成果概要

ネットワーク型量子コンピュータによる量子サイバースペース3. 半導体ネットワーク型技術

2022年度までの進捗状況

1.概要

本研究開発テーマでは、半導体量子ドット中の電子や正孔の持つスピンを量子ビットとする半導体量子コンピュータをネットワーク化するための光子とシリコン量子ビットの量子インターフェース技術とシリコン量子ビット間結合技術を開発します。加えて半導体量子コンピュータの光ネットワーク接続技術の開発も推進します。これらの研究開発テーマの達成により、半導体量子コンピュータのネットワーク化の要素技術を確立し、ネットワーク型量子コンピュータによる大規模化を開拓します。これにより目標6で目指す誤り耐性汎用型量子コンピュータ実現に貢献します。
この達成に向けて、シリコン量子ビットで構成されるNISQ規模の量子コンピュータをネットワーク化するシリコン量子ビット間の中長距離接続技術や、通信波長帯光子との量子インターフェースとしてのゲルマニウム正孔量子ドット、さらにもつれ光子対から遠隔スピン量子ビット間のもつれ生成など、半導体量子ビットの高い電気制御性、集積性、さらに光デバイスとしての通信波長帯光子との結合など多くの利点を生かした新しい量子インターフェースとネットワーク化基盤技術の開発に挑戦します。これまでは単一光子から単一電子スピンへの量子状態変換の実証にとどまっており、本プロジェクトで、シリコン量子コンピュータのネットワーク化と光ネットワーク接続による大規模化を目指した要素技術の研究開発を推進します。

スピン量子ビットにおいて単一光子から単一電子スピンへの量子状態変換を行う量子インターフェースの概念図
スピン量子ビットにおいて単一光子から単一電子スピンへの量子状態変換を行う量子インターフェースの概念図

2.2022年度までの成果

①半導体スピン量子ビットに対する断熱ショートカット

シリコン量子ビット間の中距離接続技術として、1次元スピン量子ビットに電子スピン鎖を形成し、その両端のスピン間の交換相互作用の断熱操作により、量子状態を端から端へ転写する断熱量子状態転写があります。しかし断熱遷移を利用しているため、スピン鎖が長くなるにつれて、断熱操作に時間を要するという課題があります。一般に断熱操作に対する断熱ショートカットという高速化の方法が知られていますが、スピン量子ビットではまだ報告されていません。我々は単一スピン量子ビットの反転操作に対して、非断熱過程を抑制する制御項を加えることで、断熱ショートカットを初めて実現しました。これは上記の断熱量子状態転写の課題の解決につながる可能性があります。

(左)断熱ショートカットの模式図。常に基底状態をたどって高速にスピン状態が反転。(右)スピン反転確率の操作時間依存性。断熱遷移(●)に比べて断熱ショートカット(■)では短い操作時間で高い反転確率が達成されている。挿入図はスピードアップ因子を示す。
(左)断熱ショートカットの模式図。常に基底状態をたどって高速にスピン状態が反転。(右)スピン反転確率の操作時間依存性。断熱遷移()に比べて断熱ショートカット()では短い操作時間で高い反転確率が達成されている。挿入図はスピードアップ因子を示す。
②2重ドット中のドット間遷移を利用した高速・高忠実度電子スピン操作の実現

従来、電子スピン操作は単一量子ドット中で行われていますが、これを多重ドットに拡張し、量子ドット間遷移を利用することで実効的に電気双極子モーメントを増強し、電子スピン操作を高速化することに成功しました。さらにこの高速スピン操作の条件ではラビ緩和時間も最大化され、GaAs量子ドットとしては最高の99%を超える高忠実度操作を実現しました。この成果は、本プロジェクトで取り組む、シリコンスピン量子ビット間結合や光子との量子インターフェースのための、スピン量子ビットと超伝導共振器との結合をより強くする方法として検討します。

(左)GaAs多重量子ドットの電子顕微鏡写真。微小磁石(青四角)の間の二重量子ドットを用いた。 (右)ラビ周波数(●)とラビ緩和時間(●)の二重量子ドットのドット間エネルギー離調依存性。100 MHzを超える高速操作と長いラビ緩和時間が離調ゼロ付近で実現できている。
(左)GaAs多重量子ドットの電子顕微鏡写真。微小磁石(青四角)の間の二重量子ドットを用いた。 (右)ラビ周波数()とラビ緩和時間()の二重量子ドットのドット間エネルギー離調依存性。100MHzを超える高速操作と長いラビ緩和時間が離調ゼロ付近で実現できている。

3.今後の展開

今後は、通信波長で動作するスピン量子ビットとしてゲルマニウム量子ドットを確立し、光子―スピン量子インターフェースを確立するとともに、上記の高忠実度操作をもとに超伝導共振器との複合素子の開発を進めます。これはシリコン量子ビットと光子との接続のための量子インターフェースとシリコン量子ビット間結合の両方に有用です。また半導体量子ビットの光ネットワーク化のために、もつれ光子対を導入しもつれ配信の研究へと展開していきます。