2026年1月13日
2025年11月28日、RISTEXが推進する「SDGsの達成に向けた共創的研究開発プログラム(情報社会における社会的側面からのトラスト形成)」(以下、DigiST)の2025年度プログラム全体会議が開催された。

本会議には、採択プロジェクトの研究者やプログラムのマネジメントを推進する総括・アドバイザーら約60名が参加。会議の後半では、研究活動におけるデータマネジメントをテーマとしたワークショップが実施された。本レポートでは、法学、情報学、教育学、社会学など多分野の研究者が一堂に会し、仮想事例をもとに議論を交わした様子を報告する。
社会技術研究に求められるデータマネジメント
ワークショップの冒頭、DigiSTの湯淺墾道総括が登壇し、本企画の趣旨とRISTEXにおけるデータマネジメントの重要性について説明した。

湯淺総括は、RISTEXの研究が人や社会を対象としているため、個人情報やプライバシー性の高いデータを扱う機会が多い点に言及。「かつては研究目的であれば、個人情報保護法が広く適用除外とされていたが、近年の改正で規制が精緻化され、学術研究機関にもより厳格な対応が求められている」と指摘した。
一方で、現場の研究者からは「大学の倫理審査を通った手法でも、論文投稿時にジャーナル側から指摘を受けた」「公開情報だから利用可能と判断したが、別の観点から問題視された」といった、戸惑いの声も上がっているという。
こうした背景を踏まえ、本ワークショップでは講義形式ではなく、判断に迷う可能性のあるケースを想定した仮想事例を題材に、参加者同士で解決策を探る形式がとられた。
【ワーク1】「個人特定」をどう防ぐ? SNSデータ分析の落とし穴
ワーク1では、架空の若手研究者が研究計画の段階で直面するトラブルを描いた動画を視聴し、現地参加者5~6名で構成される6つのグループごとに課題と解決策を議論した。

仮想事例1: 中学生のSNS利用データを分析する若手研究者
理系の若手研究者が、教育学部の教員と共同で「中学生のSNS利用とトラスト形成」に関する研究を行うことに。中学生のSNSチャット履歴などを収集して、信頼関係や孤立傾向についてAIで分析する計画を立て、倫理審査委員会に提出したところ、以下の厳しい指摘を受けてしまった。
- 会話内容や文体から個人が特定されるおそれがある
- SNS履歴には、同意していない第三者の発言や画像も含まれる可能性がある
- 中学生本人の理解能力や保護者への同意の取り方に工夫が必要
- 「孤立傾向」などの結果が、生徒へのレッテル貼りや不当な評価につながるリスクがある
倫理員会からの指摘を踏まえ、どのような計画にすれば研究を進めることができるか?
この事例に対し、各グループからは実践的な解決策が提案された。個人特定のリスクについては、研究の目的を達成するために、必要な最小限のデータを取るべきではないか、という点が議論の焦点となった。
「個人の人物情報は見ないで、発言の頻度や時間帯といった関係性のみを見ることで分析が可能ではないか」といった、意見が出された。
また、「研究を通じて何を明らかにしたいのか、が明確でないと反論が難しい。研究テーマによっては、そこまでセンシティブなデータが不要な場合もある」という根本的な問い直しや、保護者の同意に加え、生徒本人へのわかりやすい説明と拒否権の保障といった同意取得の手続きの重要性も指摘された。

「孤立傾向」といった分析結果の扱いについては、「あくまで傾向であり、断定的な評価ではないことを明確にすべき」との意見も。また、個人に対する不用意なレッテル貼りを避けるため、結果は中学生本人にフィードバックするわけではなくあくまでも論文としての公表に留める、もし教育現場からフィードバックがほしいと言われた場合も、「これはレッテルではない」ということを丁寧に説明するなど、細心の注意を払う必要があるといった声もあった。
【ワーク2】「アプリ開発に使いたい」……その企業連携、大丈夫?
続いてワーク2では、研究成果の社会実装を目指す段階での企業連携をテーマに、議論が行われた。
仮想事例2: スタートアップ企業からのアプリ開発の誘い
「中学生のSNS利用とトラスト形成」の研究が進み、メディアでも成果が紹介されたことで、ある教育系スタートアップ企業から「先生の研究データとモデルを活用して、学校向け見守りアプリを開発したい」と提案を受ける。
しかし、手元にあるのは「研究目的」で同意を得て収集したセンシティブなデータ。企業の事業開発にそのまま協力してよいのか?
このケースに対し、多くの参加者が「そのままのデータ提供は困難」と判断した。法学系の知見を持つ参加者からは、「研究目的で集めたデータを営利企業のアプリ開発という別の目的に転用することは、当初の説明と異なるため信義則に反する」との見解が示された。法律上、目的外利用には本人の再同意が必要となるが、現実的に数百人規模の再同意を取得するのは困難であるという実務的な壁も指摘された。

では、社会実装をどう進めるべきか。建設的な代替案として、「生データそのものを渡すのではなく、研究で得られたモデル(アルゴリズム)やノウハウを提供し、監修するという形をとるべき」という提案がなされた。また、どうしてもデータが必要な場合は、企業と共同研究契約を結んだうえで、適切なプロセスを経てデータを新たに取得し直すのが最も確実であるという意見もあった。いずれにせよ、研究者個人の判断で進めるのではなく、大学の知財・法務部門や専門家を交えて契約を確認することの重要性が強調された。
法制度や消費者の感情。さまざまな面から、データ活用のリスクを考える
グループ発表の後、会場に参加していた各分野の専門家から補足コメントがあった。
企業の法務経験を持つ参加者からは、「学術研究には、個人情報保護法の例外規定があるものの、このケースでは研究に使うだけではなく第三者への提供になり、学校内でのトラブルのリスクも高いため、配慮が必要」と注意喚起があった。
また、情報セキュリティの専門家からは「外部からの攻撃だけでなく、内部のミスや管理不備による漏洩リスク」について、消費者問題の専門家からは「同意書へのサインだけでなく、対象者に『なぜこのデータが必要か』を納得してもらう説明プロセスの重要性」について、それぞれ言及があった。

今回のワークショップでは、法制度や研究倫理だけでなく、技術的な問題や同意取得のプロセスなどさまざまな観点から議論が展開された。RISTEXが目指す社会課題の解決には、データの利活用が不可欠だ。そのためには、研究対象者や社会からの「信頼(トラスト)」もなくてはならないものであることが、改めて示される機会となった。