成果概要
人と融和して知の創造・越境をするAIロボット[2] 自動合成実験AI
2024年度までの進捗状況
1. 概要
研究における仮説をもとに実験を着想した後に、その具体的な作業をサイバー空間で推定しつつフィジカル空間で実施するAIロボットを開発します。
具体的には、(1)生成された仮説から実際に自動実験を進める「有機合成を行うAIロボットの探究」、(2)その中で特に合成反応を予測しながら実験全体を計画する「有機合成反応予測・拡張AI」、(3)それぞれの合成実験の条件を自律的に推定する「汎用型有機合成ロボットの活用による反応条件予測AI」、幅広い合成実験の選択肢を与える(4)「フロー合成制御AI」(5)「メカノケミカル合成制御AI」の研究開発を行います。
2. これまでの主な成果
自動合成実験AIとしては、2023年度のフィージビリティスタディまでに、既存の論文を研究者が追試する時の様に関連事例の論文から実験を計画し、その具体的な実験パラメータを推定して実行できるAIを実証しました。ただし論文等の文献には実験の大まかな設定が書かれているにとどまることが多いので、2024年度以降は仮説生成実現に向けた拡張を実施しています。具体的には、文献を学習したAIが検討する実験計画をさらに別のAIによってその合成経路や合成条件をアップデートし、通常のフラスコ合成だけでなくフロー合成やメカノケミカル合成といった幅広い合成の自律化を経て、実行可能な実験を計画・実行できるAIロボットを目指しています。
(1)有機合成を行うAI ロボットの探究
化合物を表現するために、分子の合成経路をエッジ、分子をノードとするネットワーク型データベース(Molecular Reaction Graph)を構築するとともに、“Chemputor”を簡易化した京大式自動合成装置を製作しました(図1)。2023年度では、実験手順の自動入力を目指し、ChatGPTを用いて実験手順文をマーメイド記法に変換し、自動生成プログラムの実現に近づきました。また実際に0.3molのエステル化・アセタール化・アミド化実験を成功させました。2024年度は仮説生成から自動実験へとつなげるために仮説生成AIとのインタラクションを経て非オピオイド鎮痛薬構造を創出し、バイオアッセイを実施しています。

(2)有機合成反応予測・拡張AI
仮説生成された有機材料を合成するための配合を考えるAIモデルの構築と、新たな仮説発見のための有機材料拡張方法の研究を行いました。大規模化学反応データベースPistachioをキュレーションしてデータセットを構築し、言語モデルを用いた逆合成経路予測モデルを開発し、鎮痛薬の創出を対象としたケーススタディで実用性を確認しました。
(3)汎用型有機合成ロボットの活用による反応条件予測AI
汎用型有機合成ロボットを構築・活用しながら、反応条件予測AIの開発を行いました。反応性推算AIにより有機分子の反応性を数値化し、新たな反応剤「Antipyrine」を発見しました。また、高精度な反応条件予測モデルを構築し、鎮痛薬として有望な分子の自動合成に成功しました。
(4)フロー合成制御AI
AIによる仮説生成から自動フロー合成、評価、フィードバックまでの一気通貫システムの構築を目標としました。フロー合成・分析システムで収率誤差5%以内を達成し、プランジャー型ポンプによるグラムスケール合成を実証しました。鎮痛剤候補のADRA2B阻害剤の合成と活性評価を担当し、非対称ウレアのフロー合成でバッチ法より高効率な合成法を確立しました。
(5)有機合成反応予測・拡張AI
メカノケミストリーを用いた有機合成AIの実証を目指し、精密な力学制御システムと反応機構解明を組み合わせた自律実験プラットフォームを構築しました。クネーフェナーゲル縮合などの標準的なメカノケミカル反応で高い再現性を実現し、粉末X線回折や分光計測の完全自動化により、人手を介さずに反応機構を解明するAIプロトタイプを実証しました。
3. 今後の展開
今年度までの研究開発によって、①既存の論文を研究者が追試する時の様に関連事例の論文から実験を計画し、その具体的な実験パラメータを推定して実行できるAIを実証しました。また、②仮説生成AIが新規に生成した仮説(鎮痛剤の候補物質)に基づいて合成反応と合成条件をAIが予測し、自動合成AIが実際に合成まで実施できることも示せました。
今後の展開としては、スループットの向上とより広範なケミカルスペースの開拓を計画しています。スループット向上のためには、現状の自動合成実験AIだと随所で発生している人間からのフィードバックが無い状態でも自律的にフィードバックを与えながら実験を遂行できるAIへと進化させる必要があります。また、広範なケミカルスペースの開拓へとつなげるためには、サイバー空間だけでなく、フィジカル空間として多様な合成手段を開発してきた合成装置を深化させる必要があります。