成果概要
台風下の海表面での運動量・熱流束の予測と制御[2] 高風速時の海面を通しての運動量・熱輸送機構の解明
2024年度までの進捗状況
1. 概要
近年、台風進路の予測精度は向上していますが、その強度の予測精度は向上していません。その主な原因の一つとして、高風速で荒れ狂う台風下の海表面における運動量や熱の輸送機構が複雑で、台風強度の予測に必要な輸送量(フラックス)のモデル化が非常に難しいことが挙げられます。
台風下の海表面では、大気と海面の間に摩擦が発生し、台風がもつ運動エネルギーは海面に輸送(台風からみれば損失)されます(図1)。この摩擦によるエネルギーの輸送は、台風の強度や進路に大きな影響を及ぼす可能性があります。
そこで、本研究開発項目では、九州大学応用力学研究所に設置されている世界でも最大規模の台風シミュレーション水槽を用いて、高風速の条件下で、大気と水面の間に発生する運動量と熱の輸送(フラックス)を正確に見積もるための測定方法を見出し、高風速条件でのフラックスの定式化および運動量と熱の輸送機構の解明を目指します。

フラックスモデルの検討はこれまでにも行われてきましたが、これまでの研究では風洞の吹送距離(風を吹かせる距離)が短かったため、実際の海洋でおこる輸送現象を正確には再現できていない可能性があります。私たちは、高風速・長吹送距離の条件において、運動量と熱の輸送実態の解明にチャレンジしています。
2. これまでの主な成果
① 高風速下の気液界面の運動量輸送機構の解明
台風シミュレーション水槽において4連水位計およびプロファイル法を使用し、風速40 m/sまでの条件における吹送距離20 m地点での運動量フラックスτと抗力係数CDを測定しました。この運動量収支法によって中高風速で精度のよい観測に成功しました。また、高風速下の風化スペクトルを考慮するピーク拡張係数(γD、図2)について検証したところ、今回の実験結果が、過去の実験知見をよく再現することが示されました。高風速での風波発達の抑制が確認され、高風速下での海面の変化が、運動量輸送のレジームシフトに関わることが確認されました。

② 熱輸送実験による熱フラックスの計測
台風シミュレーション水槽における伝熱実験を行いました。低風速域では、過去の小型水槽を用いた実験と同様の熱輸送係数CKを示しました。一方、高風速域では、小型水槽での実験よりも小さなCKとなり、高風速下でのCKが水槽の吹送距離に依存することが示されました。
③ 高風速下の気液界面の熱輸送機構の解明
砕波をともなう高風速下の水面では、図3のように、大小様々な液滴が空中に飛散しています。このような液滴は、気液界面の熱の収支に影響をもたらすことが予想されます。そこで、液滴が飛散する様子を詳細に計測できる実験系を構築し、飛散液滴の数密度の影響を考慮した、新しいモデルを提案しました。

私たちの新しい熱輸送モデルは、風速U10が40 m/s程度までは実測値をよく再現しました。40 m/sを超える超高風速域で過大評価する可能性が残っていますが、台風下で砕波を伴う海面における液滴飛散が、特に高風速下での熱輸送に大きく関わる可能性が示されました。
3. 今後の展開
海面から台風への熱輸送機構を詳細に理解するためには、高風速域や超高風速域での更なる検証が期待されます。今後は、液滴飛散の影響を加味するモデルを精緻化し、海洋観測によるデータと照らし合わせることより、より正確な台風強度予測に繋げていくことが考えられます。