成果概要

食の心理メカニズムを司る食嗜好性変容制御基盤の解明[1] 食の心理メカニズムを司る食嗜好性変容制御基盤の解明

2023年度までの進捗状況

1. 概要

マウスを用いた研究「食の心理メカニズムにおいて食嗜好性により情動を産生する機構の解明」では、ヒトにおいて観察される特徴的な食嗜好性変容の現象をモデルとした食行動課題を用いて、食経験を記憶するエングラム(食記憶貯蔵)、食嗜好性決定に関わる脳領野、さらに、食による情動産生を誘導する領野の同定を進めました。これらの研究成果として、特定の食物を摂食後に活動するエングラムニューロンの発見、高嗜好性食摂食後にポジティブな情動が産生される機構の解明が進みました。興味深い点として、嫌悪性を示す嗜好性の低い食物の嗜好性が経験依存的に向上する実験モデルの確立にも成功しました。一方、ヒト対象の研究とした研究「ヒトの食行動心理メカニズム解明に向けた食嗜好性変容誘導課題の開発」では、ヒトにおける食嗜好性変容の神経基盤を理解するためのfMRI等による脳画像解析に向けて、マウスとヒトで観察される感性満腹感に着目して、動画課題の開発を進め、動画視聴によって感性満腹感を誘導できることが認められました。

2. これまでの主な成果

食経験を記憶する記憶エングラムの同定(マウス研究)

前年度では、チーズ摂食後の神経活動依存的遺伝子発現を指標にして、食物摂食後に神経活動を示す領野を解析し、前頭前野などに食記憶エングラムが存在することを示唆しました。この結果に基づいて、ウイルスを用いてニューロン(神経細胞)にカルシウム指示薬を発現させて脳搭載型顕微鏡を用いて自由行動下でCa2+イメージングを実施しました(左下図)。その結果、特定の食物を摂食後に神経活動するニューロンを発見し、食記憶エングラムの同定が進展しています。

図
食経験による情動産生機構の解析(マウス研究)

前年度に確立したチーズによる条件づけ場所嗜好性課題を用いて、食によりポジティブな情動を産生する機構を明らかにするために、神経活動依存的遺伝子発現を指標にして高嗜好性食による条件づけ場所嗜好性記憶の想起(思い出し)時に活性化される脳領域を網羅的に解析し、ポジティブ情動の産生に関わる脳領域の同定を進めました。

食嗜好性を決定する脳領域の解析(マウス研究)

チーズ、甘いチョコレートや、カカオ成分の多いビターチョコレートを用いて、初めてこれらの食物を摂食した際に活性化する脳領域の同定を進めました。その結果、嗜好性に関わらずに、初めての食物を摂食した後に活性化される脳領野、嗜好性の高い食物の摂食後に活性化される脳領野、嗜好性の低い食物の摂食後に活性化される脳領野が存在することが明らかとなりました。従って、食嗜好性の高低に応じて脳内で異なる神経回路が働くことが示唆されました。

人為的に食嗜好性を向上させる課題の確立(マウス研究)

条件付け味覚嫌悪はヒトを含めた動物で広く観察され、初めて摂食する食物摂食後に内臓不快感を経験することでその食物を忌避するようになる(食あたり後にその食物を嫌いになるような)現象です。この課題を参考にして、苦味溶液 (キニーネ水溶液) 摂取時にニコチンを投与して快情動を産生させる、すなわち、苦味と快情動の条件付けにより苦味溶液に対する嗜好性が向上することを明らかにしました。興味深いことに、この現象は苦味溶液としてコーヒーを用いた場合にも同様に観察されました。以上のように、苦味溶液に対する食嗜好性を人為的に向上させることに成功しました。

図
ヒトとマウスにおける感性満腹感のメカニズムの解析

感性満腹感とは、同じものを食べ続けるとその食べ物に対する嗜好性が低下する現象です。マウスの場合、餌AとB(穀物餌と精製餌)を用意し、餌Aを1時間自由摂食させた直後に、餌AとBを同時に与えると餌Bを多く食べます。現在、この感性満腹感に関わる脳領域の同定を進めています。一方、ヒト対象の研究では、fMRI等による脳画像解析を実施することを目的として、ヒトの感性満腹感を検出する動画課題の開発を進めました。スナック菓子を食べることを想像させる動画視聴を作成してアンケート調査を実施した結果、自分で食べることを想像したスナック菓子に対してのみ感性満腹感が生じる結果が得られました。以上より、実際に食べずとも高確率でヒトの感性満腹感を引き出し、食嗜好性変容を検出する動画課題が完成しました。

3. 今後の展開

今後は、化学遺伝学と光遺伝学を用いて、マウスにおける食記憶エングラムの解析を進め、食の嗜好性を変容させる、また、ポジティブな情動を産生させる脳内の生物学的なメカニズムの解明に取り組みます。さらに、今回開発した、感性満腹感を誘導する動画を用いて、fMRI等を用いてヒトにおいて食嗜好性変容の神経基盤を理解することを目指します。以上の解析を通して、ヒトとマウスの解析結果の比較や相同性を調べることで、食嗜好性変容の神経基盤を理解することを目指します。