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研究年次報告と成果


吉田稔(独立行政法人理化学研究所 中央研究所 主任研究員)

タンパク質修飾の動態とネットワークの網羅的解析

平成17年度  平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

生体内のタンパク質はさまざまな翻訳後修飾を受け、それらが動的なネットワークを形成し、環境適応と恒常性維持に関与する。特にアセチル化やメチル化は代謝活性と連動することが示唆されているが、その全体像は不明である。そこで本研究ではタンパク質の翻訳後修飾の解析から代謝制御を理解し、制御することを研究の主題とする。具体的には、クローン化した分裂酵母全遺伝子産物の翻訳後修飾を網羅的に解析し、その中で明らかになった重要な代謝関連因子のヒトホモログについて修飾と機能の制御機構の解明と阻害剤開発による代謝制御法の確立を目指す。また、動物細胞のミトコンドリアなど、代謝関連因子に見られる翻訳後修飾の生理的意義を解明する。平成19年度は、分裂酵母の全遺伝子産物のアセチル化、メチル化について電気泳動法による同定を完了させた。また、動物細胞から代謝調節や生体恒常性に関わる複数のアセチル化タンパク質の同定に成功した。さらにヒストン修飾に影響を与え、遺伝子発現を変化させる物質の標的を解明した結果、スプライシングを阻害するものであることを明らかにした。

§2.研究実施内容

(1)翻訳後修飾の網羅的解析

タンパク質の種類・性質に多様性を与える翻訳後修飾は、細胞の構築・維持や細胞分裂など様々な生命現象を司るタンパク質の機能を調節する上で極めて重要な役割を担っており、翻訳後修飾がどのようなタンパク質に起こり、そしてどのような制御機構に関与しているのかを包括的に理解することは、ポストゲノム時代において非常に重要な命題である。しかし、現在のところ、ポストゲノム研究が最も進んでいる出芽酵母でさえ、リン酸化やユビキチン化など、一般に研究が進んでいる主要な翻訳後修飾に限定して網羅的に調べた報告例が存在するのみで、それらは約300種類も存在すると言われる翻訳後修飾のごく一端に過ぎない。
 すでに我々は分裂酵母ゲノムにコードされる約5,000種類からなる全遺伝子の99%以上をクローン化し、塩基配列の確認を行った上で、C末タグとの融合タンパク質として発現させることに成功している。この系を用いて全てのタンパク質を一つ一つ電気泳動により解析し、泳動度に影響を及ぼす何らかの修飾を受けているタンパク質が全体の少なくとも約3割存在することを明らかにすると共に、翻訳後修飾特異的な抗体を用いてアセチル化やメチル化を受けるタンパク質を同定した(論文6, 7)。本研究ではさらにこの全ORFクローンの発現系を応用し、タンパク質アレイに翻訳後修飾特異的な抗体を用いたアプローチ、ならびに質量分析を組み合わせた手法により、特定の翻訳後修飾を受けているタンパク質を網羅的に同定し、それらの修飾の生理的機能と代謝調節との関連に迫ることを目指す。
 前年度までにHisタグを融合させて発現させた分裂酵母の全タンパク質の精製について株の培養ならびにタグ融合タンパク質の精製条件の最適化を行い、96穴プレートを用いてハイスループットにタグ融合タンパク質を精製した場合でも十分に翻訳後修飾を検出できることが確認できた。そこで、本年度は実際に約5,000株からなるHisタグ融合遺伝子発現株を培養し、発現したタグ融合タンパク質の精製を行った。すでに全タンパク質の精製が完了し、現在それらを用いて1,536スポットからなるプロテインマクロアレイを順次作製中である。
 また、並行して、質量分析装置などの先端機器による翻訳後修飾解析技術の確立を目指しており、昨年度までに行った分析技術の開発とその検証(論文2, 3)を基に、本年度はタンパク質全体の質量測定による翻訳後修飾の有無、アミノ酸分析による修飾の種類の同定、LC-MSおよびMS/MSによる修飾部位の同定の3つについて、実際に全遺伝子過剰発現株から調製した一部の分裂酵母タンパク質を用いて分析法を検討した。その結果、タンパク質の量が多い試料については、ある程度網羅的に解析できる見通しが立った。

(2)翻訳後修飾のネットワーク解析

複雑な生命現象は細胞内の様々なシグナル伝達経路およびタンパク質間の相互作用などにより引き起こされるが、タンパク質の翻訳後修飾はこの中でも重要な役割を担っていると考えられる。特定の遺伝子の過剰発現により、その遺伝子産物の下流で機能しているタンパク質の翻訳後修飾、ひいてはタンパク質の活性に変化が生じることが期待されるため、本研究では分裂酵母の全ORFの過剰発現株を利用し、特定のタンパク質の発現や翻訳後修飾に及ぼす遺伝子過剰発現の影響を調べることで、細胞内タンパク質ならびに翻訳後修飾のネットワークを明らかにすることを目指す。
 前年度までに、全細胞抽出液をスポットするリバースアレイ作製用の試料の調製を開始していたが、今年度は約5,000株からなるORF過剰発現株の全てについて全細胞抽出液の調製が完了し、プロテインマクロアレイを作製するためにニトロセルロースメンブレンへのスポットを開始した。また、リバースアレイで使用可能な抗体についても電気泳動法によって検討を行い、前年度までに選定していたヒストンのさまざまな修飾を個別にモニターできる抗体が本当に目的の修飾だけを特異的に認識するのかを、修飾が予想されるリジン残基を1つずつ変異させたヒストンのシリーズを作製し、それらを発現させて各種抗体で検出することで抗体の特異性を確かめた。この検討により、リバースアレイと電気泳動法のそれぞれで使用できる抗体が区別できたばかりでなく、今後得られる結果の信頼性がより向上すると考えられる。また、修飾酵素と修飾部位を変異させたヒストンなどの基質を同一株内で同時発現させるというような、より複雑化する実験系に対応できるように、現在分裂酵母の発現系で主に使われているnmt1プロモーターのような発現誘導型ではなく、構成的に発現可能なプロモーターを開発した(論文8)。

(3)動物細胞の修飾タンパク質解析

新規アセチル化タンパク質を同定し、それらの制御機構を明らかにするとともに、ミトコンドリアに局在する新規NAD依存性脱アセチル化酵素SIRT305を中心にアセチル化を制御する酵素等の解析からそれらの新しい機能を発見することを目指した。まず、タンパク質アセチル化を制御する酵素としてHDAC4に着目し、その生体内での挙動を解析した。HDAC4は核-細胞質間をシャトルするが、核移行したHDAC4は転写共役抑制因子SMRT依存的に転写調節因子Bach2と結合し核内フォーカスを形成すること、フォーカス内部と周辺は転写活性が著しく低下し、転写抑制センターを形成することを示した(論文1)。
 次にアセチル化タンパク質のプロテオミクスを行うことを目的にクラスI、IIのHDAC(亜鉛依存性)の阻害剤であるトリコスタチンA (TSA) およびクラスIIIのHDAC (NAD依存性酵素Sir2ファミリー) の阻害剤であるニコチンアミド (NA)の両方を処理することでアセチル化が亢進するタンパク質を、抗アセチルリジン抗体を用いたアフィニティー精製法により探索した。この方法により前年度見いだしたヒートショックタンパク質Hsp90のコシャペロンであるAha1、アクチン結合タンパク質であるcortactinについて、過剰発現およびRNAi法によりそのアセチル化酵素、脱アセチル化酵素を細胞レベルで検討したところ、Aha1の脱アセチル化酵素としてクラスIIのHDACであるHDAC6およびクラスIIIのHDACであるSIRT1、cortactinの脱アセチル化酵素としてHDAC6とSIRT1、アセチル化酵素としてCBPを同定した。また、Aha1およびcortactinのアセチル化されるリシン残基をMS/MS解析により同定した。さらにcortactinのアセチル化を特異的に認識するアセチル化抗体の作成にも成功した。今後、アセチル化部位変異体、各アセチル化酵素、脱アセチル化酵素ノックダウン細胞、部位特異的アセチル化抗体などを用いることにより、Aha1およびcortactinの機能発現におけるアセチル化の役割の解明を目指す。
 ミトコンドリアに局在する新規脱アセチル化酵素であるSIRTsの機能解明を目的に前年度作製した各SIRTの恒常的ノックダウン細胞からミトコンドリアを単離し、抗アセチルリジン抗体を用いたアフィニティー精製を行った。その結果、SIRT3の基質タンパク質である複数のアセチル化タンパク質の同定に成功した。得られたアセチル化タンパク質のほとんどは、エネルギー代謝に関わる酵素であったことから、SIRT3はこれらタンパク質のアセチル化レベル制御することにより、エネルギー代謝を調節している可能性が示唆された。

(4)代謝関連因子阻害剤探索系の構築

Gateway化された完全長ヒトcDNAクローンの中から、翻訳後修飾やタンパク質分解といった代謝関連因子をコードする遺伝子を分裂酵母へ導入し、過剰発現条件下にて致死性(生育遅延)、形態異常、胞子形成不全などの表現型を観察した。また、致死性の回復を指標とした阻害剤探索系を構築するため、96穴プレートや384穴プレートを用いてハイスループット化できるような条件検討を行った。
 また、翻訳後修飾と代謝制御に関わる新たな阻害剤を探索するための分子標的の同定を目的に、ヒストン修飾に影響を与え、細胞周期停止を引き起こす化合物FR901464の作用機構を解析した。FR901464は細胞周期阻害因子であるp27の増加とC末端欠失型のp27(p27*と命名)の蓄積をもたらした。FR901464の安定誘導体(spliceostatin A)を合成し、それを固定化して結合タンパク質を単離したところ、スプライソソームの構成因子であるSF3b複合体を見いだした。結局、FR901464とspliceostatin Aはスプライシング因子SF3bに結合し、スプライシングを阻害することが明らかになった。また、p27*はp27の前駆体mRNAから翻訳されたものであることも判明し、SF3bがスプライシングだけでなく、前駆体mRNAの核内保持にも重要な役割を果たすことが明らかになった(論文4)。さらに分裂酵母でもspliceostatin AはSF3bを阻害し、イントロン配列の翻訳を引き起こすこと、その作用は核膜孔でのゲートキーパーであるMlp1とは独立したものであることを示した(論文5)。

§3.研究実施体制

(1)「研究代表者」グループ
  @ 研究分担グループ長:吉田 稔 (理化学研究所、主任研究員)
  A 研究項目
    サブテーマ1: 翻訳後修飾の網羅的解析
    サブテーマ2: 翻訳後修飾のネットワーク解析
    サブテーマ3: 動物細胞修飾タンパク質解析
    サブテーマ4: 代謝関連因子阻害剤探索系の構築

§4.成果発表等

1) 原著論文発表

@ 発表総数(国内 0件、国際 6件)
  A 論文詳細情報

  • Hoshino, H., Nishino, T. G., Tashiro, S., Miyazaki, M., Ohmiya, Y., Igarashi, K., Horinouchi, S., and Yoshida, M. Corepressor SMRT and class II histone deacetylases promote Bach2 nuclear retention and formation of nuclear foci that are responsible for local transcriptional repression. J. Biochem. (Tokyo), 141: 719-727, 2007 May.
  • Masuda A, Baba T, Dohmae N, Yamamura M, Wada H, Ushida K. Mucin (qniumucin), a glycoprotein from jellyfish, and determination of its main chain structure. J. Nat. Prod., 70: 1089-92, 2007 Jul.
  • Manya H, Suzuki T, Akasaka-Manya K, Ishida HK, Mizuno M, Suzuki Y, Inazu T, Dohmae N, Endo T. Regulation of mammalian protein O-mannosylation: Preferential amino acid sequence for O-mannose modification. J. Biol. Chem., 282(28): 20200-6, 2007 Jul.
  • Kaida, D., Motoyoshi, H., Tashiro, E., Nojima, T., Hagiwara, M., Ishigami, K., Watanabe, H., Kitahara, T., Yoshida, T., Nakajima, H., Tani, T., Horinouchi, S., and Yoshida, M. Spliceostatin A targets SF3b and inhibits both splicing and nuclear retention of pre-mRNA. Nature Chem. Biol., 3: 576-583, 2007 Sep.
  • Lo, C.-W., Kaida, D., Nishimura, S., Matsuyama, A., Yashiroda, Y., Taoka, H., Ishigami, K., Watanabe, H., Nakajima, H., Tani, T., Horinouchi, S., and Yoshida, M. Inhibition of splicing and nuclear retention of pre-mRNA by spliceostatin A in fission yeast. Biochem. Biophys. Res. Commun., 364: 573-577, 2007 Dec.
  • Kimata, Y., Matsuyama, A., Nagao, K., Furuya, K., Obuse, C., Yoshida, M., and Yanagida, M. Diminishing histone deacetylases by drugs or mutations promotes normal and abnormal sister chromatid separation via affecting APC/C and Mis4/Adherin. J. Cell Sci., 121: 1107-1118, 2008.
  • Shirai A, Matsuyama A, Yashiroda Y, Hashimoto A, Kawamura Y, Arai R, Komatsu Y, Horinouchi S, Yoshida M. Global analysis of gel mobility of proteins and its use in target identification. J. Biol. Chem., in press, 2008.
  • Matsuyama A, Shirai A, Yoshida M. A series of promoters for constitutive expression of heterologous genes in fission yeast. Yeast, in press, 2008.
2) 特許出願

@ 平成19年度特許出願内訳(国内 1件)
  A CREST研究期間累積件数(国内 1件)

3) その他

@ その他の成果発表

  • Matthias, P., Yoshida, M., and Khochbin, S. HDAC6 a new cellular stress surveillance factor. Cell Cycle, 7: 7-10, 2008.
  • Yashiroda, Y., Matsuyama, A., and Yoshida, M. New insights into chemical biology from ORFeome libraries. Curr. Opin. Chem. Biol., 12: 55-59, 2008.

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