研究への情熱映像と取材記事

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多様な環境に自律順応できる水分ストレス高精度予測基盤技術の確立

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峰野 博史

(静岡大学 学術院情報学領域 准教授)

熟練した農家の栽培技術をAIでどう再現できるか。さきがけ研究者の峰野さんは、生育にかかわるさまざまなデータを計測し、トマトの甘みにかかわる水分ストレスを予測する研究を行っている。峰野さんは多様なセンサによるデータ収集システムの構築から深層学習を用いた生育モデルの開発に至るまで、情報学と農学の双方の知見を活かした研究に取り組んでいる。

農家の熟練の技を定量化
AIを活用した上手な水やりで甘いトマトを作る

近年では農業分野でも技術革新が進み、IoT やAI(人工知能)を活用したスマート農業が加速しつつある。峰野さんが取り組んでいるのはAIを活用した甘いトマトの栽培だ。AIで植物のしおれ具合を予測し、給液制御技術へ応用しようと研究している。

「与える水分を減らすとトマトが甘くなることをヒントに、AIで灌水を制御し甘くておいしいトマトをより簡単に作りたいと考えたのです」とセンサネットワーク研究が専門である峰野さんはいう。トマトを栽培するときに、水やりを少なくすると果実は小さくなるが、成分が濃縮されるため、糖度が上がり甘くなる。しかし、水を切らした栽培はトマトにとっては負担が大きく、給液量が少なすぎると生育が遅れたり、枯れたりしてしまう。このため、生育と糖度を両立させる給液制御は難しい。また、一般的にトマトは太陽光を利用した屋外のハウスで栽培されているので、温度や湿度、光量なども変化する。そこで、熟練した農家は経験と勘をもとに、生育の状況を見極めながら給液量を抑えて糖度を高めている。

峰野さんが目を付けたのが、熟練した農家は葉のしおれ具合を丹念にチェックしていることだった。葉がしおれるのは、植物の蒸散量が吸水量を上回る場合だ。しおれ具合をとらえた画像、気温や湿度等の環境データや過去の経験則をあわせてしおれ具合の変化パターンを定量化できれば、甘いトマトを作るのに最適な灌水の量とタイミングを予測できるはずだと峰野さんは考えた。

熟練農家が見ている葉のしおれ具合を精度よく推定するには、どんなデータが必要なのだろうか。峰野さんは、静岡県農林技術研究所と共同研究を始め、トマト栽培実験を行うハウス内に定点カメラを設置して植物の画像情報をとりこみ、画像処理によって葉がしおれるときの動きを抽出しようとした。

「画像のうち、しおれ時の葉の動きに着目することで、しおれによって動く葉の部分だけをくりぬいた画像を自動で作ることができるようになりました。この画像データに加え、センサで集めた温度や湿度、明るさなどの環境データを入力データとしたマルチモーダル深層学習によって、しおれ具合の学習に成功しました」と峰野さんは開発した新技術を説明する。深層学習とは機械学習の一種で、これまで難しかった特徴を多層のニューラルネットワークを用いることで抽出し学習できるようにした技術である。

開発した学習モデルでは、画像データから得られるしおれの動きに関係する特徴量を深層学習によって抽出し、さらに環境データも入力データとして重畳させて学習を進める。ここで峰野さんらは入力に用いる画像データに工夫を加えることで、大量の入力データがなくても精度よく学習することに成功した。こうして抽出されたしおれの動きに関係する超多次元の特徴量を、水分を根から吸い上げることのできなかった際にわずかに変化する茎の太さと紐づけることで学習し、トマトのしおれ具合や数時間後の状態を推定できるようになった。

「農学は専門外ですので、いまだに勉強しています。夏場のハウスは非常に蒸し暑く、過酷な栽培の現場で安定してデータを取り続けるシステムを構築することがいちばん大変でした。また、自動測定できればいいのですが、現場の方々が感じている全てのデータを収集することは現状の技術では難しいので、収穫までの数か月のあいだ3日に1度はデータを収集しにハウスへ通うこともありました。苦労はありますが、手応えがあり研究は奥が深く面白いですね」と峰野さんは語る。

さらに研究は進み、この深層学習モデルを搭載したAIをもちいて、品種や培地量に関係なく葉のしおれ具合に応じた自動灌水制御を実現しようとしている。「植物へ適度な負担をかけるようAIが自動的に水やりできるようになれば、人は水やり以外のことに時間を割くことができ、糖度が8度以上の高糖度なトマトも安定的に生産できるようになるはずです」と峰野さんは栽培実験を続けている。峰野さんが開発した技術は、トマト以外の作物や他の分野へも応用できると考えている。

高齢化が進み、農業の担い手が減ってきている現在、これまで築かれた熟練の技術を形式知化して継承できるようになれば、高品質な食物の安定生産に役立つことが期待できる。また、これまで農業になじみのなかった人が農業に取り組みやすくなることも考えられる。峰野さんは、「この技術を発展させ、農業AIの分野を活性化させていきたいですし、AIを活用して農業を成長産業にしたいです」と意気込んでいる。

*取材した研究者の所属・役職の表記は取材当時のものです。

研究者インタビュー

インタビュー動画

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より深く知りたい方へ

研究について

この研究は、さきがけ研究領域「情報科学との協働による革新的な農産物栽培手法を実現するための技術基盤の創出(二宮正士 研究総括)」の一環として進められています。また、さきがけ制度の詳細はこちらをご参照ください。

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