成果概要
子どもの虐待・自殺ゼロ化社会[2] 子どもの被虐待/自殺傾性の末梢試料エピゲノム・シングルセル遺伝子発現データの構築・解析
これまでの進捗状況
1. 概要
10代の被虐待歴のある子ども(自殺念慮/行動歴なし・自殺念慮/行動歴あり)および対照群の子どもについて、末梢試料より網羅的DNAメチル化データを取得し、私たちが若年自殺者の方の末梢試料において発見した「エピゲノム年齢老齢化・テロメア短縮・NK細胞増加」といった所見が、①健常な子どもに比して被虐待歴のある子どもで、②さらに被虐待歴のある子どもの中でも、自殺念慮/行動歴を有する群で、それぞれ有意に生じているかを検討します。さらに被虐待歴のある子どもの中でも特に強い自殺念慮/行動歴を有する子どもの一部の血液検体(及び一部の対照群)については同時にシングルセルRNAシークエンスを行い、細胞種ごとの遺伝子発現や、シングルセルレベル解像度での細胞構成比率を測定します。
2. これまでの主な成果
被虐待歴のある子どもおよび対照群の子どもの血液試料を用いた中間解析では、健常対照群に比して、被虐待歴ありの子どものエピゲノム年齢が老齢化し、中でも、自殺念慮・行動のある子どもほど、エピゲノム年齢の老齢化が著しいことが確認されています。(エピゲノム年齢を示す指標の中でも、特に健康寿命を鋭敏に予測するよう設計された指標であるGrimAgeを採用しています。)
私たちはさらに、今後の展望に関わる新規の知見として「若年うつ病者への治療介入により、血液中のエピゲノム年齢が数ヶ月程度の短期間で顕著に若返りの方向へ変化する」ことも見出しています。これは、中間解析で認められた「被虐待~自殺傾性のある子どもにおける健康を損なうような生物学的老化」が、ケア介入により「回復可能である」というメッセージの証左となりうる重要な知見と考えています。
また網羅的DNAメチル化データの一部の情報を厳選して、高い感度・特異度を有して若年自殺リスクを推定できるような機械学習モデルも見出せる可能性があります。費用削減とバッチ効果軽減を目的としたマルチプレックス法によるシングルセルRNAシークエンス実験系を確立し、被虐待歴のある子どもの中でも特に強い自殺念慮/行動歴を有する対象者(及び対照群)の血液試料についてのシングルセルRNAシークエンスも実施中です。中間結果として、被虐待歴・強い自殺傾性を有する群の血液にて、免疫系細胞数の変化や、複数細胞種での遺伝子発現変動が生じている可能性を見出しています。
3. 今後の展開
当初の想定を超える規模で、子どもの被虐待~自殺傾性のエピゲノム~シングルセル解析を実施する予定です。またこれまでの成果を踏まえ、末梢試料の網羅的DNAメチル化データを用いて、10~30歳代の若年者に特化した「生物学的老化の指標」や「こころの健康状態を精確に反映するマーカー」の開発を目指します。
一方で、萌芽的科学技術の倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の専門家と密に連携し、苛烈なストレスに曝されている子どもをバイオマーカーで探知した場合のベネフィットとリスクを精緻に描出・議論しています。
(大塚 郁夫:神戸大学、古屋敷 智之:神戸大学)