科学コミュニケーションについて知りたい
吉川弘之対談シリーズ
「科学コミュニケーションを考える」
Vol.04
基礎研究から臨床まで -見えない科学を社会に開く
ゲスト 高橋 政代さん [医学者]
理化学研究所 網膜再生医療研究開発プロジェクト プロジェクトリーダー
今回の対談は、加齢黄斑変性治療の臨床実験で、iPS細胞(人工多能性幹細胞)から作成した網膜細胞(網膜色素上皮シート)を世界で初めて移植した医学者で、眼科医でもある高橋政代さんをゲストにお迎えし、臨床の経験をもとに科学コミュニケーションについて吉川弘之さんと語っていただきました。
これまでの対談で、コミュニケーションは伝えたいという話し手の動機と知りたいという受け手の動機がうまく合致したときに成立することが分かってきましたが、患者のフィードバックがすぐに得られる医学の現場は、コミュニケーションの成立の可否が分かりやすい世界といえます。高橋さんが社会とのコミュニケーションの必要性を強く感じたのは、かつて、動物実験段階の実験結果が新聞に「網膜の再生医療につながる」と報じられ、偽りの期待を抱いて訪れた全盲の患者に真実を告げたことで二度目の絶望を味わわせてしまった経験にありました。患者に喜んでもらうために医者をしているにも拘らず、伝え方だけで間違った結果になることを知った経験でした。高橋さんはその後、社会とのコミュニケーションのあり方を求め、最近では、SNSを利用して世間の反応を試したり、メディア向けの勉強会を定期的に実施したりと、さまざまな試みをしています。その中で、患者をはじめとする関係者との信頼関係が何より必要であることが分かったと話します。
高橋さんは、自分で獲得したコミュニケーションを活かして研究を進めています。やりたいことを皆に伝え、共感してくれる仲間を見つけ、自分の力を何倍にもして研究を大きくするスタイルです。研究には、必ず浮き沈みの流れがあることも目撃したといいます。期待が大きい流行りの研究には大きな予算がつき、玉石混交となりそれを自ら制御できなくなることで反対派が生まれ、バッシングに移行していくつもの研究が消えていく。そんなパターンが多い一方で生き残る研究も確実にあり、生き延びるか否かの判明には20年程度の時間が必要であることも知ったそうです。高橋さんは、生き残る研究をするためには、研究を広い範囲で捉え、細かいことにこだわらずに本質を求めることが大事であると語ります。また、真に役立つ応用研究は論文の成果だけに留まらず、研究者は社会での実証につなげる責任を持たねばならず、その責任を経験した人でなければ他の応用研究の評価はできないとも語り、こうしたお話からは、研究に対する気概が十分に伝わってきます。
さらに、大きな成果につながる研究には必ずリスクがあり、直接関係する人たちはそのリスクを覚悟しながら進めようとしますが、狭い範囲にのみ興味を持つ第三者的立場の学者が止めに入ることも多く、科学者であっても、科学の本質を忘れてリスク・ゼロを求めかねない状況があると指摘します。また、吉川さんと共通の視点として、科学者は政策立案者に対してリスクを語らないことが多く、これが冷静な政策判断の弊害になっていることを懸念しています。本対談は、科学と社会のコミュニケーションのみならず、科学者の立場で科学研究そのもののあり方をも語り合うものとなりました。
[渡辺 美代子]
INDEX
- 00 イントロダクション
- 01 知のコミュニケーション -深い知を伝え合うことの意味
- 02 大学改革で実践する新しい対話 -学生目線で見出すこれからの教育
- 03 人類の進化が投げかける -科学コミュニケーションの行く先
- 04 基礎研究から臨床まで -見えない科学を社会に開く
- 05 情報化時代のコミュニケーション -生のデータで対話するダイナミズムを考える
- 06 専門語を自然言語に訳す -研究を始めた頃の素朴な疑問に立ち返る
- 07 意見の違いを認めて共に生きる -科学と社会はメタ合意の時代へ
- 08 言葉を超える理解の形 -博物館は科学の何を問い、伝えることができるのか