えあう人と人-ソーシャル・サポートの社会心理学-サイエンス社

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