成果概要
データの分散管理によるこころの自由と価値の共創[2] 人間研究のための分散データ基盤の構築
2023年度までの進捗状況
1. 概要
分散 PDS を活用し低コストで離脱率の少ない縦断的発達研究のための方法を開発します。具体的には、独立した複数の研究機関が研究協力者を共有しながら発達研究を行う上での課題を整理し、課題解決に向けた研究基盤を構築します。
まず、3 つ以上の研究機関が分散管理に基づいて間接的に連携する方法を確立し、固定された研究機関間の連携にとどまらず、研究の進展に応じて連携体制をダイナミックに変更しながら研究を効率的に展開できることを示します。つまり、独立した研究機関がそれぞれの観点からデータを生成し、それらを分散管理に基づいて運用する仕組みを構築します。個人のデータを本人の手もとで名寄せして本人(の PAI)が管理運用するのが PD(パーソナルデータ)の分散管理ですから、特に本人に有用な PD を集約したデータベースがほとんどない分野では、本人に有用な PD を新たに生成して分散管理の下で柔軟に運用できるようにすることが重要です。
そこで、新たな PD を本人に集約してその開示を実験実施者など特定の連携先に限ることにより、研究手法や着想等の研究者側に帰属する部分の公開を防ぐ等の柔軟な制御が分散管理の下で可能であることを実証します。さらに、分散管理がなければ不可能な発達研究を実践し成果を挙げることによってこの方法の有効性を実証します。
2. これまでの主な成果
- オンライン認知実験プラットフォームGO-E-MONの機能を拡張し、AWARE FRAMEWORKを使えるようにしました。また、jsPsych等の心理実験用ライブラリ、LINE等のメッセージアプリとの連携を強化しました。これにより心理学者・発達科学者が容易に携帯端末(スマートフォン等)からデータを受け取り、分散PDSで蓄積できるようにしました。
- 同一の実験協力者に対して複数研究機関が独立して研究を行う上での課題を整理するため、大阪大学で2年前に実施された実験の参加者に対して京都大学が別の実験を行いました。離脱率は56%でした。一般的な方法で縦断研究を複数機関で実施するには協力者のモチベーション維持やオンライン実験などの工夫が必要なことがわかりました。
- 研究機関が発達研究を実施しやすくすることを目的とした(公益型)一般社団法人「赤ちゃんラボ5.0」の設立準備をしました。(2024年6月3日に設立予定)
- 成人を対象とした「先延ばし行動」(*)とストレスに関する研究(質問紙調査)から「今よりも未来のストレスが増えることはない」と信じる人は、深刻な先延ばし癖が少ないことを発見しました。ここでは新指標である「時系列的ストレス観」と「時系列的幸福観」を導入しました。楽観的な未来観を持つことが、先延ばし癖の改善に寄与する可能性が示唆されます(Scientific Report(in press))。
楽観的な人の方が深刻な先延ばし癖を持ちにくい
(* 先延ばしは「課題を先送りすることによって不適応な結果を招くとわかっていても先延ばしにしてしまうこと」と定義されます.)

3. 今後の展開
引き続き、分散PDS用いて長期的・縦断的発達研究を実施します。長期的・縦断的な発達研究のためには、個人(子ども)に名寄せされたデータを長期的かつ安全に運用することが必須です。これには分散PDSを用いるのが最善です。発達認知科学において分散管理されたデータを安全に活用する方法はこれまで見当たらず、世界に先駆けた研究と考えられます。たとえば、「親のストレスと「子どもの将来に関する未来観」といった視点を分散PDSを使うことで明らかにされることが期待できます。
(開 一夫: 東京大学、森口 祐介: 京都大学、鹿子木 康弘: 大阪大学)