成果概要
楽観と悲観をめぐるセロトニン機序解明[1] 楽観・悲観のセロトニンサブシステムの観察・測定
2023年度までの進捗状況
1. 概要
「あきらめたらそこで試合終了ですよ」。国内外で人気のバスケットボール漫画「スラムダンク」の中で監督が選手にかける名言です。目標のために辛抱強く頑張れる人とすぐに諦めてしまう人、その違いはどこにあるのでしょうか?本研究開発項目ではこの謎の解明に取り組んでいます。マウスを用いて将来的なゴールのために一所懸命頑張るときの「きっとうまくいく!」や「きっとだめだ..」といった、目には見えないこころの楽観や悲観を、神経活動を通して観察します(図1)。注目しているのは神経伝達物質セロトニンです。脳内のセロトニン神経が多く集まる脳部位の一つである背側縫線核を中心に、その投射先である内側前頭前野、前頭眼窩野、扁桃体での神経活動も観察しています。これらの脳領域は感覚入力から行動選択、意思決定を組織する神経基盤として知られ、わたしたちのこころを生み出す重要な脳領域です。ファイバーフォトメトリーや小型蛍光顕微鏡カメラなど神経活動観察のための最新の実験装置と行動実験を組み合わせ、将来報酬獲得或いは罰回避のために行動しているマウスの脳内をリアルタイムで観察しています。
日本の若者は将来への期待や自己肯定感が他国と比較して低いといった調査結果があり、うつなどの悲観を伴うこころの不調は世代を問わず大きな社会問題となっています。本研究開発項目は楽観・悲観のセロトニンサブシステムを解明し、ムーンショット目標9で目指すこころの活力の増大に繋がる技術の開発に貢献します。

2. これまでの主な成果
背側縫線核セロトニン神経活動観察
- 1.1ファイバーフォトメトリーによる観察
- (ファイバーフォトメトリー:神経活動を光らせて集合信号を観察)
- 2022年度には将来報酬の確率に応じて待ち行動中のセロトニン神経活動が増減する=将来報酬が得られるかどうか(こころの中での)確信度を表現しているというセロトニンの新たな機能を実験的に示すことに成功しています。2023年度にはこの研究に大きな進展がありました。
実験では、じっと辛抱強く待つことで報酬が得られる条件に加えて、罰を回避することができる条件を設定した報酬・罰回避課題をマウスに学習させることに成功しました(図2)。

マウスは指定された場所で数秒間じっと待つ行動を続けることで、将来的にエサを獲得できたり(ワクワクしながら待つ)、足元へ弱い電流が流れるのを回避することができたりします(痛いのはイヤなので仕方なく待つ)。外から見ればマウスは全く同じ行動をしているように見えますが、条件によってこころの中の目的は違います。これまで報酬・罰に基づいてセロトニンがどのような役割を担うのか複数の見解があり、意見が分かれているところですが、本研究開発テーマでは独自の仮説として楽観・悲観についてセロトニンの機能を考えてきました。現在、それぞれの条件下でどのように背側縫線核のセロトニン神経が活動するかを観察しています(図3)。

- 1.3小型蛍光顕微鏡カメラによる観察
- (小型蛍光顕微鏡カメラ:神経活動を光らせて個々で観察)
- マウスの頭上に取り付けた重さ約2gのカメラで自由行動下動物の特定の脳領域の神経活動を数百個単位で同時観察可能です(図4)。今年度は前頭眼窩野および内側前頭前野からの測定に成功しています。報酬を待つ間に応答するニューロンが多く見られ、両部位には活動表現に違いが見られることが観察されました。

3. 今後の展開
背側縫線核セロトニン神経活動が、目的が報酬獲得なのか罰回避なのかによってどのように表現されているかを明らかにします。報酬・罰回避課題遂行中に前頭眼窩野および内側前頭前野がどのように活動しているかを小型蛍光顕微鏡カメラを用いて明らかにします。
(宮崎勝彦、宮崎佳代子: 沖縄科学技術大学院大学)