取材レポート

第8回研究公正に関する世界会議(2024)WCRI 報告


第8回WCRIの会場外観
第8回WCRIの会場外観
 第8回研究公正に関する世界会議(8th World Conference on Research Integrity, WCRI)が、2024年6月2日から6月5日までギリシャ・アテネのメガロン・アテネ国際会議センターで開催されました。

 WCRIは、研究公正(Research Integrity)及び責任ある研究活動(Responsible Conduct of Research)の推進に関する世界最大規模の会議です。世界各地から過去最大の800名以上(登録)の研究者、教育者、研究助成機関関係者、学術出版関係者、研究公正機関職員等が集い、研究公正に関する多様なトピックスについての発表や議論が行われました。

 本レポートでは、この会議の概要、および、主要なテーマである「(研究公正により)信頼にたる政策・イノベーションへの研究活動・成果の転換を促進する」に関する議論、その他のトピックスについて取り上げます。

 
■第8回研究公正に関する世界会議(第8回WCRI)
 WCRIは、研究公正(Research Integrity)に関する世界的な会議として、国際的な研究発表や議論、ポリシーの調和・共同行動をめざすものとして、2007年にリスボンで第1回が開催されたあと、おおよそ2年に1回各大陸(ヨーロッパ、アメリカ、アジア、アフリカ)を移動しながら開催されてきました。「研究公正」の概念の広がりを踏まえ、倫理学からメタサイエンス、各研究分野の多様な研究者、各国の研究公正事務局など研究公正を実践する方、政府や資金配分機関、出版社、企業の方など幅広い方が参加しています。
 2010年シンガポールでの第2回会議からは開催地の名称を付した研究公正に関する宣言等が検討されており、以下のような宣言等が公表されてきました。

○過去のWCRIにおける宣言等
(https://www.jst.go.jp/kousei_p/guidelines/gl_oversea.html#wrci)
  • シンガポール宣言(研究公正に関する原則および責任について:2nd WCRI, 2010)
  • モントリオール宣言 (共同研究・研究協力の責任について:3rd WCRI, 2013)
  • アムステルダム・アジェンダ (研究公正のための研究について:5th WCRI, 2017)
  • 香港宣言(研究者評価のための原則:6th WCRI, 2019
  • ケープタウン宣言(公平で平等な研究について:7th WCRI, 2022)

  •  第8回となる今回のWCRIでは、4日間で20のプレナリーセッション及びシンポジウム、37の口頭発表セッション、200のポスター発表等が行われました。以下に主要なセッションのタイトル(仮訳)を示しています。本会のテーマ「(研究公正により)信頼にたる政策・イノベーションへの研究活動・成果の転換を促進する」に関連した話題に加え、研究成果の再現性、公平性・平等性、ペーパーミル、生成AIと研究公正の関係性、組織内の研究文化、研究倫理教育(トレーニング、指導者の育成)、臨床試験データの扱い等がテーマとして議論されました。この他、口頭セッション等においては、様々な研究不正行為や論文撤回等の動向に加えて、疑わしい研究行為(QRPs)含めた不正行為の分類に関する議論、研究者等による国際的な共同プロジェクトの取組などが報告され、活発な質疑応答が行われました。
     
    ○第8回WCRIにおける主要なセッションのテーマ(仮訳)
      <プレナリーセッション>
      ・研究公正がイノベーションと政策策定に及ぼす影響
      ・再現性の未来: 再現性改革による研究公正性をどのように向上させるか
      ・公平性と平等性を通じた研究公正の促進に関する第7回WCRIケープタウン宣言から1年
      ・研究と政策を通じてペーパーミルの課題に対処する
      ・研究を政策に転換する際の人種的および民族的偏見への取り組み
      ・研究公正と生成AIに関する展望
      <シンポジウム>
      ・組織内で誠実な研究文化を推進するリーダーシップ
      ・教育、研究、研究の政策への転換の際の研究公正における生成 AI の影響
      ・学術研究の社会的信頼に関する研究公正における示唆
      ・博士フォーラムで発表された研究から得られた研究公正に関する知識のスナップショット: 調査結果の鳥瞰図
      ・責任ある研究活動 (RCR) に影響し、強化する政策の活用
      ・研究の公正性: トレーニングとトレーナーの質の向上
      ・リサーチインテグリティとアカデミックインテグリティの交錯点: 多様な国の視点から
      ・責任ある臨床試験データ共有の実践に向けて ・研究公正の産業界への影響に関する政策課題
      ・オープンサイエンス時代における研究公正のガバナンス
     
      参考:WCRI2024ホームページ
       https://wcri2024.org/scientific-program/
     

    第8回WCRIのポスターセッションの様子
    第8回WCRIのポスターセッションの様子

     
    ■第8回WCRIのテーマ「研究公正による、研究成果の信頼されうる政策やイノベーションへの転換」
     第8回WCRIのテーマは、Catalysing the translation of research into trustworthy policy and innovation、「(研究公正により)信頼にたる政策・イノベーションへの研究活動・成果の転換を促進する」とされました。事前に参加者向けに配布された資料によれば、今まで研究公正の取組は、研究実施機関における研究活動を対象とし、それらを改善することに貢献してきたが、研究活動とイノベーションや政策との関連性を高め、それらを推進する産業界や中小企業、政策立案者の視点についても含めることができるよう拡張し、深めていく必要があるとの問題意識を踏まえて設定されたものです。また、過去のWCRIでの議論や、科学と政策立案がリアルタイムで複雑に相互作用したパンデミックの経験も踏まえ提案されました。第8回WCRIの現地組織委員会のPanagiotis Kavouras氏(National Technical University of Athens)は、「私たちの主なゴールは、研究公正をいかにイノベーションと政策立案に応用していくことができるのか、知識を拡張することにあります。これには、研究・イノベーションプロセスにおける産業界や政策立案者の役割のあり方も含まれます」と述べられました。

    第8回WCRIのオープニングセッションの様子
    第8回WCRIのオープニングセッションの様子

     これらの議論に資する、より具体的な事例が、第8回WCRIのプレナリーセッションA(テーマと同名のタイトル)において示されました。医薬品関連企業のAnja Gilis氏(Johnson and Johnson Innovative Medicine)は、医薬品開発における研究公正関連のリスクとして、患者への影響に加え、企業として知的財産への影響、公的信頼の毀損、様々な規制への影響などにもつながると述べ、研究開発におけるデータの質が直接的に様々な意思決定・判断に影響を与え、それが患者にとってのイノベーションにもなりうると指摘されました。イギリスの研究者Daniele Fanelli氏(Heriot-Watt University)は、研究成果の「再現性の危機」について論じ、調査によれば特定の研究分野での研究成果の再現性は高いもので70-80%程度であることを示しつつ、研究成果を引用・利活用する側からすればこうした研究成果が100%確かなものと考えられてしまうことについて述べられました。元来、科学には複雑性があり、実験条件や様々な前提により成り立つものとなり、また基礎研究とそれを応用した研究開発では合意・期待される成果のレベルが異なると指摘されました。次に、EUの科学技術政策の立案に長年従事してきたTheodoros Karapiperis氏(前 欧州議会調査総局)は、AI関連法律立案等を含む豊富な経験を踏まえ、研究者と立法担当者が持つ優先順位や考え方の違いについて述べられました。
     アテネ宣言(仮称)の策定に向けて、10名の専門家に対する事前インタビューを踏まえ、協議文書がまとめられ、第8回WCRIでのシンポジウムやフォーカストラックなどのセッションにおいて議論されました。Kavouras氏は、学術界・産業界のインセンティブのバランス、研究開発の質に関する一貫性などが論点となるとし、今後、第8回のWCRIの成果としてまとめていくことを話されました。

     
    ■研究公正教育と国際協調に関するセッション
     第8回WCRIにおいても、引き続き研究倫理教育/研究公正教育について世界各国での取組が話題となり、議論されました。
    シンポジウム「研究の公正性: トレーニングとトレーナーの質の向上」においては、欧州委員会が支援するプロジェクトNERQ(Network for Education in Research Quality, 研究の質に関する教育ネットワーク)の会合で2023年3月まとめられたポジションペーパー「研究公正教育のための7つの課題:現状と提言」(https://osf.io/5w9kg/)を踏まえ、いくつかの取組が紹介されました。
    Chau氏
    マレーシアの研究公正教育について発表するChau氏
     マレーシアの研究者De-Ming Chau氏(Universiti Putra Malaysia)は、マレーシア科学アカデミーの若手研究者が執筆した「責任ある研究活動にかかる教育モジュール」(https://www.akademisains.gov.my/rcr/)を紹介しました。同モジュールは、研究において重視すべき価値からオーサーシップ、ピアレビュー、メンター・メンティーの関係、共同研究などを幅広く扱う内容となっており、講師用のガイドも付属されています。Chau氏は、「国内のRCRトレーナーを育成し、政府の支援も得て本モジュールのインパクトを拡大していくことが課題となります。公的資金を受けるためのオンラインコースを構想していますが、RCRトレーニングを受けるモチベーションとして研究資金を得られるインセンティブは大きいです」と述べられました。

    札野氏
    APRI2023について報告する札野氏
     日本の研究者 札野順氏(早稲田大学)は、口頭発表セッションにおいて、2023年3月に開催されたアジア太平洋研究公正ネットワークミーティング(APRI2023 TOKYO(https://www.apri2023.org/))の成果について述べつつ、アジア・太平洋地域における共通の課題として、研究不正行為や疑わしい研究行為(QRPs)の定義・範囲の違い、研究公正教育の効果の測定・評価の難しさ、オンラインでの教育の問題点・限界、研究公正教育のトレーナー育成プログラムの必要性をあげ、アジアでの人的ネットワークの構築や、行動規範や教育モジュールの共通化などを提案されました。

    他方、学術誌出版社のEd Gerstner氏(Springer Nature)は、口頭発表セッションにおいて、研究公正トレーニングの各国での提供状況に関する調査について報告しました。調査結果では、日本において回答した研究者のうち、73%が所属組織(企業等含む)から研究公正トレーニングを提供されているものの、世界共通的に若手研究者・学生には提供されている割合が低い状況にあると述べられました。また、日本では95%の回答者には研究公正トレーニングの受講義務が課されており、また67%の回答者がオンラインのみによるトレーニングとなっていると指摘し、国際比較のうえでは、同様の調査を実施したアメリカ・イギリス・オーストラリア・インドの中で最も高く、日本の特徴があると述べられました。
    (2024年5月24日に公開された日本に関する調査結果(Springer Nature)(https://group.springernature.com/gp/group/media/press-releases/20240524-japan-research-integrity-survey/27124684))

     
    ■研究公正に関する様々な国際共同プロジェクト
     第8回WCRIでは、研究者や出版社等の協働による国際プロジェクトの進捗や成果が共有されました。

     TIER2(Enhancing Trust, Integrity and Efficiency in Research through next-level Reproducibility)プロジェクト(https://tier2-project.eu/)は、EUの研究資金支援(Horizon Europe)を受け、多様な研究分野での研究成果の再現性(Reproducibility)に関する知見を得るとともに、ツール作成やコミュニティへの適用を通じて、研究成果の再利用可能性や質の向上に寄与することを目的として進められてきました。プレナリーセッションB「再現性の未来: 再現性改革により研究公正性をどのように向上させるか」において、Joeri Tijdink氏(Amsterdam UMC/VU University)は、TIER2プロジェクトでの優先度の高い取組として、再現性に関する新たなフレームの策定することがあると述べられました。再現性は、研究の質に関する要点(cornerstone)となり、研究公正に関する様々な取組ともつながるが、その定義も研究分野や文脈により非常に多様性と複雑性があると指摘されました。プロジェクトでは、研究者や出版社を含めた様々なステークホルダーとの議論を行い、成果としてはガイドラインの策定等が進められており、研究者の行動や研究文化の変容についての協力してほしいと話されました。

     プレナリーセッションF「研究公正と生成AIに関する展望」においては、生成AIの研究公正性に関する知見の蓄積について発表がありました。学術出版業界の協力団体より、Joris van Rossum氏(STM Solutions)は、2023年12月に取りまとめた白書「学術コミュニケーションにおける生成AI(の利用)」(https://www.stm-assoc.org/new-white-paper-launch-generative-ai-in-scholarly-communications/)を紹介し、出版業界での議論による実践的なガイドラインして、生成AIを用いた文章の基礎的な精査等は認められるものの、それを超える場合には表示が必要であること、オリジナルの研究データの生成・変更・操作や、生成AIの著者としての記載は認められないといったものがあることを述べられました。

     
    ■多様なテーマと多様な参加者が見られた第8回WCRI

    (日本人研究者コメント)
    最後に、第8回WCRIに日本から参加した研究者に、本会議を振り返り、コメントをいただきましたのでご紹介します。

    ・早稲田大学 札野順氏
     今回のWCRIは参加者が非常に増えており、北米諸国や欧州に加え、アフリカやアジアからの発表者・参加者も多いと感じました。欧州での様々な取り組みの結果が出てきており、とりわけ、政策に反映されているようなものとして、AIやオープンサイエンスなどの発表があったことが興味深いです。私がモデレーターとして参加したPre-conference workshopでは、米国で開発されたオーサーシップに関する教育・研修も紹介されました。他にも有効性が実証された具体的な研究公正推進の取り組みが数多く発表されていたのが印象的でした。様々なバックグラウンドの若手の方々の発表も多く、ポスターセッションも盛況で、世界的には研究公正という分野が広がり、発展していると感じました。

    ・大阪大学 中村征樹氏
     WCRIで議論される「研究公正」の範囲が以前よりも広がってきており、研究にかかわる重要なテーマが幅広く取り上げられるようになっていると感じました。
     例えば、研究不正や好ましくない研究行為への対応、生成AIをめぐる問題など、日本で議論されるようなテーマに加え、再現性や研究データに関する話題、さらには人種・民族やジェンダーの不平等が研究公正に与える影響などの話題も多かったことが印象的でした。

    ・上智大学 鎌田武仁氏
     第8回WCRIは、これまでとは異なり、研究者(Researchers)だけでなく、研究支援や研究推進に関わる専門家(Professionals)も積極的に企画立案や運営に関わっていました。私はPre-conference Workshopや、新たに企画された2つの交流イベントにも参加しましたが、いずれのイベントにおいても、若手の専門家(Professionals)が運営の中心的な役割を果たしていました。中長期的な国際連携における人材育成の観点から、今後、研究者だけでなく、我が国のResearch Integrity推進に関わる専門家(Professionals)もNetwork for Education and Research Quality (NERQ)などの活動に参加して国際連携体制の構築に関わることが必要だと思いました。

    ポスターセッションで発表する日本人研究者
    ポスターセッションで発表する日本人研究者(滋賀大学 加納圭氏、大阪大学 鶴田想人氏)

    次回のWCRIは2026年6月に、カナダ・バンクーバーで開催されます。

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