取材レポート

令和6年度 第2回&第3回 JSTワークショップ 公正な研究活動の推進 -映像教材「倫理の空白」手引書を使ってみよう- 報告

JST-WSフライヤー
 JSTワークショップ -映像教材「倫理の空白」手引書を使ってみよう- が、2024年12月17日(火)と12月24日(火)にJST東京本部で対面開催されました。これまでJSTでは研究倫理教育映像教材「倫理の空白」シリーズ*を制作しており、リリース後、研究機関の研究倫理教育担当の方から、その具体的な活用方法に対する要望をいただいておりました。そこで、JSTでは手引書を開発し、研究倫理教育を実践するためのモデルケースを示し、具体的な方法や検討事項の解説、演習問題のサンプルなどを掲載しています。
 今回のワークショップでは、早稲田大学の札野氏から研究倫理教育の現状と課題についてお話いただいた後、JST手引書を監修された講師から活用のポイントをお話いただき、参加者の皆さんには手引書を使って講師役などのロールプレイなどを行っていただきました。このレポートでは、ワークショップ当日の様子をご紹介します。

*「倫理の空白」シリーズの映像教材、手引き書はこちら https://www.jst.go.jp/kousei_p/measuretutorial/mt_movie.html


●講義 映像教材「倫理の空白」手引書を使ってみよう

早稲田大学 大学総合研究センター 教授 札野 順 氏 (17日、24日)
講義資料はこちらからご覧ください。
札野 順 氏
札野 順 氏

 講義は、昨今の研究公正教育の現状と課題から始まりました。札野氏は、2020年度の文科省委託調査を引用され、職位や立場、研究分野の特性に応じた、実践的な研究倫理教育が必要であるとされていることを紹介されました。また、欧州の研究倫理教育に関するプロジェクトNERQ(Network for Research Quality)による7つの課題においても、「ひとつがすべてには適用できない」こと、「異なるターゲットグループに対して、継続的な学習履歴が必要となる」こととされており、また、「一人一人単独でのトレーニングでは研究の品質を維持するために十分でない」とされていることも述べられました。

 次に、教育目標を設定することの大切さを示され、このワークショップでは何を目指すのか、2つの目標をあげられました。目標の設定と共有は、学習する上で重要なプロセスであり、効果の測定や評価にもつながるとその重要性に触れ、参加者の皆さんも教育目標を説明できるようになってほしいと話されました。また、研究公正教育の最終的な目標は、研究者に倫理的な判断ができるようになることであるとされ、米国国立衛生研究所 (National Institutes of Health : NIH)や米国研究公正局 (The Office of Research Integrity : ORI)などの海外機関の取組を紹介しながら説明されました。
 研究公正教育には様々な方法がありますが、中でも事例活用は大切であり、具体的な方法として「THE LAB」やJSTが制作した「倫理の空白」シリーズなどを例にあげられました。映像教材のメリットとして、自分がその場にいたらどのように行動するだろうか自分事として考えることができ、また、グループディスカッションを通して「価値・態度」を深めることもできると指摘されました。
 最後に、研究公正教育が目指すのは、研究不正や疑わしい研究行為(QRP)を予防するだけでなく、よき研究者とは何なのか、何のために研究をするのかといった志向倫理の観点が必要であるとまとめられました。


●講義 「倫理の空白 理工学研究室編」准教授編 手引書活用のポイント

大阪公立大学 国際基幹教育機構 准教授 市田 秀樹 氏
市田 秀樹 氏
市田 秀樹 氏
講義資料はこちらからご覧ください。

 17日のワークショップでは、「倫理の空白 理工学研究室編」の手引書を監修された市田氏に、手引書の活用ポイントをお話いただきました。
まず、研究倫理教育の設計のポイントとして、5W1Hの視点から、What/Whoとして教育目標や対象を設定し、How/When/Whereとして実施方法や実施内容をどうするか考えていくこととされました。このうち、教育対象者をまず明確に設定し、それに対応した教育目標を設定することが大切であると示されました。教育目標を教育対象者と共有し、主体的な参加を促進するとともに、目標を具体的にすることで目標に対する評価基準も明確になるとのことでした。

 次に、具体的な実施方法や実施内容について、「参加者に何を持って帰ってもらうか?」、そのために「何をどのようにつくるか?」という観点での検討をしていくことを話されました。例えば、教員向けのFD(ファカルティ・ディベロップメント)を想定した場合、参加者の研究環境の状況を尋ねるような事前ワークのアレンジ方法などに触れられました。また、当日のワークのディスカッションでは、まずは個人で考える時間をつくるほうがよいといったアドバイスや、テーマ設定の工夫などもあげられました。講義全体を通して、手引書を監修された立場から、手引書活用に役立ちそうな具体的で実践的なポイントやアレンジ方法を多々紹介いただきました。


●講義「倫理の空白Ⅱ 盗用編」人文・社会科学編 手引書活用のポイント(24日)

信州大学 医学部公正研究推進講座 助教(特定雇用) 樋笠 知恵 氏
樋笠 知恵 氏
樋笠 知恵 氏
講義資料はこちらからご覧ください。

 24日のワークショップでは、「倫理の空白Ⅱ 盗用編 人文・社会科学編」の手引書を監修された樋笠氏に、手引書の活用ポイントをお話いただきました。

 はじめに、手引書作成に至った経緯や、昨今の研究不正事案の動機と発生要因などが示されました。
 研究公正に関する「知識」をeラーニングで得ることに加え、そこから一歩進んで、「規範意識」を身につけてもらうことが必要であると樋笠氏は述べられました。この際、人は、悪いことをすれば後に自身が損をすることを分かっていてもそのような選択をしてしまう不合理な生き物である点を理解しながら研究不正を考える必要があると指摘されました。

 次に、手引書を使った研究倫理教育について、教育目標と対象の設定では、参加者の分野や立場によって経験や抱えている問題・リスクが異なることもあり、どのような分野のどのようなレベルの方に何を学んでもらいたいのかを、出発点としてじっくり練ることが大切であると述べられました。
 また、実践においては、研究公正教育の受講を負担に感じる研究者に配慮し、教育設計上の工夫も述べられました。例えば、昨今は様々なツールがあるので、事前ワークを通勤時間などにスマートフォンから提出できるようなものにするなど、ツールを活用して、時間を凝縮することも一つの方法であるとアドバイスされました。様々なレベルの参加者がいる場合は、例えば規範意識を身につけてもらうための題材は難しいものでなくてもよいとされました。手引書を監修された立場から、具体的なアドバイスを多くいただきました。
 最後に、本手引書による研究倫理教育の目的は、自ら考えて他の人と意見交換し、倫理的な判断力を養うことであるとされ、講義をまとめられました。


●グループワーク

グループワーク
グループワーク
 両日行われたグループワークでは、参加者が、研究室主宰者(PI)に研究倫理教育を行う講師役、またはPI(受講者役)になり、ロールプレイが行われました。札野氏から講師役は講師に、受講者役はPIになりきってほしい、また、所属機関に持ち帰った際に、どのようなことができるのか考えながら進めてほしいとのアドバイスがありました。
 教える側と教わる側、それぞれの立場になり議論を進めていくなかで、講師役の方には様々な声がけなどにより受講者が話しやすい場をつくることが必要となり、受講者役の方も積極的に発言されて、研究機関での実践につながる意見交換が進みました。


●総評

 最後に講師からの総評をいただきました。
 札野氏は、研究倫理教育は、究極的には、研究をすることの意義を考えることにつながる場を提供することとなり、そのツールの一つが映像教材や手引書になる。研究室運営の視点を持ち、研究室マネジメントやよりよい研究をするための研修の一環として考えるとよいと話されました。
市田氏は、グループワーク方式での研修は、他者の立場にたつことができ、新たな気づきとなる。場のつくり方として、例えば、心理的安全性を高めるような雰囲気づくりも大切であるとされました。
 樋笠氏は、研修において、どこを考えてもらうのかテーマ設定が難しいかもしれないが、そのために手引書があり、手引書の中にはこのように考えたらよいのではというヒントがある。それぞれの所属機関において現状を把握して、どのようなアプローチが適切かを分析しながら手引書を活用してほしいと話されました。


当日の講義資料はこちら
前回のワークショップ 令和6年度 第1回 JSTワークショップ 公正な研究活動の推進- 研究倫理教育映像教材「研究活動のグレーゾーン」の利活用を考える-取材レポート