大腸菌を代表とするグラム陰性細菌のリポ多糖(LPS)(注1)はエンドトキシン(注2)ともよばれ、感染した患者に重症敗血症(注3)などを引き起こします(図1)。重症敗血症の有効な治療薬は未だなく、米国のみの統計でも、重症敗血症の死亡率は29%と高く、年間の死者は21万人を超えるとされています。細菌のLPSを認識して病気を引き起こすタンパク質は、宿主である患者の持つ「TLR4」と「MD-2」という受容体(注4)とされていましたが、どちらがLPSを識別しているのかは不明であり、また、その立体構造も不明でした。
本研究では、TLR4と共同して働くヒトMD-2タンパク質を酵母で作り、X線結晶解析法でその立体構造を世界で初めて解明しました。さらに本研究チームは、大腸菌においてLPSのエンドトキシンとして働くコアの部分であるリピドA(注5)の前駆体リピドIVa(注5)がMD-2に結合した複合体の構造解析にも成功しました(図3、4)。リピドIVaは、リピドAに対抗して作用し、エンドトキシンの働きを抑えるアンタゴニスト(遮断薬)(注6)として働きます(図2)。複合体の構造を見ると、MD-2にはリピドと非常に親和性の高い疎水性の深いポケットがあり、リピドIVaの脂肪酸の部分がその中に完全に埋め込まれ、糖とリン酸基の部分はポケットの入り口に結合していました(図5)。このことは、MD-2とTLR4の共受容体のうち、MD-2がエンドトキシンのコアを識別することを示しています。
本研究により、エンドトキシンのコアを識別するタンパク質がMD-2であること、長い間なぞであったアンタゴニストの立体構造、およびMD-2複合体の立体構造が分かったことから、敗血症の治療薬の開発が進展するものと期待されます。
本研究は、JST戦略的創造研究推進事業チーム型研究(CREST)「免疫難病・感染症等の先進医療技術」研究領域(研究総括:岸本忠三 大阪大学大学院生命機能研究科 教授)の研究課題「病原体糖脂質認識シグナル伝達機構の解明」の研究代表者・三宅健介(東京大学医科学研究所 教授)のチームのメンバーである佐藤能雅(東京大学大学院薬学系研究科 教授)と大戸梅治(同 助教)らが中心となって行っています。今回の研究成果は、2007年6月15日(米国東部時間)発行の米国科学雑誌「Science」に掲載されます。
<研究の背景と経緯>
大腸菌などのグラム陰性細菌のリポ多糖(LPS)は、糖鎖、リン酸基と脂肪酸鎖からなる複雑な分子です。これら細菌への感染の防御は、自然免疫系(注7)の分子が担っています。細菌の持つ病原性のLPSを認識し、細胞の防御を起動する重要な分子として、宿主側のToll-Like Receptor 4(TLR4)の受容体が挙げられます。一方、感染に伴って、宿主の自然免疫系が過度に応答すると、敗血症性ショックを伴う重症敗血症が引き起こされます。
重症敗血症の有効な治療薬は未だなく、米国のみの統計でも、重症敗血症の死亡率は29%と高く、年間の死者は21万人を超えるとされています。
病原性のLPSは、エンドトキシンともよばれ、敗血症のみならず、歯周病などの病気を引き起こすとされています。LPSの活性中心のコア部分は大腸菌ではリピドAです。リピドAの前駆体でもあるリピドIVaはリピドAと競合的に作用する拮抗性をもつことから、その働きを抑えるアンタゴニスト(遮断薬)として働きます。
LPSを認識して病気の引き金となるタンパク質としてTLR4が着目され、これと共同して働くタンパク質として、MD-2が見出されていました。しかし、LPSを認識・識別するのはどちらか一方なのか、あるいは双方かは不明でした。また、LPSのコアの立体構造は長い間のなぞで、MD-2などの病原体のパターンを識別するタンパク質の病原性物質との複合体の立体構造も明らかになっていませんでした。
さらにMD-2は、MD-2関連脂質認識タンパク質(MD-2-related lipid recognition proteins、ML)とよばれる一連のタンパク質を、文字通り代表するものです。MLには、ダニのアレルゲンを識別するタンパク質も含まれます。これまでは、アレルゲンなどが結合した状態のMLの立体構造はもちろん、自然免疫に関わるタンパク質で抗原と結合している状態の立体構造は得られていませんでした。
敗血症の治療薬の開発に向けてこれらの課題を解き明かすため、本研究チームのメンバーの佐藤能雅(東京大学大学院薬学系研究科 教授)は、大戸梅治(同 助教)、深瀬浩一(大阪大学大学院理学研究科 教授)と三宅健介(東京大学医科学研究所 教授)と共同して、ヒトMD-2を大量に発現させ、結晶化し、立体構造をX線結晶構造解析法により世界で初めて解明しました。さらに、MD-2にリピドIVaが結合している複合体の結晶構造も同様に解明しました。
<研究の内容>
MD-2を発見した三宅教授のMD-2遺伝子をもとに、佐藤と大戸のグループは、ヒトとマウスのMD-2を大量に調製するため、特殊な酵母の発現系を準備しました。ヒトMD-2はアミノ酸残基が160個で、糖鎖が付加されている糖タンパク質です。しかも分泌シグナルの役目を果たす余分なペプチドがその前方に付加したポリペプチド鎖として発現されます。そのため、X線結晶構造解析などの研究に必要な量のMD-2を得ることが困難で、また、付加される糖鎖が大きくて不均一なため、精製して結晶を析出させることもできませんでした。
測定に用いるMD-2タンパク質の試料の調製では、メタノールを生育のエネルギー源とする酵母を用い、発現する遺伝子には酵母の分泌シグナル配列と精製用のタグを組み込む工夫を行うことで、大量発現に世界で初めて成功しました。付加された糖鎖も、糖鎖切断酵素で処理することにより、MD-2タンパク質の2カ所にそれぞれ1個だけを残すように、均一に短鎖化しました。分泌シグナルが除去されて発現されたタグ付きMD-2からタグを酵素処理で除き、本来のヒトMD-2と同じポリペプチド鎖のものを精製し、結晶を得ることができました。結晶のX線解析では、大型放射光施設SPring-8の放射光X線も使用しました。
まず、ヒトMD-2の結晶構造を分解能2.0Åで解析しました。深瀬教授らが合成したリピドIVaとMD-2の共結晶を析出させ、分解能2.2Åで解析しました。これらはいずれも世界初の成果です。こうして得られた2つの三次元構造データを公開するため、世界的な登録システムであるProtein Data Bank(http://www.pdb.org/)にも既に登録してあります。
図5のAに示すように、エンドトキンが結合していないMD-2には疎水性の深いポケット状の溝があり、MD-2のみの結晶では、そのポケットのなかに酵母由来のミリスチン酸分子に相当する3個の分子がすっぽり埋め込まれています。感染していないヒトのMD-2に何が結合しているかは分かっていませんが、今回見出されたミリスチン酸はその有力な候補となりました。MD-2の表面には2個の糖鎖結合部位があり、結合しているN-アセチルグルコサミンも認められます。
一方、図5のBに示すように、リピドIVa複合体では、リピドIVaの4本の脂肪酸の鎖の部分がその中に完全に埋め込まれ、糖とリン酸基の部分はポケットの入口に結合しています。このことは、MD-2とTLR4の共受容体のうち、MD-2がエンドトキシンのコアを識別することを示しています。単体のMD-2と複合体のMD-2の立体構造を比較してみると、その違いはほとんどなく、アンタゴニストのリピドIVaが結合してもMD-2の構造には変化がないことも分かりました。
<今後の展開>
毒素エンドトキシンのコアを識別するのがMD-2であること、長い間なぞであったエンドトキシンの働きを抑えるアンタゴニストの立体構造、さらに、アンタゴニストとMD-2複合体の立体構造が分かったことから、敗血症の治療薬の開発が進展するものと期待されます。
コアを識別するMD-2を対象とする化合物の設計と評価が、今回調製したヒトMD-2試料を用いて行うことができます。
立体構造が解明されたリピドIVaは、ヒトではエンドトキシンの働きを抑えるアンタゴニストです。この複合体の構造に基づく薬の設計structure-based drug design(SBDD)が直ちに可能となります。SBDDでは、結合している物質の構造を利用、改良して、より有効な物質を設計できます。
MD-2を利用するLPSの除去法の開発も、立体構造の活用によって可能になるのではと期待されます。
図1. 自然免疫系のMD-2とTLR4の受容体、敗血症のイメージ |
図2. リピドIVaとリピドAの化学構造 |
図3. ヒトMD-2とリピドIVa複合体の立体構造(ステレオ対) |
図4. リピドIVaとMD-2の結合と相互作用の詳細 |
図5. ヒトMD-2の分子表面 |
用語解説 |
<掲載論文名>
「Crystal Structures of Human MD-2 and Its Complex with Antiendotoxic Lipid IVa」
(ヒトMD-2と、そのエンドトキシン遮断性リピドIVaとの複合体の結晶構造)
doi: 10.1126/science.1139111
【研究領域等】
この研究テーマが含まれる研究領域、研究期間は以下のとおりです。
戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST) | |
研究領域: | 「免疫難病・感染症等の先進医療技術」 (研究総括:岸本忠三 大阪大学大学院生命機能研究科 教授) |
研究課題名: | 「病原体糖脂質認識シグナル伝達機構の解明」 |
研究代表者: | 三宅 健介 東京大学医科学研究所 教授 |
研究期間: | 平成13年度~平成18年度 |
<お問い合わせ先>
佐藤 能雅(さとう よしのり)
東京大学 大学院薬学系研究科 機能薬学専攻
〒113-00337 東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-5841-4840 FAX:03-5841-4891
E-mail:
瀬谷 元秀(せや もとひで)
独立行政法人科学技術振興機構
戦略的創造事業本部 研究推進部 研究第一課
〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
TEL:03-3512-3524 FAX:03-3222-2064
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