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友田プロジェクト(福井大学)の研究開発成果を発表しました。

2019年10月28日

【要約】

 福井大学子どものこころの発達研究センター 島田浩二 助教、友田明美 教授らの研究グループは、子育て中の養育者の体罰使用の背景要因の1つに、社会的認知過程注1)の表情認知の変容があることを発表しました。実験心理学的アプローチによる研究において、養育者の中でも体罰(叩く行為)を用いる人では、そうしない人と比べて、笑顔などのポジティブな表情を認識する能力が同等であるにもかかわらず、その表情を即時的に検出する(気づく)能力が低下していることが見出されました。子育て場面の中で、子どもや周囲の大人からのポジティブな表情に気づくことに問題が出てしまうと、ネガティブな表情に気づく機会を相対的に増加させてしまい、養育者本人のイライラや攻撃行動のリスクが高まる可能性があります。養育者の体罰使用や関連する深刻な事態に陥ってしまうことを予防するためにも、そのような行動の背景にある社会的認知過程の科学的理解に基づいた、養育者本人への啓発、子育て支援者への研修に繋がることが期待されます。

【研究の背景と経緯】

 2015年に国連総会では「持続可能な開発目標(SDGs)注2)」が採択され、2030年までに達成すべき目標の中の16.2には「子どもに対する虐待、搾取、取引及びあらゆる形態の暴力及び拷問を撲滅する」が掲げられ、国際社会共通の目標とされました。その目標達成のためには、社会全体で子どもの権利注3)が尊重される文化を育むことが必要とされ、子どもの権利の原則に基づいた子育ての考え方「前向き子育て(ポジティブ・ディシプリンなど)注4)」を持つことが推奨されています注5)。国際的には、これまでに世界57カ国(2019年10月時点)が家庭を含むあらゆる場面での子どもに対する体罰等(体罰及びその他の品位を傷つける行為)を法律で禁止し、その数は年々増えています注6)。あらゆる形態の暴力から法的に平等に保護される権利を子どもに与えようと、各国が法改正とともに、地域社会全体に向けて肯定的で暴力・暴言に頼らないしつけ(前向き子育て)に関する教育と意識向上を連動して行っています。体罰等の禁止を実現するための法改正には2つの不可欠な要件が存在します注7):①体罰等に関わる防御手段と許可をすべて削除(無効化)すること、②体罰等の明示的な禁止を規定すること。日本の現状はその実現の手前のところで、2019年に改正された児童福祉法及び児童虐待防止法では、親権者がしつけにあたって子どもに体罰を加えることの禁止を明文化しましたが、民法の「懲戒権」については施行後2年を目処に見直しなどの措置を講ずることの明記までに留まりました。すなわち、要件②は実現されましたが注8)、要件①は実現に向けた検討段階に入りました。
 日本国内の最近の調査注9)では、子どもへの体罰を容認する人が約6割にのぼるとされ、たとえ体罰を用いたくないと考えていても、周囲の人々が容認しているために、体罰によらない子育ての実践が難しいと感じている声が存在しています。体罰を子育て家庭の個々の問題として捉えるのではなく、地域社会全体の問題として、法改正と連動させながら、あらゆる形態の暴力を容認しない子育ての意識・態度へとアップデートする必要があるといえます注10)。

【研究の内容】

 そのような社会情勢の中で、福井大学子どものこころの発達研究センター 島田浩二 助教、友田明美 教授らの研究グループでは、子育て中の養育者が体罰使用に向かってしまう背景に潜む社会的認知過程に着目し、前向き子育てから体罰使用や関連する深刻な事態へと進行してしまうことを予防する養育者支援システムの構築に関する研究開発に取り組んでいます。
 このたびの研究では、ボランティアで参加した、就学前の子どもを育児中の健康な養育者(女性52名、平均年齢35.5±4.2歳、範囲27~46歳)を対象に、実験心理学的アプローチによる社会的認知過程の表情認知の測定を行いました。実験参加者には、表情認知を測定する実験手続きとして、ノートPCを用いた表情探索課題(図1)に取り組んでもらいました。その課題は、ターゲット表情の笑顔(Happy face)が画面中にあるならばYESボタン、無いならばNOボタンを押すという二肢強制選択の形式でした。その課題での探索数は、1、6、12個の3パターンが設定され、ターゲット表情以外(ディストラクター)の中立表情の数が増えるほどターゲット表情(笑顔)の探索に要する時間が増加する課題でした。ターゲット表情を効率的に探索する指標(探索効率)として、ターゲットが画面中にある場合の二肢強制選択に要する反応時間を、ターゲットが画面中に無い場合の反応時間から差し引いた値を用いました。その探索効率の値がプラスに大きいほど、ターゲット表情の笑顔をディストラクターの中からより素早く・効率的に検出できていることを示しています。
 実験に参加した養育者の中でも、子育て場面でしつけの一環として体罰を(たとえ軽度・低頻度だとしても)使用する群(13名)と使用しない群(39名)に分けられました。この群分けにおいて、ターゲット表情の探索効率を比較したところ、体罰を使用する群では、使用しない群に比べて、笑顔の探索効率が低下していることが分かりました(図2左)。一方で、笑顔自体の認識に違いがあるのかどうかを調べたところ、2群の間に違いは認められませんでした(図2右)。すなわち、養育者の中でも体罰を用いる人では、そうしない人と比べて、笑顔などのポジティブな表情を認識する能力が同等であるにもかかわらず、その表情を即時的に検出する(気づく)能力が低下していることが分かりました。この結果は、子育て中の養育者の体罰使用の背景の1つに表情認知過程の変容があることを示唆し、体罰使用や関連する深刻な事態に陥ってしまうことを予防するためにも、そのような行動の背景にある表情認知過程の科学的理解に基づいた、養育者本人への啓発、子育て支援者への研修、あるいは表情認知過程の変容を検出する技術の進展に寄与するものといえます。

【今後の展開】

 地域社会の子育て支援において、家庭で体罰を用いることなく子どもの権利が尊重された前向き子育てを促進できるように、周囲の支援者が、養育者の体罰使用の背景にある心の働き(表情認知過程)の変化に目を向けることができるようになることも重要なことの1つです。これまでの心理学研究の説明注11)によれば、体罰や虐待などの攻撃行動を取る養育者は、子どものネガティブな行動(例えば、おもちゃを散らかして片付けない)の中に敵意の意図を過剰に読み取ってしまう傾向(認識レベルの変容)があり、「なんでいつも困らせることをするの」とイライラを募らせて攻撃行動に至るリスクが高まってしまうとされます。本研究成果では、体罰を用いる養育者には、笑顔などのポジティブな表情の認識に問題がないにもかかわらず、その表情の即時的な検出(気づき)が低下していることが分かりました。子育て場面の中で、子どもや周囲の大人からのポジティブな表情に気づくことに問題が出てしまうと、ネガティブな表情に気づく機会を相対的に増加させてしまい、養育者本人のイライラや攻撃行動のリスクが高まる可能性があります。一方で、子どもや周囲の大人からのポジティブな表情に気づくことができるということは、養育者本人のポジティブな気持ちも高まることに繋がり(ポジティブ・ループ)、相手とのより良い関係性づくりの土台になってくれます。そのような体罰使用行動の背景に潜む表情認知過程の科学的理解の枠組みを用いることは、養育者支援システムの構築に寄与するものといえます。
 また、本研究においては、実験心理学的アプローチを用いて、養育者の表情認知過程が変容していることを客観的・定量的に把握できる評価法の開発に寄与する可能性もあるといえます。たとえどんなに健康な養育者でも、複合的な要因から、前向き子育ての実践に困難が現れ始めて、体罰による育児へと向かってしまうリスクが存在します。体罰使用行動の背景にある表情認知過程の変容を客観的・定量的に把握できるのであれば、その進行の徴候を早期に発見して適切な支援に繋げやすくする予防指標になり得ると捉えることができます。このような予防指標を用いた評価法は、市区町村などの親子健康保健事業、例えば、定期健康診査(1歳6ヵ月や3歳児健診)などにおいて利活用されることも想定されます。この評価法をアプリケーションとしてスマート・デバイス(例えば、タブレット端末)等に搭載することで、養育者本人や支援者の主観的な把握が難しい表情認知過程(気づき)の変容を簡易に測定することが可能となり、養育者本人や支援者によるモニタリングに利活用することができます。本研究では、このような客観的・定量的な評価法、あるいは科学的な研究成果に基づく啓発・研修なども組み込んだ養育者支援システムを構築・確立し、体罰によらない前向き子育ての実践を維持・促進できるような実効性のある社会システムとして提示することを目指しています。

【参考図】
図1:笑顔の探索課題
図1 表情探索課題は、ターゲット表情の笑顔が画面中に無いならばNOボタン、あるならばYESボタンを押す形式です。その探索数には、1、6、12個の3パターンが設定され、ターゲット表情以外(ディストラクター)の中立表情の数が増えるほどターゲット表情の探索に要する時間が増加します。ターゲット表情を効率的に探索する指標(探索効率)として、ターゲットが無い場合のNOボタン反応時間から、ターゲットがある場合のYESボタン反応時間を引き算した値を用い、その値がプラスに大きいほど、ターゲット表情をディストラクターの中からより効率的に検出できることを示します。


図2:[左]:笑顔探索課題における探索数ごとの探索効率(検出レベル)の結果
図2 [左]:笑顔探索課題における探索数ごとの探索効率(検出レベル)の結果。笑顔探索課題の探索効率に関して、体罰を使用する群では使用しない群に比べて、その探索効率(特に探索数12や探索数に対する傾き)がより低下していることを示しています。[右]:笑顔、中立顔、悲しみ顔の感情価及び覚醒度評定(認識レベル)の結果。それらの顔の感情価及び覚醒度評定に関して、体罰を使用する群と使用しない群の間における違いがなく同等であることを示しています。

【注釈】
1.Milnerのモデル10によれば、特定の対人行動に至る社会的認知過程には4段階として、(1)相手からの社会的信号(例えば、表情)を検出し、(2)その信号の意味を認識・解釈し、(3)関連する文脈を統合しながら相手への行動の選択を行い、(4)その行動を実行しモニタリングする。特に、本研究では社会的認知過程の第1段階と第2段階に焦点を当てた実験的検討を行った。
2.国際連合広報センター, "持続可能な開発目標 (SDGs)":https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
3.UNICEF, "子どもの権利条約":https://www.unicef.or.jp/kodomo/kenri/
4.前向き子育ての考え方とは、子ども支援専門の国際NGOセーブ・ザ・チルドレンの「ポジティブ・ディシプリン」によれば、子どもの権利の原則に基づき、子どもの発達段階のニーズに合わせて、温かさと枠組みを与えながら、長期的な視野を通して子どもが成長するために必要なことを教えるという考え方です:https://www.savechildren.or.jp/jpnem/jpn/pdf/positive_discipline.pdf
5.WHO, (2016) "INSPIRE: Seven strategies for Ending Violence Against Children": https://www.who.int/violence_injury_prevention/violence/inspire/en/
6.Global Initiative [GI] to End All Corporal Punishment of Children, (2019) "Global Progress":https://endcorporalpunishment.org/countdown/
7.GI & Save the Children, (2010/2014) "子どもに対する体罰を終わらせるための手引き―法改正と社会変革を通じて、体罰および残虐なまたは品位を傷つける罰をなくすために":https://www.savechildren.or.jp/work/protection/ECP_Manual.pdf
8.世界57カ国の大部分は「体罰」及び「その他の品位を傷つける行為」のあらゆる形態の暴力を法的に禁止しているが、日本は後者の行為(暴言など)を法的に禁止していない(厳密には要件②は"部分的な"実現)。
9.Save the Children, (2018) "子どもに対するしつけのための体罰等の意識・実態調査結果報告書―子どもの体やこころを傷つける罰のない社会を目指して":https://www.savechildren.or.jp/jpnem/jpn/pdf/php_report201802.pdf
10.社会全体で子どもの権利が尊重される文化を育もうとする動きの中で湧き起こる疑問への回答として、国際NGOセーブ・ザ・チルドレンの『子どもに対するあらゆる体罰を禁止するために―よくある質問集』があります:https://resourcecentre.savethechildren.net/node/12229/pdf/faq-2019-jp.pdf
11.Milner JS, (2003) "Social information processing in high-risk and physically abusive parents", Child Abuse Negl 27(1), 7-20:https://doi.org/10.1016/S0145-2134(02)00506-9

【論文タイトル】
"Less efficient detection of positive facial expressions in parents at risk of engaging in child physical abuse"
著者名:Koji Shimada, Ryoko Kasaba, Akiko Yao, Akemi Tomoda
※本成果は、以下の事業・研究開発領域・研究開発プロジェクトなどによって得られました。
戦略的創造研究推進事業(社会技術研究開発)
研究開発領域:「安全な暮らしをつくる新しい公/私空間の構築」
領域総括:山田 肇(東洋大学 名誉教授/NPO法人情報通信政策フォーラム 理事長)
研究開発プロジェクト名:「養育者支援によって子どもの虐待を低減するシステムの構築」
研究代表者:友田 明美(福井大学子どものこころの発達研究センター 教授)
研究期間:平成27年11月 ~ 令和3年3月

【問い合わせ先】
〈研究開発内容に関すること〉
 福井大学 子どものこころの発達研究センター
 島田 浩二(シマダ コウジ)、友田 明美(トモダ アケミ)
 E-mail:kshimada (at) u-fukui.ac.jp

〈JST事業に関すること〉
 科学技術振興機構 社会技術研究開発センター 企画運営室
 E-mail:pp-info (at) jst.go.jp