発達の多様相

発達の多様相

再考:身体性

身体性に関しては,すでにいくつかの定義や議論がなされているが,浅田,國吉らは,「行動体と 環境との相互作用を身体が規定すること,およびその内容.環境相互作用に構造を与え,認知や行動 を形成する基盤となる.」と規定している [24].身体を感覚・運動・認知を支える物理的基盤と考える と,身体の物理的構造による拘束 (形態) だけでなく,感覚器,運動器,認知の機能など,どのレベル まで生物学的な意味合いで,その内部構造を模擬するかは,議論のまとである.発達という時間軸を 考慮すると,身体の変化,局所的には,疲れであったり,性能劣化が生じる.また,情報処理の観点 からは,入力や処理可能なデータ量,および記憶容量の制限なども,発達を促す大きな要因と考えら れる.ただし,どのように関わるかは,発達の過程やその構造が明らかではないので,当然自明では ない.また,設計の観点からの解釈としては,従来の物理的様相や機能的様相で身体やシステム全体 を分断するのではなく,環境に対する振る舞いの単位でのまとまりとして身体やシステム全体を捉え ることが重要である.以下では,身体と運動,脳と感覚器,心の課題について触れ,その意味を考え てみよう.

 

身体と運動

人間をはじめとする動物の運動を生成する身体の基本構造は,筋骨格系である.これは,従来のロ ボットではジョイント・リンク構造に相当するが,大きな違いは,アクチュエータとして,前者では 筋肉が,後者では主に電磁モータが利用されている点である.電磁モータは,制御が容易であるなど の観点から,アクチュエータの代表であり,様々に利用されている.制御対象と制御手法を区別し, 制御手法を駆使することで,様々な動きを実現可能であるが,大トルク低速起動・低トルク連続運転 にむいた電磁モータを用いる従来のロボット・アーキテクチャでは,トルク,速度ともに大きく変化 する接触をふくむ,激しい運動は非常に困難である.これに対し,前者は,筋骨格系身体を効率的に 利用して,跳躍・着地,打撃 (パンチ,キック),投擲 (ピッチング,砲丸投げ) などの瞬発的な動作を 実現可能である [22].また,筋骨格の構造としては,一つの関節に対し複数の筋肉が,また一つの筋 肉が複数の関節にまたがって張り巡らされ,複雑な構造となっている [20].そのため個々の関節の個 別の制御は難しく,身体全体として,環境と相互作用し,動きを生成する.一見,不都合に見えるが, 逆に超多自由度ロボットにおける自由度拘束問題1 の解決策とも言える.
このような生物にならう筋骨格系の人工筋として,McKibben 型空気圧アクチュエータが注目され ている.これについては,後で触れる.

 

脳と感覚器

前節で身体運動の制御の観点からは,すでに脳における情報処理が含まれていた.脊髄反射系の運動から予測制御を含む高度な運動制御は,前頭前野 (計画,予測) および大脳基底核と小脳 (運動のコーディネーションと微調整) が絡む.脳の構造や機能はミステリーの固まりで,脳神経科学では,や やもすると微細な構造とその機能の解明に終始しがちで,身体を含む全体のシステムとしての理解が すすんでいない.
理解が進んでいると言われている末梢系でも,入力の感覚系と出力の運動系の研究は個別に行われ ていることが多い.しかしながら,例えば,視覚情報の解釈には,運動情報が必須と思われる研究と して,古くは Held and Hein [5] の研究がある.最近の知見では,8ヶ月の幼児で自己受容視覚に対す る移動器 (locomotor) 経験の役割が研究されており,自身の肉体運動でなくても,自身が制御した移 動経験により視知覚の発達が促されると報告されている [16].さらに極端な例では,見えなくても把 持したり,山道を歩くことができる「見えない視覚」という現象が報告されている [26].視覚は一般 に,背側系の where 視覚と腹側系の what 視覚の二つの経路があり [8],それらが統合されて,通常の 視知覚が構成されている.しかし,何らかの事故や障害により what 視覚経路が遮断されて,エッジ や線が知覚される (初期視覚野の処理) にも関わらず,物全体が知覚されない (腹側系の処理がなされ ていない).にもかかわらず,それまでの視覚運動経験から,頭頂系は生き残っており,断片的な視 覚情報と結びついた運動が生成可能である.このように,感覚系と運動系は,さまざまな形で強く結 びついている.
身体表象は,ボディスキーマ,ボディイメージと称されており,前者は,マルチモダルなセンサ情 報が無意識に統合される神経マップで,後者は,身体とその機能の明示的な心的表象とされている [15].また,モーターイメージとも称され,運動と密接に関係する.ラマチャンドランの実験で有名 な鼻が瞬時にして伸びる身体感覚など [17] は,運動のタイミングによりいとも簡単に脳がだまされる かを示している.このように,感覚・知覚の発達には運動が深く関与している.

 

心の課題

心の課題は,構成的な立場で考えると,複数のエージェント間の相互作用のモデル化に他ならな い.魚の群れ行動などと異なり,他者の同定を前提,もしくはその獲得過程を含んだ個体同士の相互 作用である.環境と相互作用する身体そのものであるエコロジカルな自己から,対人的自己,概念的 自己,時間的拡張自己へと変化すると考えられる [25] 自己の表象の発達は,他者との関係性を抜きに は語れない.この点が,脳部位への要素還元主義をメインとする現状の脳科学では,アプローチが困 難と考えられる点である.まさしく,「<心>はからだの外にある」[18].個体間の相互作用の典型で あるコミュニケーションをどうモデル化するかが,構成的手法の課題であるが,その始まりである乳 幼児と養育者の関係が,個体の発達ともからみ,抱っこなどの物理的接触から共同注意,(音声) 模倣, 非言語コミュニケーションから言語コミュニケーションにいたる発達モデルの構築が肝要である.

胎児と新生児のさまざまな発達

近年,胎児の立体ソナー動画などに観察されるように,受精から数週間で様々な動きがあることが 知られている2.若干古いが, 図1(上) に Vries et al.[2] のデータを示す.五感に関しては,触覚が受精後 第 7 週 (以下,同様),味蕾も 7 週くらいから出現しており,12 週には成人と同じ形態になるようであ る.聴覚,痛覚,瞬目などは 23 週,嗅覚は 28 週あたりには,組織的には完成しているが,子宮内では 嗅覚は働かないといわれいる.眼球運動は 31 週あたりから始まると言われている [21](図1(下)).

誕生後,自分のボディスキーマの学習,把持できる物体の学習,道具の学習,内的シミュレーショ ンの学習というように,徐々に発達していく [19].5ヶ月で自分の手をじっと見る (手の順・逆モデル の学習),6ヶ月で抱いた人の顔をいじる (顔の視触覚情報の統合),いろいろな角度からものを見る (3次元物体認識の学習),7ヶ月で物を落として落ちた場所をのぞく (因果性・永続性の学習),8ヶ月で 物を打ち合わす (物体の動力学的モデルの学習),9ヶ月でたいこを叩く,コップを持って口にもって 行く (道具使用の学習),10ヶ月で動作模倣が始まる (見ることができない動きをまねる:オツムテン テンなど),11ヶ月で微細握り,他者にものを渡す (動作認知と生成の発達:協調・共同行為の起源), 12ヶ月で,ふり遊びが始まる (内的シミュレーションの起源),そして,12ヶ月以降で他人の動きを見 ながらまねる.

このように,人間の赤ちゃんは,その胎児期および出生後,目覚ましい勢いで認知発達過程を示 す.0 歳から 1 歳における初期認知発達では,イメージングが困難で,あまりよく理解されていない が,以下が示唆されている.

  1. 乳児の脳の状態,すなわち構造と機能は成人の脳から引き出すことはできないし,すべきでも ない [9, 6, 4].
  2. 脳の機能の発達部位と保守管理部位は同じではない.言語発達の初期においては,左脳より右 脳の障害のダメージの方が大きい [1].
  3. 外見のパフォーマンスが同じように見えても,それを実現する神経構造は異なるケースがある.マ クロにみると皮質下から皮質への移動が全般に見られる.RJA (responding to joint attention) の 脳活動部位は一般の注意の部位 (左頭頂) と同じだが,IJA (the ability to initiate joint attention) は,前頭部を含み,言語に関連する部位に近い [11, 10].



図1 胎児の動きの創発 (文献 [2] の Fig.1 改変)(上)と中枢神経系の成長と五感の発達 (文献 [21] より) (下)

発達の多様相

前節で示した発達の様相をいくつかの視点からまとめてみる.多様な側面 (図2) を外から観 測した場合,内部構造としてとらえた場合,それらの基盤となるもの,そして社会的構造の観点から 切り出し,その背後にある構造を考えてみる3 .

赤ちゃんの発達過程を外部から観測した場合,中央制御ではなく,分散かつ自己組織化的で漸次的 過程と見なせる.発達段階の後段の構造は,前段の不完全で効率の悪い構造と行動表現の上に構築さ れ,これが通常の人工システムとの大きな違いである [7].また,乳幼児の生態学的な意味での拘束 は,必ずしもハンディではなく,むしろ発達を促す.脳,身体,環境の間の共同作用もしくはパタン 生成の固有の傾向は,各種「引き込み現象」を引き起こし,さらに,能動的探索により自己の身体表 象,先に触れた自由度の拘束などによる運動パタン生成など自己組織化過程が見られる [12, 13].

このような環境に対する能動的な探索と操作の結果は,発達心理学においては,知覚範疇と概念形 成であると考えられている.感覚やある種の知覚は運動とは無関係に処理されるが,知覚範疇は感覚系と運動系の相互作用に依存する.自己組織化過程において,ミクロな構造として各種の調整を行っ ている神経修飾物質があり,強化学習などにおける価値や神経可塑性と関連し,これらの相互作用に ついてメタ学習の計算モデルから予測する研究も行われている [3].

マクロスコピックには,養育者をはじめとする他者の関わりが,赤ちゃんの自律性/適応性/社会性 を助長している.養育者による足場作り (scaffolding) は,認知的,社会的,技能的発達に重要な役割 を果たす.また,乳幼児は養育者の反応に対す感受性期があり,養育者はこれに合わせて対応を調整 する.


図 2: 発達の多様相