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研究年次報告と成果


岩井 一宏 (大阪市立大学 大学院医学研究科 教授)

「鉄および鉄補欠分子族の動態調節とその破綻による病態の解明」

平成19年度

§1.研究実施の概要

本研究は鉄代謝調節機構の理解に必須である、鉄および鉄補欠分子族の動態を分子レベルで解析するとともに、鉄代謝異常が関連する疾患の病態生理学的解析を進めるものである。具体的には、1)細胞レベルにおける鉄および鉄補欠分子族の動態、2)ミトコンドリアの鉄代謝調節における役割の解明、の2点から分子レベルで鉄および鉄補欠分子族の役割を明らかにするとともに、3)メタボローム解析も含めた多彩な研究手法で種々の疾患、病態に深く関与する鉄の病態生理学的役割に関する包括的な研究、を進めて、鉄代謝の破綻を原因とする疾病の発症機構を解明するとともに、その予防法・治療法、診断に対する科学的評価方法の確立をめざして研究に着手した。

§2.研究実施内容

鉄は中性pHの還元環境下では、容易に電子を授受できる酸化還元反応の活性中心として最適の性質を有しており、生物は鉄を種々の酸化還元反応を担う酵素と結合させて利用している。また鉄は呼吸鎖の最終電子受容体である酸素への電子供与にも関与し、エネルギー産生の重要な機能も担っている。一方で鉄の持つ酸素との強い反応性ゆえにフリーラジカルの産生源となり細胞障害性を有するため、生物は鉄代謝を厳密に調節する巧妙なシステムを備えている。哺乳類細胞ではIRP(iron regulatory protein)と呼ばれるRNA結合タンパク質が鉄濃度の変化を感知して、鉄代謝に関与する遺伝子群の発現をRNAレベルで制御することで鉄代謝を調節している。鉄はヘム、鉄-硫黄(Fe-S)クラスター(鉄と硫黄によって構成される構造体で4Fe-4S、2Fe-2S型がある)の2種の鉄補欠分子族の形でタンパク質と結合して機能することが多いことが知られており、研究代表者らの研究により、IRP2が鉄自体ではなくヘムの濃度変化を介して(Ishikawa et al Molecular Cell 2005)、また、IRP1は鉄-硫黄クラスターを介して鉄濃度変化を感知し鉄代謝を制御していることが知られている。しかしながら、鉄代謝調節機構の破綻が種々の疾患の病態形成に係わることが示唆されており、本研究では研究代表者らが進めてきた、神経変性疾患、疲労への関与について検索を進めた。

1)細胞内の鉄および鉄補欠分子族の動態の解析

ァ)ヘム運搬メカニズムの解析
 遺伝学的手法が確立している真核生物である出芽酵母を用いて細胞内ヘム輸送系を解明する。出芽酵母のヘム依存性転写因子であるHap1のヘム依存的な活性化を利用した遺伝学的スクリーニング法を用いて、現在までに3クローンの変異体を単離した。そのうちの2つ株の変異を相補するゲノム遺伝子断片(いくつかの遺伝子がその断片上に存在する)を同定した。また、遺伝学的スクリーニングをより効率的に進めることを目指し、レポーター系を改良した。

ィ) 細胞内鉄輸送担体の解析
 細胞株の培養条件など鉄輸送担体同定のための基礎的検討を終了し岩井チームで作成したサンプルを合田グループに送付して、質量分析系を用いた低分子鉄担体の同定を開始した。

2)細胞の鉄代謝調節におけるミトコンドリアの役割の解析

鉄-硫黄クラスター、ヘムともに最終的にはミトコンドリアで生成されるが、鉄、および鉄補欠分子族の細胞内動態、中でもヘムに関してはほとんど未解明である。そこで、近年、その生合成・輸送系が明らかになりつつある、鉄-硫黄クラスターに着目して、細胞レベルで容易にノックアウト細胞を作成できるトリDT40細胞を用いて細胞の鉄代謝調節におけるミトコンドリアの関与を検索した。ミトコンドリアでの鉄-硫黄クラスター生成に関与するscaffoldタンパク質IscUをKOしたDT40細胞ではIRP1には鉄-硫黄クラスターが結合出来なくなるのみならず、IRP2の分解も抑制され、細胞の鉄代謝調節系が破綻した。それに対し、細胞質のFe-Sクラスター輸送に関与するNubp1のKO細胞では、IRP1には鉄-硫黄クラスターは結合出来なくなるが、IRP1もIRP2と同様に鉄存在下で分解されることにより活性が調節され、細胞の鉄代謝調節機構は破綻しないことを見出した(投稿準備中)。

さらに、出芽酵母の鉄感知機構に関しての解析を進めた。出芽酵母においても鉄は必須の栄養素であり、出芽酵母の鉄、鉄補欠分子族の研究からフリードリッヒ失調症の原因遺伝子であるフラタキシンの機能が明らかになるなど、鉄代謝研究の有用なモデル生物である。出芽酵母の鉄代謝は鉄代謝応答性転写因子Aft1pが鉄欠乏時にのみ活性化されることによって制御されている。Aft1pの鉄依存性活性制御機構の解析を進め、Aft1pは鉄依存的な核外移行によって制御されること、さらに、Aft1pは鉄依存的に2量体が形成されることによって核外輸送担体であるMsn5pと結合する事を示した。さらに、Aft1pの鉄依存的な2量体形成にはAft1pへの鉄-硫黄クラスター結合が関与する可能性を明らかにした(Ueta et al. Mol. Biol. Cell, 2007)。

鉄および鉄補欠分子族の疾患、病態への関与の解析

ァ)神経変性疾患における鉄代謝異常の関与の解析
 研究代表者らが作製したNSE-IRP2 Tgマウスは顕著な鉄蓄積は認めないが、反応性に富んだFe2+の蓄積と酸化ストレスの亢進、加齢(15ヶ月齢以上)による神経変性症状を呈するとともに、パーキンソン病を誘発する薬剤(MPTP)に高感受性であった(投稿準備中)。アルツハイマー病やパーキンソン病などの疾患モデルマウスのほとんどはヒト疾患と比べ非常に弱い表現型しか示さない。それら疾患では鉄の蓄積と酸化ストレスの亢進が報告されており、疾患モデルマウスとNSE-IRP2 Tgマウスとの交配によって強い表現型を示す可能性が想定される。そこで、パーキンソン病のモデルマウスであるParkin(家族性パーキンソン病の原因遺伝子)KOマウスとNSE-IRP2 Tgとの交配をおこなったところ、4-6ヶ月齢から神経変性疾患様の症状が見られる事を見出した。

ィ)疲労のバイオマーカーの検索
 研究代表者らは劇症疲労モデルラット肝臓において、ヘム含量およびヘムを活性中心に持つ代謝酵素であるチトクロームp450の活性が大きく低下することを発見し(投稿準備中)、疲労時に代謝が変化する可能性を見出した。そこで、疲労のバイオマーカーの開発を目指し、平成19年度から水浸ケージで飼育した劇症疲労モデルラットの肝臓、血漿のメタボローム解析に着手した。岩井・片岡のグループで作成したモデルから採取したサンプルを合田グループに送付し、解析研究を開始した。

§3.研究実施体制

(1)「岩井 一宏」グループ
  @ 研究分担グループ長:岩井 一宏 (大阪市立大学、教授)
  A 研究項目

1.細胞内の鉄および鉄補欠分子族の動態の解析
   ァ) ヘム運搬メカニズムの解析
       a. 遺伝学的手法を用いた解析の着手
       b. 質量分析計を用いた解析の着手
   ィ) 細胞内鉄輸送担体の解析
        基礎的検討を開始

2.細胞の鉄代謝調節におけるミトコンドリアの役割の解析

3.鉄および鉄補欠分子族の疾患、病態への関与の解析
   ァ)神経変性疾患における鉄代謝異常の関与の解析

a. 種々の神経変性疾患モデルマウスとNSE-IRP2 Tgマウスとの交配による反応性に富んだ鉄の関与の検索の着手

   ィ)疲労のバイオマーカーの検索

a. 疲労モデル動物肝臓ヘム代謝異常の解析およびメタボローム解析の基礎的検討



(2)「合田」グループ
  @ 研究分担グループ長:合田 亘人 (早稲田大学、教授)
  A 研究項目

1.細胞内の鉄および鉄補欠分子族の動態の解析
   ィ) 細胞内鉄輸送担体の解析の基礎的検討を開始

3.鉄および鉄補欠分子族の疾患、病態への関与の解析

   ィ)疲労のバイオマーカーの検索

a. 疲労モデル動物肝臓ヘム代謝異常の解析およびメタボローム解析の基礎的検討に着手



(3)「片岡」グループ
  @ 研究分担グループ長:片岡 洋祐 (大阪市立大学、講師)
  A 研究項目

3.鉄および鉄補欠分子族の疾患、病態への関与の解析

   ィ)疲労のバイオマーカーの検索

a. 疲労モデル動物肝臓ヘム代謝異常の解析およびメタボローム解析の基礎的検討に着手



§4.成果発表等

1) 原著論文発表

@ 発表総数(国内 0件、国際 1件)

A 論文詳細情報

  • Ueta, R., Fujiwara, N., Iwai, K. (corresponding author) and Yamaguchi-Iwai, Y. Mechanism underlying the iron-dependent nuclear export of the iron-responsive transcription factor Aft1p in Saccharomyces cerevisiae. Mol. Biol. Cell 18 : 2980-2990, 2007.
2) 特許出願
    @ 平成19年度特許出願内訳(国内 0件)
    A CREST研究期間累積件数(国内 0件)

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