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研究年次報告と成果


平尾 敦 (金沢大学 がん研究所 教授)

代謝解析による幹細胞制御機構の解明

平成17年度  平成18年度  平成19年度

§1.研究実施の概要

正常の組織幹細胞とは、各組織あるいは細胞の源となる細胞であり、多系統の細胞に分化する多分化能と幹細胞を再び作る自己複製能を持つ細胞と定義される細胞である。それぞれの組織においては、常に幹細胞から新しい細胞の供給を受けることによって、細胞の置き換わりが起こり、組織としての機能を維持することができる。幹細胞システムが個体の生涯にわたって、機能し続けるためには自己複製能を適切に制御する必要がある。幹細胞システムを理解し、適正に制御する技術を開発することは、再生医療における技術向上において重要な課題である。一方、最近、がん組織の中にも、幹細胞的な役割を持つ“がん幹細胞”の存在が示唆され、がんの治療法開発に向けた新たな標的細胞として注目されている。本研究においては、幹細胞の制御機構を代謝制御の観点からアプローチし、理解しようとするものである。

本研究を遂行するためには1)各種幹細胞の動態、特性を理解し、細胞内のいかなる代謝経路を重点的に検討するか見極める、同様に2)がん幹細胞の動態の理解を進める、3)各種細胞において代謝産物の解析を行い、幹細胞制御の特殊性と代謝制御の関係を理解するというのが本研究課題の目標である。

§2.研究実施内容

平尾グループ
1)幹細胞自己複製制御機構と細胞内代謝

ATM欠損マウスにおける造血幹細胞幹細胞の自己複製において活性酸素の制御が重要であることを見出した。このことは、細胞内レドックスの変化と幹細胞の能力が密接に関係していることを示唆している。本年度はさらにその意義を理解するために、正常の幹細胞の枯渇現象と活性酸素との関連を検討した。加齢マウスの骨髄より造血幹細胞を採取し、骨髄再構築能を検討してもその機能の低下は見られない。そこで、連続して骨髄移植を行うことにより、造血幹細胞の寿命を検討した。連続骨髄移植の過程で造血幹細胞において過酸化水素の上昇がみられ、特に3回目以降の移植では極めて高くなること、同時に骨髄再構築能の低下が見られることを観察した。さらに再構築された骨髄細胞の中で、未分化細胞ほど、ストレスキナーゼの一つであるp38MAPKが活性化していることを発見した。比較的若いマウスから採取した骨髄細胞をグルタチオンの枯渇を誘導するBSOにて処理し、過酸化水素を上昇させたところ、コロニー形成能などの造血前駆細胞の機能にはあまり影響がないと対照的に、骨髄再構築能すなわち幹細胞活性が失われていることを観察した。このことは、加齢あるいは何らかのストレスによって幹細胞レベルで活性酸素が上昇すると、幹細胞活性が著しく阻害されることを示している。BSO処理による骨髄再構築能の低下に、MAPKが寄与しているかどうかを検証するために、各種阻害剤を添加したところ、p38MAPK阻害剤SB203580によって、BSOの影響から回避できることを見いだした。そこで、SB203538をATM欠損マウスに投与したところ、幹細胞活性の低下が見られず、骨髄不全も見られなかった。さらに、野生型マウス由来造血幹細胞の連続移植において、SB203580の投与を続けたところ、幹細胞の枯渇を防ぐことを確認した。NAC投与も同様の効果を認めた。このことは、活性酸素の上昇とそれに反応したp38MAPKの活性化が造血幹細胞の枯渇の原因であることを意味する。合田グループと共同で、骨髄中の細胞を分画し、代謝産物を測定したところ、未分化細胞集団に還元型グルタチオン(GSH)が高いことが特徴的であった。このことは、通常の幹細胞では、レドックスが還元に傾いていることを意味する。以上のように低分子代謝産物の測定により幹細胞の生物的活性制御を理解する上で有用な成果を得た。

2)がん幹細胞の特定

がん幹細胞の動態を理解するため、その細胞集の特定を行った。これまでの研究で、骨髄のSP細胞は、造血幹細胞を特定しその動態もよく反映するマーカーになることを明らかにした。このSPが、白血病幹細胞のマーカーになりえるかどうかを検討した。急性骨髄性白血病モデルを作製する目的で、HoxA9およびMeis1をレトロウイルスベクターにより、マウス造血幹細胞に導入した。その結果、骨髄球系のマーカーを発現した白血病が発症し、この白血病マウスの骨髄細胞を採取し、SP細胞の出現を検討した。白血病マウス骨髄においても、SP細胞は存在していた。これらのほぼすべては、Mac-1陽性Gr-1陽性であり白血病細胞であることから、白血病細胞にもSP細胞が存在していることが判明したものの、二次移植にて白血病の発症に差があるかどうかを検討したが、有意な差は見られなかった。この白血病は、幹細胞ではなく前駆細胞から発症したと考えられ、この場合は必ずしも正常幹細胞のマーカーと一致しないことが示唆された。現在いくつかのがん幹細胞のマーカー候補分子を動物モデルを用い有用性を検討している。

合田グループ(代謝産物測定)

本年度は正常の造血幹細胞の代謝産物をCapillary Electrophoresis-Mass Spectrometry (CE-MS)を用いて測定する系の立ち上げを行った。そのために野生型マウスの骨髄よりflow cytometryを用いてKSL (c-kit+Sca-1+Lineage-)細胞およびMNC (mononuclear cells)細胞をそれぞれ6x105個ずつ分離した。この細胞を除タンパク後、上清を採取し、Ultrafree-CLを用いて5kDa以下の分画を採取した。これをAgilent Technologies社のCE-MSDシステムを用いて測定を行った。本システムでは、陽イオンおよびヌクレオチドはフューズドシリカキャピラリーを、陰イオンはSMILE(+)キャピラリーを用いて測定を行い、標準物質として利用できる34種の陰イオン、56種の陽イオンおよび31種のヌクレオチドについて解析を行った。その結果、50種以上の低分子化合物の測定が可能であることが明らかになってきた。現在、造血幹細胞特有なメタボリックマーカーを検索するために骨髄以外の細胞由来のメタボロームと比較検討を行っている。さらに、幹細胞に特異的な代謝産物を特定した後、少数の細胞でも感度よく検出するため、LC-MSによる測定を検討中である。

田賀グループ(造血幹細胞および神経幹細胞)

正常組織幹細胞とがん幹細胞の異同解析による幹細胞代謝の理解を目的として、造血幹細胞および神経幹細胞の特性の検討ならびに未分化性の維持と増殖を制御するシグナルの解析を行い、以下のような成果を上げた。

1)血液系:胎生中期のマウス胎仔の血管内皮様細胞から血球分化を再現する系として大動脈-生殖原基-中腎(AGM)領域の分散培養を用い、未分化血球細胞の形成・分化過程の検討を行った。AGM分散培養により生じた浮遊細胞をCD45およびc-Kitで展開するとCD45lowc-Kit+(集団A)、CD45lowc-Kit-(集団B)、CD45highc-Kitlow/-(集団C)の3つの細胞集団に分かれた。Cobble stone様コロニー形成アッセイなどから集団A細胞が未分化な細胞であることが示唆された。AGM分散培養の血球輩出においては、CD45lowc-Kit+を特徴とする未分化な細胞集団が形成され、顆粒球およびマクロファージなどに分化することが考察される。

2)神経系:自己複製能をもちながら、ニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトへの分化能を有する神経幹細胞のin vitroでの維持にはbFGFが用いられる。神経幹細胞を増殖させるこのbFGFは一方で未分化性の維持にも寄与する。意外にも神経幹細胞がbFGFシグナルとWntシグナルのクロストークによって増殖することや、両サイトカインのクロストークにより発現するcyclin D1が神経幹細胞のアストロサイト分化抑制作用を持つこともわかった。これらの知見は幹細胞の増殖機構と分化抑制機構を連携させるものであり、興味深い。

須田グループ(造血幹細胞)

幹細胞の局在と動態を理解するため、造血幹細胞とニッチ細胞の相互作用を解析し、幹細胞の分裂制御機構を検討した。静止期造血幹細胞に特異的に発現するTIE2受容体を介して、Ang-1が、骨芽細胞との接着を制御しているという仮説を立てて、Ang-1投与前後における幹細胞の遺伝子変化をマイクロアレイを用いて検討した。静止期幹細胞に特異的遺伝子をクローニングできた。クローニングした分子の機能を解析し、今後代謝との関係を明らかにする。また、静止期造血幹細胞では、Ang-1/TIE2の刺激により、N-カドヘリンやβ-インテグリンが増加することを見出した、そこで、in vivo, in vitroで検討したところ、N-カドヘリンは、細胞分裂を抑制し、幹細胞機能維持に働くことを明らかにした。さらに、これらの因子が、幹細胞制御に関与することが明らかになった活性酸素といかに関っているか検討を行う。

岩間グループ(がん幹細胞および造血幹細胞)

がん幹細胞を純化するため、FACS (Fluorescence activated cell sorter)を用いたアプローチを肝癌細胞に応用し、癌幹細胞の分離とその細胞生物学的特性の解析を試みた。SP (Side population)は、Hoechst33342処理後にUV励起すると、短波長(青)及び長波長(赤)の弱い蛍光を呈する細胞集団で、幹細胞活性を有することが知られている。そこで、4種類の肝癌培養細胞HepG2, Huh6, Huh7, PLC/PRF/5をHoechst33342(20μg/ml)にて染色し、FACSにて解析したところ、SP細胞画分はHepG2, Huh6では検出されなかったのに対し、Huh7, PLC/PRF/5ではそれぞれ全細胞中の0.2%、0.9%においてみとめられた。MTS assay, TUNEL assayの結果では、いずれの細胞株においても、SP細胞はNon-SP細胞に比して高い増殖活性とアポトーシス抵抗性を示した。また、AFP/CK19の(二重)免疫染色の結果、SP細胞ではNon-SP細胞に比してAFP/CK19共陽性の細胞の含有率が高く、より未分化な細胞集団である可能性が示唆された。分離されたSP細胞の皮下移植では1x103個にて腫瘍形成が確認されたのに対して、Non-SP細胞では1x106個の細胞移植によっても腫瘍は形成されなかった。また、SP細胞から形成された腫瘍のFACSによる再解析では、SP細胞とNon-SP細胞双方の細胞画分が存在し、二次移植の結果、SP細胞の移植によって再び腫瘍が形成された。以上の解析から、Huh7, PLC/PRF/5において、腫瘍形成能を有する極少数の細胞がSP細胞画分に限定的に存在していることが明らかとなった。したがって、これら肝癌細胞のSP分画は癌幹細胞のメタボローム解析に有用な細胞分画であるものと考えられ、今後メタボローム解析に使用する予定である。さらにマウス胎児肝臓における肝幹細胞分画であるc-kit+CD49+CD29+CD45-Ter119-細胞を分離し、レトロウイルスベクターにて活性型カテニンやBmi1を過剰発現させることにより肝癌モデルを確立しつつあり、この系も癌幹細胞のメタボローム解析に使用できるものと考え系の確立を進めている。

§3.成果発表等

(1)論文(原著論文)発表
平尾グループ
  • Ito K*, Hirao A*§, Arai F, Takubo K, Matsuoka S, Miyamoto K, Ohmura M, Naka K, Hosokawa K, Ikeda Y, Suda T§. Reactive oxygen species act through p38 MAPK to limit the lifespan of hematopoietic stem cells. Nature Med. 2006 12:446-451, 2006 *equally contributed, §corresponding author
  • Azuma M, Hirao A, Takubo K, Hamaguchi I, Kitamura T, Suda T. A quantitative matrigel assay for assessing repopulating capacity of prostate stem cells. Biochem Biophys Res Commun. 338:1164-70. 2005
合田グループ
  • Fujii K, Sakuragawa T, Kashiba M, Sugiura Y, Kondo M, Maruyama K, Goda N, Nimura Y, Suematsu M, Hydrogen sulfide as an endogenous modulator of biliary bicarbonate excretion in the rat liver. Antioxid Redox Signal. 7, 788-794, 2005.
  • Sugiura Y, Kashiba M, Maruyama K, Hoshikawa K, Sasaki R, Saito K, Kimura H, Goda N, Suematsu M. Cadmium exposure alters metabolomics of sulfur-containing amino acids in rat testes. Antioxid. Redox Signal., 7, 781-787, 2005.
  • Suematsu M, Tsukada K, Tajima T, Yamamoto T, Ochiai D, Watanabe H, Yoshimura Y, Goda N. Carbon monoxide as a guardian against hepatobiliary dysfunction. Alcohol Clin. Exp. Res., 29, 134S-139S, 2005.
  • Ishikawa M, Kajimura M, Adachi T, Maruyama K, Makino N, Goda N, Yamaguchi T, Sekizuka E, Suematsu M. Carbon monoxide from heme oxygenase-2 is a tonic regulator against NO-dependent vasodilatation in the adult rat cerebral microcirculation. Circ. Res. 97, 104-14, 2005.
須田グループ
  • Okamoto R, Ueno M, Yamada Y, Takahashi N, Sano H, Suda T, Takakura N: Hematopoietic cells regulate the angiogenic switch during tumorigenesis. Blood 105: 2757-2763, 2005
  • Yuasa H, Oike Y, Iwama A, Nishikata I, Sugiyama D, Perkins A, Mucenski ML, Suda T, Morishita K: Oncogenic transcription factor Evi-1 regulates hematopoietic stem cell proliferation through GATA-2 expression. EMBO J 24: 1976-1987, 2005
  • Yagi M, Miyamoto T, Sawatani Y, Iwamoto K, Hosogane N, Fujita N, Morita K, Ninomiya K, Suzuki T, Miyamoto K, Oike Y, Takeya M, Toyama Y, Suda T: DC-STAMP is essential for cell-cell fusion in osteoclasts and foreign body giant cells. J Exp Med 203: 345-351, 2005
  • Hamaguchi I, Morisada, T, Azuma M, Murakami K, Kuramitsu M, Mizukami T, Ohbo K, Yamaguchi K, Oike Y, Dumont DJ, Suda T: Loss of Tie2 receptor compromises embryonic stem cell-derived endothelial but not hematopoietic cell survival. Blood, 107: 1207-13, 2006
  • Ito K, Hirao A, Arai F, Takubo K, Matsuoka S, Miyamoto K, Ohmura M, Naka K, Hosokawa K, Ikeda Y, Suda T: Reactive oxygen species act through p38 MAPK to limit the lifespan of hematopoietic stem cells. Nature Med. 12:446-451, 2006
田賀グループ
  • Abematsu M, Kagawa T, Fukuda S, Inoue T, Takebayashi H, Komiya S, and Taga T. bFGF endows dorsal telencephalic neural progenitors with ability to differentiate into oligodendrocytes but not GABAergic neurons. J. Neurosci. Res., 83:731-743, 2006
  • Inoue T, Kagawa T, Fukushima M, Shimizu T, Yoshinaga Y, Takeda S, Tanihara H, and Taga T. Activation of canonical Wnt pathway promotes proliferation of retinal stem cells derived from adult mouse ciliary margin. Stem Cells, 24:95-104, 2006.
  • Yanagisawa M, Nakashima K, Ochiai W, Takizawa T, Setoguchi T, Uemura A, Takizawa M, Nobuhisa I, Taga T. Fate redirection of hippocampal astrocytes toward neuronal lineage by aggregate culture. Neurosci. Res., 53:176-182, 2005.
  • Yanagisawa M, Taga T, Nakamura K, Ariga T, and Yu. R K. Characterization of glycoconjugate antigens in mouse embryonic neural precursor cells. J. Neurochem., 95:1311-1320, 2005.
  • Mawatari Y, Fukushima M, Inoue T, Setoguchi T, Taga T, Tanihara H. Preferential differentiation of neural progenitor cells into the glial lineage through gp130 signaling in N-methy1-D-aspartate-treated retinas. Brain Res., 1055:7-14, 2005.
岩間グループ
  • Takayanagi S, Hiroyama T, Yamazaki S, Nakajima T, Morita Y, Usui J, Eto K, Motohashi T, Shiomi K, Keino-Masu M, Masu M, Oike Y, Mori S, Yoshida N, Iwama A*, and Nakauchi H. Genetic marking of hematopoietic stem and endothelial cells: Identification of the Tmtsp gene encoding a novel cell-surface protein with the thrombospondin-1 domain. Blood in press.
  • Matsubara A, Iwama A, Yamazaki S, Furuta C, Hirasawa R, Morita Y, Osawa M, Motohashi T, Eto K, Ema H, Kitamura T, Vestweber D, and Nakauchi H. Endomucin, a CD34-like sialomucin, marks hematopoietic stem cells throughout development. J. Exp. Med. 202, 1483-1492, 2005.
  • Kato Y, Iwama A, Tadokoro Y, Shimoda K, Akira S, Tanaka M, Miyajima A, Kitamura T, and Nakauchi H. Selective activation of STAT5 unveils its role in stem cell self-renewal in normal and leukemic hematopoiesis. J. Exp. Med. 202, 169-179, 2005.
  • Yuasa H, Oike Y, Iwama A, Nishikata I, Sugiyama S, Perkins A, Mucenski ML, Suda T, and Morishita K. Oncogenic transcription factor Evi-1 regulates hematopoietic stem cell expansion through the GATA-2 expression. EMBO J, 24, 1976-1987, 2005.

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