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幾何学的離散力学を核とする構造保存的システムモデリング・シミュレーション基盤

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谷口 隆晴

(神戸大学大学院 システム情報学研究科 准教授)

計算機シミュレーションは、様々な分野で活用されることが期待される一方、高度な専門知識を必要とするため、利用するハードルが高いという側面がある。CRESTプロジェクトのなかで谷口さんらは、誰でも手軽にシミュレーションができるように、AIを利用して観測データから自動的にモデルを作成し、物理シミュレーションができるシステムを開発した。ポイントとなるのは、物理法則に従いながら、様々な現象の予測ができるAI技術だ。

ルールに従うAIが、シミュレーションをより身近にする

実験や理論につぐ第3の手法として注目されるシミュレーション。実験や観測が難しい場合でも、対象とする事象の予測そして検証ができ、さらに新しい発見がもたらされる可能性もある。その一方、事象を適切に抽象化した数理モデルを考え、計算機で扱うための方程式を立て、プログラムを作成するのは、容易なことではない。研究対象だけではなく、高度な数理科学や情報学の専門知識が必要だ。「もっと手軽に、誰でもシミュレーションが行えるように、観測データを用意するだけで、人工知能が一気にモデルを立ててシミュレーションまで行うような、自動化システムをつくりたいと考えました」と谷口さんは語る。

しかし、従来のAIでは、現実の物理法則に従ったシミュレーションは難しい。「AIは答えを見つけ出しますが、当然のことながら物理法則のようなルールは知りません。さらに、コンピュータのシミュレーションは離散的な計算ですが、現実世界は“なめらか”に変化するので、どうしても実際の状態と乖離していきます。そこで離散的な計算でも物理法則に従う範囲で予測ができるようにAIを設定しました」。谷口さんらが開発したシステムでは、物体の観測データを与えると、AIが物体の運動がもつエネルギーの関数を抽出し、さらにニューラルネットの学習法である誤差逆伝播法を、方程式の導出に必要な微分計算に利用してシミュレーションまで行う。「物理現象のシミュレーションに必要な方程式はエネルギーの関数を微分して求めますが、誤差逆伝播法でも同様に、予測誤差を減らすために微分計算を行うので、これを利用してシミュレーションを進めることができます。さらにエネルギー保存則などを保って計算できるようにニューラルネットワークを設定し、物理法則に従った予測ができるAI技術を開発しました」。物理現象が複雑になるほど、エネルギーの関数を設定することが難しい。これがAIによって自動的に抽出される点も大きなメリットだ。

数学がバックグラウンドの谷口さんは、学生時代から楽器のシミュレーションに興味をもち、趣味としても取り組んできた。しかし、一般的な手法では、音の振動に伴うわずかな誤差が拡大し、適切な結果を得ることが難しかった。新しい手法が必要だと感じながら、そのままにしていた楽器のシミュレーションに、再び向き合う機会が訪れた。「企業との共同研究会で、楽器メーカーの方から、ピアノの音を物理シミュレーションで生成できないかと相談を受けたのです」。電子ピアノでは録音した音源が使用されているため、ペダル操作の強弱などを音に反映するのが難しい。そこで、ピアノの物理的な動作に基づいたシミュレーションで音を再現したいという要望だった。「しかし、ピアノの構造は複雑で、一つひとつの部品について、その動きと相互作用を反映したモデルを立てるのは大変です。そこで、部品の動画から自動的にモデルを作成できないかと考えました」。この出会いがきっかけとなり、人工知能と物理シミュレーションを組み合わせたCRESTプロジェクトが発足した。

谷口さんらは、開発したシステムを利用して、鍵盤の動きや二重振り子など、動作する物体の画像解析からのシミュレーションに取り組んでおり、動画の続きを作成する機能につなげることも目指している。さらに応用先の広がりも期待される。「理論上、亀裂の進展や結晶成長などにも使うことができるので、物が壊れる様子をシミュレーションしたり,雪の結晶がどのように出来ていくかを再現したりすることができると考えています。また、最近では、このような方法が化学反応や生命現象にも応用できることがわかりつつあります。将来的には、幅広い現象のシミュレーションが簡単にできるようになるかもしれません」。

また、谷口さんは、ウェブページでソフトウェアを公開することを計画している。使いやすいインターフェースを整え、“データだけでシミュレーション”を、誰でも体験できる環境を提供する。「まずは、おもちゃのように使ってもらいたい」と谷口さん。企業や一般の人、そして高校生にも広く使われることで、研究の新たな切り口や応用へのアイディアがもたらされるかもしれない。

CRESTプロジェクトについて谷口さんは「自分が最初に目指した方向とは、ちょっと違う方向に進んできたと思います。たくさんの人が集まる中で、やりたいことを言い出す人がいて、それをおもしろそうだと議論しながら、結果的によいものができてきました」と振り返る。さらに、予想外の展開もあった。「学内のイベントで様々な分野の研究者と話してみると、経済学や心理学など人文科学の分野でも、数学を使いたい方が多いことがわかりました。アンケートなどで取得したデータの解析や、音声から感情を評価する方法などの共同研究が進んでいます」という。

一方、過去には、企業との共同研究の中でシミュレーションの改善案を提案したものの、受け入れられなかったこともあるそうだ。「すでにあるものを置き換えるのは難しいとわかりました。逆に、企業側からテーマがもちこまれるようになると、今まで数学として考えられてこなかった問題がたくさんあることに気がつきました」と語る。AIを組み合わせたシミュレーションは、様々な分野と“数学”の出会いを促し、新たな可能性を開拓していくことだろう。

*取材した研究者の所属・役職の表記は取材当時のものです。

研究者インタビュー

インタビュー動画

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研究について

この研究は、CREST研究領域「数学・数理科学と情報科学の連携・融合による情報活用基盤の創出と社会課題解決に向けた展開(上田修功 研究総括)」の一環として進められています。また、CREST制度の詳細はこちらをご参照ください。

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