ERATO 巨視的量子機械プロジェクト Macroscopic Quantum Machines

PROJECT OVERVIEW

概要

ハイブリッド量子系

研究のあらまし

ラジオで使われる電波、太陽から降り注ぐ可視光、レントゲンで使われるX線も、入れ子になった電場と磁場が振動しながら光速で伝搬する波、電磁波です。電磁波は現在の情報化社会の柱で、様々な波長を持つ電磁波が適材適所で利用されています。例えば、波長が数センチメートルのマイクロ波は携帯電話の通話情報を、波長が数マイクロメートルの光は光ファイバーを通じてインターネット上の情報を運んでいます。
小さいエネルギーでたくさんの情報を送れるようにと電磁波をどんどんと弱めていくと、電磁波の粒子的な性質が顔をだし、究極的には光子として1つ…2つ…と数えられる物理的な対象物となります。光子の不思議な点は、粒子的な性質に加えて、もともとの電磁波が保持していた波の性質を併せ持つ点です。本研究チームは、この粒子的世界と波動的世界の融合した「量子の世界」で、「様々な波長の電磁波」を観測したり、制御したり、交換したりできるプラットフォーム「ハイブリッド量子系」の研究を行います。

図:ハイブリッド量子系

3つの問い

研究の意義をよりよく理解するため、3つの問いを立ててみました。

問1: なぜ、「量子の世界」か?

  • 微弱な電磁波を用いた省エネ情報通信を目指すと、おのずと「量子の世界」が顔を出します。
  • 量子的な状態は観測すると壊れるため、「量子の世界」では情報の漏えいのない安全性が担保された情報通信網ができます。
  • 「量子の世界」で計算をする量子計算機は、「量子の世界」で動作する情報通信網と接続することでネットワーク化(や大規模計算に必要なコンピュータの並列化が)できるようになります。

問2: なぜ、「様々な波長の電磁波」が必要か?

  • 電磁波は波長によってその特徴が違い、利用できる機器も大きく異なります。例えば、近赤外光領域には性能の良いレーザーや高感度・高速で動作する光検出器、低損失な光ファイバー等が充実しており、長距離通信には近赤外光が使われます。一方、マイクロ波領域には、安定な発信器、ミキサー、低雑音増幅器があり、電磁波の振幅と位相を独立に高精度で制御できます。超伝導量子演算素子は、このような高精度なマイクロ波機器を使って制御します。
  • 世の中には、関与する電磁波の波長や周波数が大きく異なる物理現象があります。たとえば、ナトリウム原子の発光はオレンジ色の可視光領域で波長は590nmなのに対し、水素原子の基底状態からは、波長21cm の電波が放射されます。磁気共鳴現象でも、水分子の陽子に起因する核磁気共鳴は、1Tの磁場で30MHz 程度のラジオ周波数で生じるのに対し、イッテリウム鉄ガーネット中の電子に起因する強磁性共鳴は、同磁場で 30GHz 程度のマイクロ波領域で生じます。

問3: 「ハイブリッド量子系」とは?

  • 電磁波どうしはほとんど相互作用しないので、電磁波の制御には何等かの物質を必要とします。特に「量子の世界」では扱う電磁波は微弱なため、物質との相互作用を増強させるために、電磁波を空間的に局在させる共振器を利用します。
  • 共振器で増強した電磁波が、共振器内の物質と強く相互作用すると、電磁波と物質の間でエネルギーを交換し、電磁波とも物質ともいえない両者が混合した系、「ハイブリッド量子系」になります。
  • 物質をとおした電磁波どうしの操作を可能とするハイブリッド量子系は、「量子の世界」で動作する情報通信網において異なる電磁波のプラットフォームをつなげることが可能なノードとして機能することが期待されています。

ハイブリッド量子系の例

本研究チームでは、様々なハイブリッド量子系の研究を遂行します。以下に例として3つの物理系を紹介します。

機械振動子

電磁波は放射圧を介して機械的に物質と相互作用します。この放射圧相互作用は、広範囲な波長の電磁波で実現できるため、大きく異なる波長の電磁波間を機械振動子を介して変換することができます。例えば、微弱なラジオ波領域の核磁気共鳴信号を、機械振動子を介して光で読み出すまったく新しい核磁気共鳴法の開発を目指します。

図:機械振動子

表面弾性波

物質の機械的な自由度と電磁波との相互作用は、放射圧相互作用の他にピエゾ効果や光弾性効果があります。これらの効果を積極的に用い、特に微小領域に励起エネルギーを局在できる表面弾性波に注目して、マイクロ波-表面弾性波-光の3者間での量子情報の受け渡しの実現を目指します。

図:表面弾性波

強磁性体

磁性を示す物質は、一般的に電磁波と磁気双極子相互作用を介してエネルギーや情報をやり取りします。また、それ以外にもスピン-軌道相互作用や電気双極子相互作用を介しても、磁性体と電磁波の相互作用を実現することができます。共振器を利用してこれら様々な相互作用を増強・制御する“共振器マグノニクス”の研究を推進します。

図:強磁性体