科学コミュニケーションについて知りたい
吉川弘之対談シリーズ
「科学コミュニケーションを考える」
Vol.05
情報化時代のコミュニケーション -生のデータで対話するダイナミズムを考える
ゲスト 喜連川 優さん [情報学者]
国立情報学研究所 所長
第5回は、情報学がご専門の喜連川優さんと吉川弘之さんとの対談です。ビッグデータ、人工知能、IoT、ソサイエティ5.0などの言葉に代表されるように、これからの社会基盤の全てのインフラやシステムに、情報通信技術が大きな影響を与えます。科学コミュニケーションの観点ではこの状況をどのように捉えるべきか、議論がなされました。
情報通信を歴史的に見ると、昔は電話に代表されるように「一人が一人に伝える」こと自体に価値がありましたが、テレビの出現で「一人が多数に伝える」ことが可能になり、インターネットの発達により60億人が60億人と会話できる世界に変わりました。現在は、各人が膨大な情報を浴びせられ、常に受け取るべき情報は何かを取捨選択せざるを得ないと捉えることもできます。さらに、Facebookに代表されるソーシャルメディアは、個人の興味関心に沿った快適な対話空間を生み出しましたが、ネット上にはもはや、昔の茶室のように人間の普遍性をじっくり考える場はありません。氾濫する情報の中で他者との違いを見いだすことに走る人間は弱い存在であると、お二人は指摘します。
一方、ビッグデータの多様な利用が精力的に進められている中で、世界中の人々の挙動に関する情報が集約されるビッグデータから、他者の考え方や感じ方、変化する社会の様態が少しずつではあるものの可観測になりつつあると喜連川さんは話します。そんなデータを使えば、「物事を知りたい」という動機や、個人がより合理的に判断するためのヒントを与えられるかもしれません。
さらに、従来のコミュニケーションは言語が中心でしたが、これからは言語に加えて、データが手段となり得るという指摘もなされました。物理学に代表される従来の近代科学は、個々の事例を集合化し、単純で安定した系を見出し法則化するものでした。しかし、時間と共に変化する社会の複雑な系は、従来の科学の方法では扱いきれません。変化を中心に考える新しい科学が必要であり、それがデータによる科学ではないかという説です。データが科学コミュニケーションの質を変える時代に来ているというお話は、これからの科学を考えるための重要な示唆を与えてくれます。
[渡辺 美代子]
INDEX
- 00 イントロダクション
- 01 知のコミュニケーション -深い知を伝え合うことの意味
- 02 大学改革で実践する新しい対話 -学生目線で見出すこれからの教育
- 03 人類の進化が投げかける -科学コミュニケーションの行く先
- 04 基礎研究から臨床まで -見えない科学を社会に開く
- 05 情報化時代のコミュニケーション -生のデータで対話するダイナミズムを考える
- 06 専門語を自然言語に訳す -研究を始めた頃の素朴な疑問に立ち返る
- 07 意見の違いを認めて共に生きる -科学と社会はメタ合意の時代へ
- 08 言葉を超える理解の形 -博物館は科学の何を問い、伝えることができるのか