取材レポート

【5th World Conference on Research Integrity(WCRI)レポート】
 第1回:研究成果の再現性と透明性

WCRI会場写真
第5回WCRIの会場(アムステルダム自由大学)
 2007年から始まったThe World Conference on Research Integrity(WCRI)は、研究の公正性の推進について議論する国際会議です。
  2010年の第2回WCRIでは、「社会からの信頼と支援を得るために研究者は自らの研究の全てについて、高い基準を掲げ維持していかなくてはならない」との考えのもとに、「研究公正に関するシンガポール宣言 が採択されました。シンガポール宣言では、国家や学問の違いを認めた上で、全ての研究に共通する研究公正に関する原則および責任について定めており、規制文書ではないにも関わらず、各国・各研究機関の規範を作成する上での基本原則となっています。
   2017年5月28日〜31日に、第5回WCRIがオランダ・アムステルダムで開催され、52カ国から750人 以上の参加者が集い、本会議のテーマである「透明性と説明責任」について、4日間にわたり発表と議論がなされました。本会議の内容の一部を今後数回に分けて研究公正ポータルサイトにて報告します。なお、WCRIのWebサイトから一部の発表者のプレゼンテーション資料を閲覧することができます。

研究不正行為の主な要因は誤解やプレッシャー

 日本でも研究不正に関するニュースがしばしば報道されていますが、頻度に違いこそあれ、多くの国で研究不正は起こっているようです。シンガポール・南洋理工大学学長B. Andersson氏は、研究不正行為の発生要因として、

  • ・研究不正行為(特に盗用)の統一した定義がないために、誤解のもとに研究不正を行ってしまう
  • ・研究資金を受けた場合にKPI(Key Performance Indicator; 重要業績評価指標)のもとに評価され、業績を上げることに強いプレッシャーがある
  • ・上司からの期待や昇進への焦りが研究不正行為の動機となっている

等を挙げました。
 同大学では入学や採用の際に全員を対象に研究倫理教育プログラムを実施していますが、残念ながら研究不正行為は完全にはなくなっていません。同氏からの研究不正事例の報告の一つに、世界最大級の抄録・引用文献データベースを有するエルゼビア(Elsevier)のサイトにハッキングし、自身の論文の被引用件数の記録を100件以上改ざんしたケースがありました。ハッキング自体がシンガポールの法律に反するため、警察当局の捜査が入る大きな事件となったそうです。

疑わしい研究行為は、研究不正行為の手前の行為

 エルゼビアへのハッキングの事例は、本人が研究不正行為であることを自覚していたと想像されます。しかし中には、本人が自覚していない不適切な研究行為も存在します。
 「責任ある研究活動」(RCR: Responsible Conduct of Research)と「研究不正行為」(Research Misconduct)との間には、「疑わしい研究行為」(QRP: Questionable Research Practice)があります。疑わしい研究行為は、責任ある研究活動ではありませんが、研究不正行為として罰せられるまでの行為でもなく、いわばグレーゾーンの領域にあるといえます。しかしながら、研究不正行為との境界は必ずしも明確ではなく、国、研究機関、学問分野によっては研究不正行為に含めると定めている行為もあります。疑わしい研究行為

再現性の問題は不完全な統計処理が主な要因

 疑わしい研究行為の一つに実験結果の再現性が得られないことが挙げられますが、Springer Nature社のS. Swaminathan氏より、1,576人の研究者を対象とした再現性の危機に関するアンケート調査の結果が報告されました。それによると、52%の研究者が重大な危機感を、38%の研究者が軽微な危機感を抱いたことがあり、合計90%もの研究者が再現性に関して危機的状況を経験したことがあるということでした。他の研究者が発表した研究結果を追試した結果、再現性が得られなかったケースが多くを占めましたが、中には自らの研究結果の再現性が得られないというケースもありました。
 また、Springer Nature社では、NatureおよびNature関連誌に投稿する際に全ての著者に18項目からなるチェックリストの提出を義務付けており、さらに、同社においても論文一報あたり1〜3時間をかけてリストに沿って再現性に懸念点がないかチェックしています。同社はそのチェック結果から、不完全な統計処理――例えば、サンプルサイズの定義や統計的な方法論に関する記述が不足していること等――が再現性問題の主な要因と指摘しました。

研究不正の疑義に適切に対応するには、学術誌と研究機関の連携が不可欠

 疑わしい研究行為や研究不正行為は、学術誌での査読中や、論文掲載直後に見つかり、発見者から著者の所属機関にではなく、出版社に通報されることもあります。このような場合、出版社と研究機関が連携する必要がありますが、オーストラリア・ロイヤルメルボルン工科大学のPaul Taylor氏は実際には以下のような問題を挙げました。

  • ・個人情報保護の観点から、研究機関は研究者に関する情報を、学術誌は査読者に関する情報を相手方に提供しないケース
  • ・研究不正の疑義を学術誌から研究機関側に伝えても適切に調査されないケース
  • ・研究機関での調査中に、研究不正の懸念を学術誌が公表してしまうケース

 出版倫理委員会(COPE: The Committee on Publication Ethics)は、出版倫理全般について編集者と出版社にアドバイスを提供するグローバルな組織です。英国Elizabeth Wager氏らは、COPEが2012年に公表したガイドラインをもとに、第3回WCRI(2013年)、専門家会議(2016年)での議論を踏まえ、新たにベストプラクティスに関する提言をまとめたと報告しました。本提言のいくつかの要点を以下に記します。

  • ・研究機関および学術誌は必要な研究データや査読の記録を最低10年間は保持すること
  • ・研究機関は研究不正の調査とは別に、研究成果発表の妥当性を評価する仕組みを開発すること
  • ・学術誌は研究不正の疑いが生じた場合、最初に著者に連絡するのが通常であるが、所属機関に先に(あるいは同時に)連絡するかどうかの判断基準を設けること
  • ・研究不正の調査対象となった論文の掲載誌に対し、研究機関は研究不正の調査報告書を開示すること

オープンサイエンスが生み出す新たなレビューシステム〜全ての研究者がレビューア〜

 学術誌への論文掲載にあたっては、著者が原稿を出版社に提出し、出版社が選定したレビューアに査読審査を依頼し、審査を通過すれば学術誌に掲載されるという流れ(ピア・レビューシステム)が一般的ですが、オープンデータの推進により、新たな仕組みが現れています。

 フランス高等師範学校B. Barbour 氏が報告した「PubPeer」は、発表論文に対して、他の研究者がコメントをつけられる、出版後のレビュー(査読)システムの一つです。
 PubPeerに掲載された他の研究者からのコメントによって、研究不正行為が発見されることもしばしばあります。同サイトは、サイトを健全に運営するための数々の工夫を行いました。例えば、科学的見地に基づかない誹謗中傷的なコメントは登録しない、コメントを付された論文の著者にはアラート(通知)が届く、著者はコメントへの返信やオリジナルデータを提示できる、等です。その結果、2012年にサイトが公開されてから2017年現在までに2,200種類の学術誌に7万件以上のコメントが寄せられる、という急成長を遂げました。PubPeerのもう一つの特徴は、学術誌以外に「arXiv」サーバに登録されたプレプリントも対象にしている点です。プレプリントとは査読前の完成原稿をアーカイブサーバ等に登録し、インターネット上で閲覧可能となっている論文のことで、物理学・情報学分野等を始め多くの分野でプレプリントが一般化しつつあります。プレプリントは学術誌よりも先にPubPeerでレビューされる場合もあり、PubPeerのニーズは今後さらに増すと考えられます。

オープンサイエンスが生み出す新たなレビューシステム〜計画の段階でレビューを受ける〜

 米国Center for Open Science (COS)のB. Nosek氏から、研究の事前登録制システムについての紹介がありました。従来の論文投稿後のレビューとは別に、研究を開始する前に実験計画を登録し、他の登録ユーザから計画についてレビューを受けるシステムです。データ収集の方法が統計的に適切であるか等、実験計画の適切性を早期に確認することができ、研究結果の質と透明性を高めることが期待できます。

 今回は、出版社や研究機関に加えて、オープンサイエンスが、研究成果の透明性について果たす役割について紹介しました。次回は、「各国の違いとネットワーク」についてご紹介します。